明日を生き抜く知恵の言葉

第43回

名将に学ぶ上司学⑲「優しい上司が組織を滅ぼす」は本当か

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

「優しい上司は是か非か」

世間にはどうやらこんな議論があるようだ。ChatGPTにでも質問すれば、すぐさま答えを出してくれるのだろうが、本連載では、古典に記された先人の知恵に答えを見出すことにしたい。

議論を始める前に、ある名君の言葉を引用しながら、上司の仕事とは何なのかについて、まず考えてみることにする。

そもそも、人の上に立つ者の役割とは何か

江戸時代初期の名君の1人と称(たた)えられる岡山藩初代藩主の池田光政(いけだ・みつまさ)は、あるときこう語ったという。

「人の上に立つ者、とくに要職にある者は、部下と同じ目線に下りて話を聞き回り、部下に発言させてよいやり方を採用し、誤りを正すのが当然だ。自分の知恵を自慢し(部下は)自分よりも能力が低いと思い込み、部下が物をいうのを嫌うようでは、真の知恵者とはいえない。部下と同じ目線に下りて、今起きていることも尋ねて相談に乗り、よいやり方を考え実行することが、倹約を実践するうえでもっとも大事なことなのだ。衣服や家の造りを質素にすることは枝葉末節でしかない」(『名将言行録』巻之四十七より訳出)

「部下と同じ目線に下りて」と訳した部分は、原文では「人に下り」と記されている。現代の職場を想定し、原文でいう「人」を「部下」に置き換え、「部下と同じ目線に下りて」と意訳した。

光政は、「部下と同じ目線に下りて話を聞き回り(人に下り尋ね歩き)」、「部下に発言させて(人に言はせ)」、「相談に乗り、よいやり方を考え実行する(相談して善を取る)」ことが、上に立つ者の役目だといっているのだ。

光政の考え方にしたがえば、上司が部下と同じ目線に下りることも、部下に発言させることも、部下の話を聞いて回ることも、今起きていることについて相談に乗ることも、よいやり方を採用して実行し、誤りを正すことに、その主眼がある。

ということは、上司の行動が是か非かは、よいやり方を採用して実行し、誤りを正すという、上司が果たすべき役割にかなっているかどうかで判断されるべきだ。

ここで冒頭の議論に戻ると、上司の役割を果たすには、部下に優しく接するべき時もあれば、厳しく接する必要のある場面も出てくるだろう。

したがって、上司は「優しいだけ」でも「厳しいだけ」でもいけないということになる。「優しい上司は是か非か」という問いかけは、本来行うべき議論の半分しか網羅されていない。

優しさだけでも、厳しさだけでも上司の役割は果たせない

実際、光政は「国をよく治めるうえで大切なものは、『威』(威厳)と『恩』(恩情)の2つだ」と述べている。

「威厳なくして(部下に)恩情だけをかけることは、甘やかして育てた子どもがいうことを聞かなくなる(のと同じ)ように、ものの役に立たない。また、(上司が)威厳を示すことばかりを考え、厳しく接することを第一にすれば(どうなるか)。(部下は表面的には上司に)従うかもしれないが、(部下は)心から親しみを持って(上司に従って)いるのではないから、これまた具合が悪い。

(部下に)温情をかけて慕われるようにしたうえで、ルールがきちんと守られるように賞罰を行うことを威厳というのだ。温情がなければ威厳も無用の長物で、威厳がなければ温情も誠意も役には立たない」(『名将言行録』巻之四十七より訳出)

「温情がなければ威厳も無用の長物で、威厳がなければ温情も誠意も役には立たない(恩なければ威も無用のものなり、威なければ、恩信も用に立たず)」という光政の言葉は重い。

自分は威厳を持って接しているつもりでも、それは部下から見たら威圧的な態度としか思えない。あるいは、自分は温情を持って接しているつもりでも、それは周囲から見れば甘やかしにしか映らないというボタンのかけ違いが、意外と多いのではないか。

私たちが今、部下に向き合ううえで大切にすべきものは、優しさだけでも、厳しさだけでもない。「恩なければ威も無用のものなり、威なければ、恩信も用に立たず」という、先人の教えを大切にしたいものだ。

「下情(かじょう)」を知らなければ、優しさも厳しさも役に立たない

かといって、優しさと厳しさを、その場しのぎで使い分けているだけでは、部下は上司に心服してついてくることはないだろう。ここでふたたび、光政の言葉を引用する。

「結局のところは、部下の気持ちや部下が置かれている状況を理解することが最も大切だ。(上司が)それを知らなければ、温情も誠意も威厳も役には立たない。とにもかくにも、古(いにしえ)の聖人や賢人の教えをよく学び、修練しなければ、この大事なことを理解するのは難しい」(『名将言行録』巻之四十七より訳出)

「部下の気持ちや部下が置かれている状況」と訳した部分は、原文には「下情(かじょう)」と記されている。下情とは、「庶民の生活の実情や人情。しもじもの様子」(三省堂『大辞林』)という意味だ。

上司はとにかく忙しい。チームや部門の目標達成に対する責任を負いながら、日々膨大な量の仕事をこなしつつ、部下指導にも多大な労力を割いている。この点は、部下も上司が置かれている状況を理解する必要があるだろう。

だが上司の側も、普段の業務に追われるなかで、ともすれば「下情」、すなわち「部下の気持ちや部下が置かれている状況」を思いやる心の余裕が失われがちであることに、危機感を抱いてほしい。

折に触れて、自分が新人だった頃、あるいは部下と同じぐらいの年齢の頃、自分はどんな状況に置かれ、どんな思いを抱いていたかを思い出していただきたいのだ。

自分が仕事にまだ慣れぬ頃、どんなことに苦労し、矛盾を感じたか、

仕事で失敗をして上司に叱られたとき、どんな気持ちになったか、

上司のどんな言葉や対応に励まされ、仕事をやり切り、成長することができたのか。

あるいは、自分の経験を改めて振り返り、若さゆえに陥りやすい間違いや失敗には、どんなものがあるかを考えてみることも、部下指導に役立つだろう。

こうした振り返りを出発点にして、今部下が陥っている状況のもとで、自分はどんな表情でどんな言葉をかけ、どう行動するのかを考えていただきたい。

部下が仕事で失敗をしたとする。たとえば、

優しい言葉をかけて、部下の気持ちを落ち着かせてから、自分がなぜミスをしたのか、失敗を繰り替えさないためにはどうしたらいいのかを考えさせ、話してもらう。上司が論評や具体的な指導をするのはあくまでも、部下が自己分析をしたあとにする。

あるいは、

叱責にならないように気をつけながら、部下の考えや行動のどこが間違っているのかを、事実としてきちんと指摘する。毅然とした姿勢で接しつつも、課題や問題の解決に向けて、今何をすべきかを部下と一緒に考え、答えを出す。

自分がまだ駆け出しだった頃の気持ちや、当時置かれていた状況を振り返りつつ、今目の前にいる部下に、自分はどう接するべきかを考えることで、答えがみつかるはずだ。

上司の責任は重い。だが、その責任を引き受けることも含めて、上司の仕事だ

光政は温情深く、領民に慕われた名君だった。一国を治める領主として自分自身を含めて、上に立つ者を厳しく戒める、こんな言葉を残している。

「『(世の)災(わざわ)いは下から起こる』というのは、機知に富んだ(上に立つ者への)戒めの言葉だ。民がなぜ、みずから災いを起こすことができようか。これは、上に立つ者の指導がよくないせいで、民が間違いを犯して罰を受けるということも起こるのだ。であるから『災いは上から起こる』という言葉を裏返し、『災いは下から起こる』といっているのであって、これは上に立つ者を戒める言葉なのだ」(『名将言行録』巻之四十七より訳出)

ここでいう「民」を「部下」といい換えてみれば、より意味は明確になるだろう。

日々膨大な仕事に追われ、部下の成長にも貢献する責任を負う上司の立場は、正直いって辛いものだ。ではあるが、あえて厳しいことをいうなら、上司には、上に立つ者としての責任を自ら引き受ける覚悟があるかが問われている。

部下に対して優しい上司であるべきか、厳しい上司であるべきかを問う前に、自分自身に厳しくあろうとする気構えを持ちたいものだ。

 

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