第40回
名将に学ぶ「勝てるリーダー」の思考法②リーダーが知るべき「戦いの原則」とは何か
イノベーションズアイ編集局 ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
前回は、「時間の原則」を守り、必勝のタイミングをとらえて巧みに戦い、大勝利を収めた名将・上杉謙信のエピソードを紹介した。今回も、戦いを有利に導く「戦いの原則(The principle of battle)」について話を進めたい。
諸説はあるが、「時間」以外にも「集中」、「経済」、「奇襲」、「機動」など、戦いにはさまざまな原則がある(文末の【戦いの原則(抜粋)】を参照)。
個々の原則についての解説は後回しにして、まずは名将たちが「戦いの原則」にしたがってどう勝利を得たのか、あるいは彼らがそれらの原則をもとにどう戦おうとしていたのかについて、エピソードをみていこう。
戦力を分散させる戦いをしてはならない」
天文17(1548)年8月21日、上杉謙信は越中(現在の富山県)に攻め入ろうとして、軍備を整えていた。越中の将軍たちはその話を聞き、(共同して謙信に対抗しようと)堅く盟約を結ぶ。
彼らは、謙信が越後に侵入すれば四方から一斉に攻め、包囲して1人も残さず討ち取ろうと計画を立て、それぞれが居城に立てこもり、謙信の軍勢を今や遅しと待ち構えていた。
しばらくして、謙信の軍勢の先陣が越中の国境に足を踏み入れた。彼らは後続の部隊を待つあいだに、越中の将軍たちが立てた計画についての情報を得て、謙信にすぐさま報告した。
「謙信はこの話を聞いて、側近を集めて軍議を行った。側近たちは声をそろえて『越中では神保氏張(じんぼう・うじはる)、椎名康胤(しいな・やすたね)が大敵です。この2人の城に押し詰めて攻め取るのがよろしいでしょう。そうなれば敵側はわれわれの勢いに恐れをなし、他の敵は戦うことなく降参するはずです』という。
ところが謙信は、『それはよくない。たとえ弱い敵であっても、(われわれの)四方から示し合わせて攻撃してくれば、わが方は兵力を分散させて支えなければならなくなる。そうなると、わが方の兵力は8000人といっても、四方から攻めてくる敵に向けて兵力を分散させると、残りはわずか4、5000人しかいなくなる。これを、兵法では『大手の小手(*)』といって戒めているのだ。
私は暫く考えたのだが、今回はいったん敵にわざと弱気を見せることにしよう。彼らの心を驕(おご)らせ、油断した頃合いを見計らって攻撃すれば、計画通りにうまくいく』といって、9月3日に陣を解いて帰国した」(『名将言行録』巻之十二より訳出)
(*)多数の兵力を分散し、それぞれを少数の勢力にしてしまう過ち
この戦いで謙信が重視したのは「集中の原則」だ。自分たちの軍勢が相手より優勢であっても、兵力を分散させると個々の戦力が弱まってしまう。戦力が弱まった部隊は、敵にやすやすと各個撃破されてしまうかもしれない。
だから、戦場では兵力を集中させて敵と戦うことがセオリーとされているのだ。自分たちが持つ戦いのリソース(資源)を、ある時間や場所に集中させることが「集中の原則」だ。
企業を始めとするさまざまな組織の経営や、部門・チームの運営ではどうだろう。
自分たちが持つリソースを、重要度や優先順位にもとづいて最適配分したうえで、事業や仕事を進めているだろうか。限りあるリソースを「何に」、そして「いつ」どのタイミングに集中させて戦い、競争に勝つのかという判断が、リーダーに求められている。
一方、この「集中の原則」を逆用して勝機をつかむ道もある。数や質で優勢な敵に立ち向かうときに相手の軍勢を分断し、兵力を分散させるのだ。そして、分散して兵力を弱めた敵の軍勢に対し、自分たちは逆に兵力を集中させて立ち向かう。
たとえば、谷あいに続く細長い一本道に敵の大軍をおびき寄せて攻撃するのが、その典型だ。いくら敵の軍勢が多数で兵力が強大であっても、谷あいの狭い道を戦場に選択すれば、敵の行動の自由を奪い、敵の隊列が細長く伸びて手薄になったところを効果的に攻撃できる。
自分たちが質や量で劣る場合であっても、決定的な場面や時期で相手よりもリソースを集中することができれば、優位な状況を作り出せる可能性があるのだ。
強い敵に立ち向かうときは、相手の力を分散させる一方、自分たちは力を集中させて戦う。ランチェスターの第一法則、すなわち「弱者の戦略」(一点集中、局地戦、差別化)がまさにそれだ。
ビジネスでは、自社が技術力やサービス力などで先行し、大きな強みを持つ得意分野にリソースを集中し、勝負に打って出る。あるいは自社が強い地域に商圏を絞って戦うことがこれにあたるだろう。
自分たちが持つリソースを集中させ、「相手よりも優位な状況」をいかに作り出すかが、戦うリーダーの腕の見せどころになる。
戦いは五分の勝ちを上、七分の勝ちを中とせよ
今度は、上杉謙信の最大のライバルだった武田信玄の戦い方をみていこう。
「信玄はつねにこう述べていた。『およそ戦いというものは、五分五分の勝ちを上とし、七分の勝ちを中、十分の勝ち(完勝)を下とするものだ』と。人々がその理由を尋ねると、『五分の勝ちは(もっと努力し勝利を確かなものにしようという)励みになるが、七分の勝ちは(これだけ勝てれば上出来だという)怠け心を生じさせ、十分の勝ちは(自分たちは負けるはずがないという)驕(おご)りを生じさせる』といった。だから信玄は常に六分、七分の勝ちを超えることがない。上杉謙信は『(自分が)信玄におよばない点はここなのだ』といつも話していた」(『名将言行録』巻之七より訳出)
話が前後するが、先の上杉謙信のエピソードでも述べたように、組織が戦いに使えるリソースは限られている。だからそのリソースを有効活用し、戦いを経済的に進めていく必要がある。これを戦いにおける「経済の原則」という。
「経済の原則」は、先の「集中の原則」と密接な関係がある。自分たちが持つリソースを重要度や優先順位にしたがって最適配分し、集中して戦いに投入し戦うことは、きわめて経済的なやり方だ。
さらに深掘りして考えれば、「勝ちすぎ」を戒めた信玄は、戦いを非常に慎重に、かつ広い意味で経済的に進めていたと解釈できる。
完全な勝利を収めようとして無理な戦いをすれば、思わぬ敗北を喫することがあるからだ。勝ちに走りすぎた結果、負けてしまうことは、限られたリソースの有効活用どころか浪費となり、とても経済的な戦い方とはいえない。
企業の事業展開でも、あまりにも高い成果を求めて無理をしすぎた結果、事業の運営が危ぶまれる事態に陥ってしまうかもしれない。将棋に「指しすぎ(無理に攻めすぎて失敗してしまうこと)」という言葉もある。信玄のように「六分、七分の勝ち」で戦いを収める選択も、検討に値する。
このように、実際の戦闘とビジネスの競争は異なるように見えても、実は本質的な部分で重なるところが大きい。この「戦いの原則」の中に、今自分たちが陥っている状況を打開し、勝利につなげるヒントが眠っているかもしれないのだ。
下記に、ビジネスや企業・組織の経営に応用できる「戦いの原則」を抜粋し、解説を添えた。日々の経営や仕事に活かしていただけたら幸いだ。
次回も、この「戦いの原則」に関する名将たちのエピソードを紹介していく。
【戦いの原則(抜粋)】
・時間の原則:時間という要素が自分たちに有利に働き、相手側に不利に働くように行動すること。リーダーが、何をいつ実行すべきかを理解することも含まれる
・目標の原則:戦いのための努力は、明確で達成可能な目標に向けるべきものだ。戦略も戦術も作戦も、すべて明確な目標の達成に寄与するものでなければならない
・主導の原則:戦いの主導権を、自分たちが握ること。相手の出方を待って攻めるのではなく、自ら選択した時間と場所で行動するために知恵を尽くせ
・集中の原則:自分たちが持つリソース(資源)を、ある時間や場所に集中させること。自分たちが質や量で劣る場合でも、決定的な場面や時期で相手よりもリソースを集中できれば、優位な状況を作り出せる
・柔軟性の原則:戦いの状況が予期せぬ形で変化し、あらかじめ立てた目標や計画通りに進まないことがある。自分たちの行動の自由を維持するため、予備案や代替案を作成し、柔軟性を保持せよ
・経済の原則:戦いに利用できるリソースは限られている。限られたリソースを、優先順位を付けて配分し、最適な場所や時間に集中して投入せよ
・機動の原則:ある行動から別の行動へと素早く移行する能力を、機動力という。リーダーは機動力と、思考の柔軟性を活かして戦え
・奇襲の原則:奇襲によって相手に衝撃を与えて注意力を奪い、戦いの主導権を取ることが可能になる。100%うまくいく保証はないが、成功すれば、自分たちが戦いに投入したリソースや努力以上の成果を生み出すことがある
・簡明の原則:計画は、複雑すぎてはいけない。明確でシンプルであることを追求せよ。戦いには、さまざまな事象が複雑にからみ合っている。計画をシンプルにすることで、誤解や混乱を減らすことができる
・統一の原則:統制・調整された指揮のもとで組織が行動することが、勝利の可能性を高める
・士気の原則:ナポレオンは、士気(戦いや仕事などに対する意気込み)が戦闘力の3倍重要だと考えていた。戦いの正当性、任務の実行可能性、装備の有効性、指揮官の資質、訓練のレベルなどが士気に大きく影響する
(西野仁人「現代の陸戦戦術」〈陸上自衛隊教育訓練研究本部ホームページ研究論文所収〉をもとに抜粋・要約)
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