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明日を生き抜く知恵の言葉

第24回

名将に学ぶ「上司学」④「人がついてくるリーダー」が大切にしていること

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

江戸時代から読み継がれている「上司の教科書」

今から160年以上前に書かれた「上司の教科書」というべき文書がある。それは、江戸時代後期の著名な陽明学者・佐藤一斎(さとういっさい)が記した「重職心得箇条(じゅうしょくこころえかじょう)」だ。

佐藤一斎は、美濃(現在の岐阜県)岩村藩の家老の家に生まれた。7歳で書を学び、19歳のときに藩主のそばに仕えるようになった。34歳で、幕府の学問政策の中心的な存在だった林家塾の塾頭を務め、晩年には徳川幕府の儒臣(儒学を専門として仕える臣下)となり、将軍や諸大名などに講義を行った。

その一斎が、岩村藩の藩政を担う「重職」が守るべき心得として記したものが「重職心得箇条」だ。

「重職心得箇条」の存在は諸藩でも知られるようになり、岩村藩に多くの藩から使いが来て、「重職心得箇条」を書き写して帰ったという。明治時代になって一時忘れ去られたが、ふたたび注目されるようになり、今に読み継がれている。

「重職」とは文字通りの意味では、責任の重い役職、重役を指す。実際にはもう少し幅を広げて、管理職やマネジャーまでを対象に「重職心得箇条」を紹介していることが多いようだ。

おおまかな目安として課長以上はもちろん、部下を持って仕事をし始めた方にも、自分がこれからキャリアを重ねる中で必要となる上司の心構えとして、この記事を読んでいただければ幸いだ。

上司に威厳がなければ組織はまとまらない。だが――

「重職心得箇条」は17か条からなり、第1条にはこんなことが書かれている。

「重役とは国家の大事を処理すべき役職であり、この重という文字を失い、軽々しくあってはよろしくない。大事にあたって油断するようでは、務めをはたすことはできない。まずは振る舞いと言葉をどっしりとした落ち着きのあるものにし、威厳を養うべきである。

重役は主君に代わって仕事をする重職であるから、重職に威厳があって初めてすべてがうまくいくのだし、物事を鎮(おさ)め定めるところがあって初めて、人は心を落ち着かせることができる。このようにして初めて、重役の名にかなうのだ」(安岡正篤『佐藤一斎「重職心得箇条」を読む』〈致知出版社〉に収録されている「重職心得箇条」の原文より訳出)

役職が上になればなるほど、上司は大事な意思決定を行うことが多くなり、経営者に代わって仕事をしているという側面が大きくなる。だから重職にある人は、その責任の重さを自覚し、軽々しくあってはならない。威厳がなければならない、というわけだ。

上司に威厳があってはじめて、部下たちは心を落ち着かせて仕事ができるようになると「重職心得箇条」は説いている。

また同第1条では、要職にある人は、細かいことにとらわれてはならないと戒める。

「細かいことにこだわれば、大事に手抜かりがあるものだが、些細なことを省けば、おのずから大事に抜け目がなくなる。このようにして初めて、重職の名にかなうのだ」(同上、重職心得箇条」の原文より訳出)

要職にある人が枝葉末節にとらわれていると、大事なところでミスをする。だからむしろ、重要ではない些細なことを省くようにすれば、大事なところで失敗がなくなるというわけだ。

話を戻そう。要職にある人に威厳がなければ、組織がまとまらない。それはわかる。だが、その威厳はどうすれば身につくのだろうか。

本連載でもたびたび取り上げている人使いの名人・黒田孝高(如水)はこう述べる。

「大将たる人物には、威厳というものがなければ万人を従わせることはできない。自分の心得が悪いせいで、わが身に少しばかり威厳をよそおってつけようとするのは、かえって大きな害になるものだ』」(『名将言行録』巻之二十九より訳出)

ここでまずわかるのは、リーダーが自ら威厳があるように振る舞っているようでは駄目だということだ。孝高はこう続ける。

「そのわけは、ただ皆の者に恐れられるように振る舞うことを威厳だと考え、家老に会っても居丈高になる必要もないのに、鋭い目でにらみ、言葉を荒げ、人の忠告も聞き入れない。自分に非があるときも、逆に相手の話を妨げて、自ら思うがままに振る舞う。だから家老も諫(いさ)めることがなくなり、自ら身を引かざるを得ない状況になっていくものだ」(『名将言行録』巻之二十九より訳出)

威厳を、周囲の人から恐れられることだと勘違いしていることが間違いのもとだと、孝高は説いているのだ。

威厳とは、行いを正しくしていれば自然に備わるものだ

「家老でさえこのようなのだから、ましてや、侍たちや下々の者に至るまで、ただ恐れおののいている状態で、(大将に)誠心誠意を尽くして仕える者はなく、(部下たちは)わが身を守ろうとするだけで、奉公を十分に勤めることはない。このように高慢で人をないがしろにするので、家来万民は(大将)を嫌い、(地位も)失い身を滅ぼすことは必定(ひつじょう)なのだから、よくよく心得るべきことだ」『名将言行録』巻之二十九より訳出)

このように、部下たちから本当に「恐れられる」存在となった上司は、信頼してついてきてくれる者が誰もいなくなり、疎まれ、わが身を亡ぼしてしまうと孝高はいう。

威厳と威圧とは異なるものだということを、理解しなければならないということだ。

では本当の威厳とは何か。孝高は、威厳とは、おのずから備わるものだといっている。

「まず自分の立ち振る舞いが正しく、理非(道理に合っているかいないか)賞罰が明らかならば、しいて人を大声で叱り、怒鳴りつけなくても家来万民は畏(おそ)れ敬い、上をあなどり法を軽んじる者はなくなるので、おのずから威厳は備わるものだ」(『名将言行録』巻之二十九より訳出)

まず日々、正しく、道理にかなった行動を心がけること。そして「賞罰を明らかにする」こと。「賞罰を明らかにする」というのは、文字通りの意味では信賞必罰(手柄のあった者には必ず賞を与え、あやまちを犯した者は必ず罰すること。情実にとらわれず賞罰を厳正に行うこと/『大辞林』)に近い。

だが本連載では、成果を上げた部下にはきちんと報いる。そして、これまでに紹介した名将たちの「神対応」に見るように、失敗を犯した部下には怒りの感情をぶつけず、厳しさを温かさで包み込んで諭し、悟らせる。そうした中で、上司の威厳は自然と生じてくるものだという立場を取る。


浅草の「料理道具の聖地」飯田屋店主の気づき

「重職心得箇条」の第7条を見ると、こんなことが書かれている。

「多くの人が嫌うこと、従うことを心得よ。無理強いをしてはいけない。細かいところまで立ち入り、厳しく追及することを威厳だと思ったり、自分の気の赴くまま身勝手に振る舞ったりするのはみな、度量の狭さからくる病である」(同上、「重職心得箇条」原文より訳出)

黒田孝高も先に述べていたように、上司が「威厳」を示すために、大声で叱ったり、怒鳴りつけたりする必要はない。それどころか、職場がギスギスした雰囲気になるのは、組織運営にとって大きなマイナスだ。

ましてや、今はどんな業種業界でも人手不足が深刻で、多くの企業が人材の採用や育成、定着に苦労しているご時世だ。とくに今の若い世代は、1つの会社を勤め上げることにあまりこだわらない。世代による価値観の違いだと考えられるが、この会社、この職場が自分に合わないと感じたら、彼らはすぐに去ってしまうだろう。

実際、人が集まらない、人が定着しない、人が育たないといった悩みを抱える企業は多く、必死に解決策を模索している。よくいわれるように「人を大切にする」組織でなければ、人が集まらず事業継続も危ぶまれるということになりかねない。

1つ、エピソードを紹介しよう。東京・浅草の合羽橋道具街に、「料理道具の聖地」として有名な飯田屋がある。大正2(1912)年創業の同店は、マニアックで専門的な道具が所狭しと並ぶ超人気店だ。

国内外から選りすぐりの料理道具を取り揃え、卸し金やフライパンは200種類以上。ニンニク用の調理道具だけでも、ニンニク絞りから、ニンニク専用の保存容器や薄切りスライサーに至るまで、飯田屋でなければなかなか手に入らない商品を揃える。「飯田屋なら、調理道具は何でも揃うという」評判を得て、世界中の料理人から注文が殺到している。

同店の6代目店主の飯田結太氏は、2017年に店長に就任してから、社員の給与を引き上げ、有給休暇も増やし、福利厚生も充実させた。だが彼は当初、「給与待遇を向上させたのだから、社員はそのぶん働くのが当然だ」と考えていて、社員が失敗したときには厳しく叱責したという。

ところがある社員から、飯田屋は「いい会社だが、あなたとは働きたくない」といわれたことをきっかけに、飯田氏は考え方を改める。

「社員を変えるのではなく、自分が変わらなければ駄目なのだ」と。

それ以来、彼は社員に「もっと働け」というのではなく「感謝をしよう」、「社員が楽しく働けるようにしよう」と思うようになった。そして、「社員が楽しく働けるようにするにはどうしたらいいのだろう」と毎日考え続けた。

あれこれ考えた末に、全社員が朝礼で1分間スピーチを行い、今日会社に来るまでに何か感謝をした出来事を発表することにした。それを毎日続けた結果、職場の雰囲気はどんどんよくなっていったという。

おおらかさと度量の広さ、寛容の心が現代の組織に必要だ

飯田屋のエピソードは、制度やシステムの改革も大事だが、それ以上に、経営者の社員との接し方、あるいは上司の部下との接し方を、経営者、上司が自ら変えていくことの大事さを教えてくれる。

社内の制度やシステムがいくら素晴らしくても、先に黒田孝高が話していた「家老も家来万民も主君を恐れる」ような職場だったら、部下たちは安心して働くことができないだろう。

だから、部下より先に、自分がまず変わるのだ。

「あなたとは働きたくない」ではなく、「あなたと一緒に働きたい」と部下に感じてもらえる何かが必要だ。

それが「重職心得箇条」や、『名将言行録』に記された孝高の言葉にみられる、要職にある者、上司の心の広さや寛大さ、度量ではないかと思う。

「重職心得箇条」の時代から約160年、黒田孝高が活躍した時代から約450年経った今、昔の武士たちが学んでいた上司の心得が、現代の組織にも活きるのではないか。

「重職心得箇条」の第11条が、組織の中で人の上に立つ者の心構えの本質を、今に伝えている。

「心を大きく持ち、寛大であれ。些細なことを大げさに捉え、度量の狭い振る舞いがあってはならない。(それでは)たとえ才能があっても役立たない。他人の言葉や行動を受け入れる気だてと、あらゆることを(知識や教養として)蓄える人間としての大きさこそが、要職にある者の本質というべきものだ」(同上、「重職心得箇条」原文より訳出)

次回は「重職心得箇条」と『名将言行録』から、「組織を元気にする上司の心得」を紹介する。

 

ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

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