明日を生き抜く知恵の言葉

第36回

名将に学ぶ「上司学」 ⑯傾聴は学びでもある。学びを止めず進化し続ける上司であれ

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

「過去の自分語り」に要注意

前回の記事で、自分の年齢や職位、立場が上になればなるほど、上司は部下の話を聞くことに忍耐や自制が必要になるという話をした。

佐賀藩の藩祖で名君とたたえられる鍋島直茂(なべしま・なおしげ)は、「諸事(しょじ)、堪忍(かんにん)の事(何事においても我慢が肝心)」(『直茂公壁書』十四條)だといっている。

ある意味、我慢は上司の仕事だといってもいいかもしれない。

「何事においても我慢が肝心」というのは、たとえば部下から相談を受けたときにも当てはまる。仕事で悩みを抱える部下へのアドバイスとして、自分の経験談を話すこともあるだろう。

「過去に自分も同じような困難に陥った。そのとき自分はこうやって乗り切った」という、自らの経験を交えたアドバイスは、部下にとって役立つ教訓になるはずだ。ところが油断していると、経験談がいつの間にか脱線し、「過去の自分語り」になってしまいかねない。

「私が今の君と同じぐらいの頃には、大きな案件を1人で任されていた」

「自分たちの時代はこうだった。今よりもずっと厳しかったぞ」

部下にとって、上司の「過去の自分語り」はともすれば自慢話や「価値観の押し付け」に聞こえてしまうことがある。それがさらに行き過ぎて、「それにひきかえ、今の若い者ときたら…」と説教を始めてしまったら最悪だ。

講道館柔道の最高段位に上り詰め、「柔道の神様」と呼ばれた三船久蔵十段は、

「過去を自慢することは、現実の悲哀を物語っているにすぎない」

と語ったという。

この言葉を戒めとして、「自分は何のために部下の話を聞き、相談に乗っているのか」を、もう一度思い起こしてほしい。

部下は困っている。今、自分が抱えている課題や問題を解決するにはどうしたらいいのか、この苦しい状況からどうやって抜け出したらいいのかと悩み、上司であるあなたに話を聞いてもらいたいと思っているのだ。

「なのになぜ、自分の悩みや課題、問題の解決とは関係のない話を聞かされなければならないのか」と、不満に思っている部下はけっして少なくない。


上司は、自分が権力者であることを自覚せよ

だが部下たちは、そんな不満を面と向かって口にしようとは思わない。なぜなら部下にとって上司は、自分よりも優越的な立場にある権力者だからだ。

上司と部下の関係は対等ではない。だから、多くの部下は上司の言葉や表情を注意深く観察している。そして、上司の言葉や表情に現れる語気や感情を敏感に感じ取り、「これは叱られる流れかもしれない」などと身構える。

「それ、前にもいったよね」

「なんでこんなこともできないの?」

このように、上司が何の気なしに放った言葉でさえ、部下がプレッシャーを感じることがある。その言葉に怒りの感情がこもっていたら、部下にとっては恐怖でしかない。

だからこそ、上司は意識して「諸事、堪忍の事」という鍋島直茂の教えを実践する必要がある。感情をおさえて穏やかに話すのはもちろんだが、部下は上司であるあなたに話を聞いてもらいたいのだから、まずは話を聞こう。

面倒だと思う人もいるとは思うが、部下の話を聞くときにも、話の引き出し方に気を遣う必要がある。たとえば、

「自分はこう考えているけど、君はどう思う?」

という聞き方は避けたほうがいい。

部下が、上司の考えを否定することにはリスクがともなうからだ。実際、部下が上司と異なる考えの持ち主だった場合、非常に本音を語りづらい。上司の考えに同調する素振りを見せて、お茶を濁す部下は多いはずだ。

部下が不用意に自分の考えを述べると、感情をむき出しにして怒り出す上司もいるから始末が悪い。最近ある週刊誌が、某地方テレビ局の社長の「熱血指導」で若手社員が退職したと報じた(本人は威圧的な言動を否定している)が、報道内容が事実で社員たちが「俺を舐めているのか」と怒鳴られていたのなら、それはもうトラウマ級の恐怖だっただろう。

だからこそ、上の立場になればなるほど、上司は一歩引いて自分が話したくなる気持ちをおさえ、努めて聞き役に回る必要がある。

今の話でいくと、部下からの相談事にしっかり向き合い、適切なアドバイスをすることが本来の目的であったはずだ。であるなら上司は、発言の最初に「自分はこう考えているけれど」と個人の意見をさしはさんではならない。

まずは部下に語らせる。そこがスタートだ。

そして、部下の目を見て親身になって、一生懸命に最後まで話を聞く。そのうえで、上司自身の豊富な経験やノウハウの中から、必要なアドバイスをして励ましてやればいい。「君にはできる」と。

ここまで、耳の痛い話が続いたかもしれない。もちろん上司の側にもいい分はあるだろう。自分たちとは価値観や気質が大きく異なる部下を指導することをためらい、悩んでいる上司は多いはずだ。

しかし同時に、困っている部下に手を差し伸べて引き上げてやれるのは、職場には上司しかいないということも事実なのだ。


「金の鉱脈」は、部下との会話の中にあるかもしれない

最後に、部下の話に真剣に耳を傾けることで、上司自身も大きな得をするという前向きな話をしたい。

前回の記事で、幕府の老中や川越藩主、松本藩主、佐倉藩主を務めた堀田正盛のエピソードを紹介した。正盛は部下たちから話をよく聞き、さまざまな情報に通じていたから、堀田家はよく治まっていた。

前出の鍋島直茂も、

「下輩(かはい)の言葉は助けて聞け。金は土中(どちゅう)にあること分明(ぶんめい)」(『直茂公壁書』二十一條)

といっている。

訳すと、「(下の者ほど現場で苦労しているのだから)部下の言葉は(部下が話しやすいように)助けて聞け。金が土の中に埋もれていることは明白だ」となる。

要は、現場で苦労している部下の言葉の中に、「金の鉱脈」が眠っているかもしれないと思って話を聞きなさいということだ。

古い話だが、私の取材体験を1つ話したい。エアコンを始めとする空調機器で世界シェアトップのダイキン工業(本社・大阪市北区)がルームエアコンの新商品を開発していたときの話だ。新商品開発にあたり、ベテランが出してきたネーミング案は「爽快指数」だったと聞いた。

昔ながらの四文字熟語のネーミング案に対し、若手は「うるるとさらら」という体感的な商品名を提案。これが、加湿によって「うるおい」を与え、除湿によって「さらっと」室内を快適にするという新商品の機能と価値をうまく表現し、若い年代層を中心とするユーザーの感性にマッチしていた。

結果的に若手の案が採用され、「うるるとさらら」は今も売れ続けているロングヒット商品となった。

業務に関する知識や能力は、上司はたしかに抜きん出ているかもしれない。だが、部下たちは現場や顧客に直接向き合い、世代的にも製品やサービスのユーザーに近いことが多いという意味で、「今」を体感的に知っている。

その若い世代の感性を仕事に活かすとすれば、上司の聞く姿勢がいっそう問われる。

顧客先から戻った部下の報告の中に、まだ誰も気づいていない顧客の不満や意識の変化、新たなニーズを捉えるための、手がかりが埋もれているかもしれない。部下からの相談、あるいは部下の失敗の中に、問題解決や改善、現状打開のヒントが眠っている可能性もある。

上司であるあなたは、多忙な中でも部下の言葉に耳を傾けて「金の鉱脈」を発掘しようと思えるだろうか。それとも、部下の意見を「10年早い」、「生意気だ」と笑い飛ばしてしまうだろうか。鍋島直茂はこういう。

「人の分別には上中下(じょうちゅうげ)がある。上の分別を持つ人は、他人のよい行いを見て自分もそれに習う。中の分別を持つ人は、他人から忠告を受けて自分の行いを正す。下の分別を持つ人は、他人からよいことを聞いてもそれを一笑に付してしまう。(中略)よいことを聞いても耳に入らない」(『名将言行録』巻之三十一より訳出)

上司であるあなたは、「下の分別」の持ち主になってはならない。相手が自分の上司であろうが同僚、部下であろうが関係はない。人の話を聞いてどれだけ学べるかで、私たちがこの先どれだけ成長できるかが、ほぼ決まってしまうだろう。


学びを止めるな。成長し進化し続けなければ生き残れない

ここまで記事を読み進めてきて、疑問を抱く人も少なくないはずだ。

上司として部下を教育・指導する立場にある自分がなぜ、その部下の言葉に耳を傾けてまで学び、成長する必要があるのか。

仮にも、自分はこれまで現場で経験を重ね、成果を上げ、会社に貢献してきた。その業績が評価されたからこそ昇進もし、今のポジションがある、と。

だが、市場やビジネス環境における変化のスピードは加速する一方だ。これまで自分が身につけてきた知識やノウハウ、経験値だけで、今後も乗り切れる保証はない。

戦国時代最強といわれた武田家の侍大将となり、信虎(信玄の父)・信玄・勝頼の3代にわたって仕えた馬場信房(ばば・のぶふさ)はこういっている。

「戦場は千変万化するもので、あらかじめ計画した通りに事が運ばないこともある。だから、前もって定めた手順と異なるところは、異なるに任せて最善を尽くすことが肝心だ。あらかじめ計画通りにいかないことに戸惑い、うろたえることは大きな負けともなり、見苦しい結果をもたらすことにもなるのだ」(『名将言行録』巻之九より訳出)

また、豊臣秀吉に長く仕えたあと、秀吉の没後に徳川方に付き、松山城主、会津若松藩主を務めた加藤嘉明(かとう・よしあき)はこう語っている。

「自分は常に至らぬ人間だと思えば、仕事で失敗しなくなる。自分は熟練者だとたかをくくっていると、必ず間違いを犯すものだ」(『名将言行録』巻之三十一より訳出)

今、市場や競争環境が刻一刻と変化している以上、自分たちの経験や知識を超える、想定以上の事柄がいつ起こってもおかしくないのだ。

だからこそ、ベテラン、年長者になればなるほど、自分がこれまで積み重ねてきた経験や知識、常識の枠内だけで計画・判断・意思決定を行うことに危機感を持つべきだ。今の市場環境やニーズ、製品・サービスのユーザーの感覚や問題意識が、自分たちの時代とは大きく様変わりしているかもしれない。

ここでも鍵になるのは、「聞くこと」だ。

聞かなければ最新の状況がわからない。とくに若い世代の話に耳を傾けなければ、自分自身をアップデートできず、世の中の変化から取り残されてしまうだろう。

ある意味、上司は部下に指導する立場であると同時に、上司自身もまた、部下との会話の中から多くを教わっていることを忘れてはならない。

「教ふ(おしう)るは学ぶの半ばなり」(『書経』説明下篇)

つまり、「人に教えるということは、半分は自分が学ぶということでもある」(守屋洋/守屋淳『中国古典の名言録』〈東洋経済新報社〉)ということだ。

徳川家康も次のように述べている通り、人は職位や立場が上になればなるほど自分の過ちに気づきにくくなる。だから、自ら意識して学び続ける必要があるのだ。

「部下(*)には友(**)と切磋琢磨する道があるから、自分の過ちに気付きやすい。それが部下にとっての利益だ。ところが上司(***)は部下とは違い、友との切磋琢磨で得られる利益がないから、自分の本当の過ちを知ることができない」(『名将言行録』巻之四十一より訳出)

(*)原文を直訳すれば「身分が低い者」となるが、「部下」と意訳した
(**)会社や組織の中では、「友」を信頼できる同僚や同期と読み替えてもいいだろう。役職が上になればなるほど、かつての同僚はライバルとなり、互いに切磋琢磨するどころか足を引っ張り合う関係になりがちだ
(***)原文通りの意味では「身分が高い者」となる

「生きることは生涯をかけて学ぶべきことである」(セネカ『人生の短さについて 他二編』〈岩波文庫〉)という、古代ローマの哲学者・セネカの名言もある。

傾聴を通して学び、常に自分をアップデートさせ、進化し続ける上司であってほしい。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局

イノベーションズアイ編集局では、経済ジャーナリストや専門家などが、さまざまな角度からビジネス情報を発信しています。

明日を生き抜く知恵の言葉

同じカテゴリのコラム

おすすめコンテンツ

商品・サービスのビジネスデータベース

bizDB

あなたのビジネスを「円滑にする・強化する・飛躍させる」商品・サービスが見つかるコンテンツ

新聞社が教える

プレスリリースの書き方

記者はどのような視点でプレスリリースに目を通し、新聞に掲載するまでに至るのでしょうか? 新聞社の目線で、プレスリリースの書き方をお教えします。

広報機能を強化しませんか?

広報(Public Relations)とは?

広報は、企業と社会の良好な関係を築くための継続的なコミュニケーション活動です。広報の役割や位置づけ、広報部門の設置から強化まで、幅広く解説します。