明日を生き抜く知恵の言葉

第1回

デジタル時代の顧客中心主義と「仁」の心

イノベーションズアイ編集部 2022年1月25日
 

『論語』が語る「仁(いつくしみ、思いやり)」

昨年のNHK大河ドラマ「晴天を衝(つ)け」の主人公は、日本近代資本主義の父と呼ばれる実業家・渋沢栄一だった。番組を見て、故郷の父が渋沢栄一に興味を持ったというので、『論語と算盤』の解説本を贈った。

私自身も昨年、ある仕事で渋沢栄一の著書である『論語と算盤』や『論語』に触れる機会があった。久々に読み返した『論語』は、やはり知恵の宝庫だった。

『論語』の成立は紀元前450年頃といわれているから、そこに書かれていることは、2500年経っても変わらぬ知恵であり続けていることになる。『論語』に収録されている約500編の中で、私が好きなのはこんなフレーズだ。

「子曰く、之(こ)れを知る者は、之れを好む者に如(し)かず。之れを好む者は之れを楽しむ者に如かず」(雍也〈ようや〉第六)
【拙訳】「知るということは、好きということには及ばない。好きということは、楽しむことには及ばない」

「子曰く、譬(たと)へば山を為(つく)るが如(ごと)し。未(いま)だ一(いっ)簣(き)を為(な)さざるも、止(や)むは吾(わ)が止むなり。譬へば地を平らかにするが如し。一簣を覆(くつがえ)すと雖(いえど)も、進むは吾が往(ゆ)くなり」(子罕〈しかん〉第九)
【拙訳】「学問をし道を修めることは山を築くようなものだ。あともう1回、もっこで土を運べばできあがるのに、作業をやめてしまうことがある。それは、ほかの誰でもなく自分がやめたのだ。地面をならすときも、もっこを1回ひっくり返しただけなのに、地面が土をかぶっているのは、自分が進んで作業をしたからだ」

「子曰く、人能(よ)く道を弘(ひろ)む。道、人を弘むるに非(あら)ざるなり」(衛霊公〈えいれいこう〉第十五)
【拙訳】「人の人たる道は、人の不断の働きによって広がっていくものだ。道が人を大きくしたり、高めるのではない」

学生時代は、『論語』といえば、「仁」やら「信」やら「忠恕(ちゅうじょ)」やら、とにかく人の道にうるさい書物だと思っていた。ところがよく読めば、このように前向きで、「自分も頑張らなければ」という気持ちにさせてくれる言葉が見つかる。

『論語』や儒学の思想の中心は「仁」だといわれる。『大辞林』(三省堂)によれば、「仁」は「愛情を他人におよぼすこと。いつくしみ。おもいやり」という意味だ。

「仁」について述べている『論語』の言葉は数多く、たとえばこんなフレーズがある。

「樊遅(はんち)仁を問ふ。子曰く、人を愛すと」(顔淵〈がんえん〉第十二)
【拙訳】「弟子の樊遅が『仁とは何ですか』と質問した。孔子先生は『人を愛することだ』と答えた」

「博(ひろ)く学びて篤(あつ)く志(こころざ)し、切(せつ)に問ひて近く思ふ。仁(じん)其(そ)の中に在(あ)り」(子張〈しちょう〉第十九)
【拙訳】「広く学び、しっかりとした志を持ちなさい。学んでもまだよくわからないことを理解するように努め、身近な問題に当てはめて考えなさい。そうする中で、仁を実践することができるようになっていくのだ」

「仁」の語源をさかのぼる


学生時代に買い求め、長くお蔵入りしていた『説文解字(せつもんかいじ)』の影印本=写真=をひもとくと、「仁親也从人从二(仁は親なり。人に从〈したが〉ひ、二に从ふ)」と書いてある。


これはどういうことかというと、「仁」とは「親しむ、親しい」という意味で、「人」と「二」から成り立っているというのだ。『説文解字』は中国・漢の時代の許慎(きょしん)という人物が編纂した、最古の漢字字典だ。


さらに、手許にある『学研漢和大字典』を引くと、「仁」とは「自分と同じ仲間として、すべての人に接する心。隣人愛や同情の気持ち」とあった。


だが、わかったようでよくわからない。


結局は「仁=人+二」ということなのだが、「人+二」がなぜ、同じ人間や仲間としての同情や隣人愛になり、はたまた『大辞林』にいうように、いつくしみや思いやりという意味を持つようになるのか。


そこで、「仁」の語源にさかのぼるため、加納喜光著『漢字語源語義辞典』(東京堂出版)を開いてみたら、答えがあった。


同書によれば、「『二』は「(二つのものが)並ぶ」というイメージがあり、「(並んで)くっつく」というイメージに展開する」という。だから「仁」は、2人の人が「くっついて親しみ合う」様子をイメージさせるようになるわけだ。


つまり、自分が相手と「くっついて親しみ合う」気持ちを持ち、相手のことを自分のことのように思うというイメージから、同じ人間や仲間としての同情や隣人愛、いつくしみや思いやりという意味が生まれてきたのだろう。


これで「仁」の輪郭がかなりわかってきた。


21世紀のデジタル時代に生きる「仁」

もう20年以上前になるが、ある雑誌取材の中で「仁」が話題になったことがある。


取材の相手は、現・SBIホールディングス代表取締役社長の北尾吉孝氏だ。同社の前身であるソフトバンク・インベストメントは、創業当初からインターネット金融を手がけ、日本のフィンテックの先駆けともいわれている。


北尾氏は、中国古典にも造詣が深いことで知られ、中学生の頃から『論語』を愛読していたという。


当時、駆け出しの記者だった私は、「『仁』は『論語』の中で最も大切な徳目である、他人に対する思いやり。私はこれまで国内外の企業と数多くのジョイントベンチャーを経験したが、相手への思いやりがなければ決して成功しなかっただろう」と北尾氏から聞いた。


この取材記事を書いた雑誌は休刊して久しいが、私はその記事に、「インターネットの時代にこそ『仁』の精神が必要」だという小見出しをつけていた。


「インターネットの世界は、今後ますます顧客中心になる。だから顧客のことを徹底的に思いやる『仁』がより重要になる」という北尾氏の言葉に、思わずうなずいた。


それから約20年が経ち、「デジタルビジネス時代に重要になる顧客中心主義」といった言葉が飛び交うのを見るにつけ、その先見性に驚かされる。しかも、その顧客中心主義の鍵になるのは「仁」の心だと、当時から指摘していたのだ。


顧客中心主義の鍵が「仁」にあるとするなら、現代に生きる私たちは、「仁」の語源にいうような、相手と「くっついて親しみ合う」気持ちが少し足りないのかもしれない。


ある意味で、お客様に「くっついて親しみ合う」ぐらい密着し、お客様のことを自分のことのように思う心。それを起点にしたうえで、お客様が何を必要としているのか、どんな課題や問題を解決したいのか、あるいはどんなことに喜びや楽しさを感じるのかを考え、商品やサービスをデザインしていくことが、より重要になっているのだろう。


「デジタル万能」の時代といわれる今だからこそ、『論語』の時代から変わらぬアナログ的な「仁」の心を大切にしていきたいものである。



ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 
 

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