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明日を生き抜く知恵の言葉

第22回

名将に学ぶ「上司学」②部下の失敗にどう向き合うか

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

先日、旧知の経営者と数年ぶりに再会し「経営は心理ゲームだ」と彼が話すのを聞いて、なるほどと膝を打った。考えてみれば組織やチームの運営、なかでも部下指導や部下とのコミュニケーションは心理ゲームに似たところがある。

前回の記事で、黒田孝高(如水)が家中のルールを破って博打をした部下を、怒りを爆発させながらではなく、諭し、過ちを悟らせ、気づかせた話を紹介した。厳しい戒めの言葉を温かい思いやりで包み込み、部下の心に響かせるという孝高の叱り方は、高度な心理ゲームのようなものではないか。

前回の記事でも触れたように、部下を叱ることは難しい。同様に、仕事で失敗やミスをした部下に声をかけ、フォローすることも非常に気を遣い、一筋縄ではいかないことが多い。気休めの言葉はけっして、失敗して気持ちが後ろ向きになっている部下の心には響かない。

名将たちは、意気消沈している部下に対して、どんな「知恵の言葉」を投げかけ、心を解きほぐしたのかを見ていこう。


天下無双の勇士でも油断する。気にすることはない(池田輝政)

安土桃山時代から江戸時代初期に活躍した武将で、姫路城の大改修を行ったことで知られる池田輝政(いけだ・てるまさ)という名君がいる。

輝政のある家来が、寝入っている間に脇差(わきざし/武士が腰に差している短刀)を盗まれてしまった。「(お前の)心がけがよくないからだ」と家中で噂となり嘲笑されたので、その家来は仕方なく辞職を願い出た。輝政はその話を耳にすると、彼を呼び出してこういった。

「『お前が、寝入っている間に脇差を取られたのは油断していたからだと皆に笑われたので職を辞するのは、なるほどその通りだ。ではあるが気にすることはない」(『名将言行録』巻之二十二より訳出)

油断の末、脇差しを盗まれるという失態を犯したその部下は、輝政に厳しく咎められると思ったことだろう。だが意外なことに、輝政は怒るどころか、こう説いての部下を励ました。

「昔、佐藤忠信という日本無双の勇士と呼ばれる人物がいた。忠信は、源義経が奈良・吉野山の法師たちに囲まれて逃げ場がなくなったとき、(義経から)大将の鎧(よろい)を賜(たまわ)り、自ら義経だと名乗って戦った。義経はその隙(すき)に落ち延びた」(『名将言行録』巻之二十二より訳出)

忠信も討ち取られることなく生き延び、京の都に上る。昔ひそかに関係を持っていた女性を頼って休んでいると、その女性は忠信をそそのかして酒を勧めた。忠信が酔って寝た隙に、彼女は太刀を隠し、六波羅探題(ろくはらたんだい/鎌倉幕府が京都・六波羅に置いた出張機関)に訴え出る。そのため、忠信はあえなく討ち取られてしまったというのだ。輝政は話をこう続ける。

「忠信ほどの武士が不用心であったはずはない。それなのに、忠信でさえ寝入った隙に太刀を取られてしまったのだから、(お前が脇差を取られたのは)恥にもならない。事実、忠信の武勇は今の世にも広く知れわたっている。お前は脇差を取られることを心配しながら、日々用心しているわけでもないだろう。少しも気にすることはない。物事をよく調べもせず無礼にも嘲笑する者がいたなら、探し出して必ず仕置きをしてくれよう。われわれがこう申す以上は、これまで通り奉公し、何かあったら意地を見せてやれ」(『名将言行録』巻之二十二より訳出)

こういわれた部下は、さぞかし驚き、感激したことだろう。

脇差を取られたことなど、恥にもならない。昔、源義経の窮地を救った天下無双の勇士でさえ油断するのだから、少しも気にすることはない。無礼なことをいう者は、探し出して自分がよくいって聞かせるから、何かあったらお前の意地を見せてやれ――。

その部下は「叱られるどころか、主君自らが、自分のことを励ましてくれている」と深く感じ入り、「二度と同じ失敗は繰り返さない」と自ら誓ったはずだ。

孝高はなぜここまで温情をかけたのか。

その部下は自分の油断を深く恥じ、周囲の批判や嘲笑も甘んじて受け入れ、潔く辞職を申し出ていた。つまり、自らの過失を十分に反省していたわけだ。

自分の至らなさを自覚できない者なら、叱責してでもわからせる必要があっただろう。だが自分の失敗を十分に反省した者を、改めて叱責する必要はない。そこまで潔い姿勢を示す部下は、必ず立ち直る。だから、むしろ励まし、元気づけて伸ばそうと輝政は考えたのだろう。




ベテランには、プライドと誇りを尊重して諭せ(池田輝政)

最近では、年上の部下を持つ上司も増えていることと思う。若い上司にとって、経験豊富な年上の部下、ベテランの失敗にどう向き合うのかは悩みどころの1つだろう。また、年齢にかかわらず、抜群の成果を上げている有能な部下が失敗をしたとき、どんな言葉をかけるかというのも、非常に難しいことだ。

そこで、闇夜に不覚を取った歴戦の部下に対する、池田輝政の「神対応」のエピソードを紹介したい。

「池田輝政の家臣である土肥周防(どひ・すおう)は、世に知られた武功の者である。輝政は、周防に五千石の俸禄を与えた。周防は播磨国(はりまのくに/現在の兵庫県南西部)の印南野(いなみの)という場所を、夜に通りかかったことがある。馬沓(うまぐつ/馬のひづめを保護するために履かせる藁〈わら〉製の履き物)をかけ直したときだ。従者が離れていたのを窺っていたのだろう、何者かが松の茂みの陰から出てきて、周防の左腿に斬りつけて逃げ去った。

馬が驚いて跳ね上がったので、腿の傷のせいで鐙(あぶみ)を踏んだが力が入らず、周防は落馬した。従者は斬りつけた者の後を追ったが、先は暗がりでどこに逃げたのかわからない。周防は立ち上がることができず、後を追うことができなかったので駕籠に(かご)に乗って姫路に帰った」(『名将言行録』巻之二十二より訳出)

家中の者はこれを非難した。輝政はこの話を聞き、夜話(よばなし)のついでに「今回の周防のことを家中では何といっているのか」と、側(そば)にいた家臣たちに尋ねたが、誰も答えられずにいた。輝政は「良いことも悪いことも隠してはならぬ。お前たちは私の問いに本当のことを答えないのか」といったので、家臣たちは「(周防の)対処の仕方がよろしくないと、みんな非難しております」と答えた。

家臣たちの話を聞いた輝政は、驚くことに「周防が腿を斬られたことで、彼の武勇はますます明らかになり、私が彼を重んじる気持ちも当初の倍になった」と話すのだった。

その理由を輝政はこう語る。

「周防を斬ろうというほどの者だから、きっと前もって準備していたのだろう。ところが首尾よく事を運ぶのは難しいことを知り、暗夜で人が近くにいないことを幸いとして、一太刀は浴びせたが、もう一太刀は浴びせなかった。周防の武威に圧倒され、目的を達成しようという志を遂げられずに逃げ去ったのは、彼を深く恐れたためだ。

周防が並みの武士ならば、誰がそれほどまでに恐れるだろうか。腿に傷を負った状態で馬が跳ね上がれば、落馬するのは当然だ。これを卑怯というべきだろうか。逃げ足の速い者なら、白昼に追いかけても追いつくはずがない。ましてや暗夜の出来事だ、(刺客を)斬り仕留めなかったことを臆病だというべきだろうか」(『名将言行録』巻之二十二より訳出)

そして輝政は、家臣たちをこう諭すのだった。

「そういうことは、すべて武道の道理を学んでいない者のいい草で、気に留めるまでもない。お前たちも武士なのだ、世間の風説に惑わされて道理を誤ることがあってはならない」(『名将言行録』巻之二十二より訳出)

そんな輝政の心遣いのありがたさが骨身にしみて、周防は心から感謝したということだ。

輝政は、周防の油断を一切責めていない。歴戦の勇士であればこそ、自らの落ち度は痛いほどわかっていて、それを自分が誰よりも恥じている。だから、改めて周防を叱責する必要はないということだろう。

逆に、輝政までが家臣たちと一緒になって、あらぬ批判を浴びせようものなら、歴戦の勇者としてのプライドと誇りを傷つけ、離反さえ招いたかもしれない。

輝政は終始一貫して、周防がこれほどの実績と力量を持つ猛者だったからこそ、刺客は彼を仕留めることができなかったと弁護した。たがそれは、気休めをいって機嫌を取ったり、媚びるような姿勢から出た言葉ではない。

ベテランや有能な部下であればあるほど、上司のそういう意図を敏感に察知してしまうから、対応には注意が必要だ。

周防のように意識の高い部下であるからこそ、輝政は「道理」に照らし、理路整然と、毅然とした態度で不理解な家臣たちを戒めたのだ。

実績からくるプライドを尊重し、名誉を守ることが、誇り高き有能な部下の心を動かすことだと、輝政は心得ていたのだろう。


そもそも、人を罰するのは重いことなのだ(黒田如水)

今回は、自らの不注意で失敗した部下に温情をもって接し、寄り添うことで心を動かした例を2つ取り上げた。これは、今でいう内発的動機付けにも通じるところがあるのではないかと思う。

だがこの温情は、単なる優しさや思いやり、同情などとは異なる気がする。

何か、現代の日本人が忘れかけている深い人間尊重の哲学に根差しているように思えてならないのだ。

『名将言行録』に、黒田孝高のこんなエピソードが記されている。

「(孝高公は倹約のため)また作事奉行(さくじぶぎょう/御殿の造営や修理などを司る役人〉に、『こけら(材木を削ったときに出る木の細片)や木の端などを丁寧に集めて風呂屋に渡すように』と申し付けた。すると作事奉行は『長屋の者たちが盗み取ってしまいましたので、少しも残っておりません』と申し上げた。孝高公は立腹し、『こけらを盗んだ者を捕らえて縛り上げよ、首を斬れ』と厳しく申し付けたので、やがて、こけらを盗んだ者は捕らえられた」(『名将言行録』巻之二十九より訳出)

孝高は、作事奉行が盗人を捕らえたことを、手柄を自慢するように話すのを内心「ばかげたことだ」と思いながらも、「よくやった、やがて首を斬れ」と申し付けた。ところが、皆が今日か、今日かと思っても、何の沙汰(さた)もない。

孝高は、盗人は必ず詫(わ)びに出てくるだろうから、そのときに厳しくいいつけ、許してやろうと思っていた。だが、留守居(るすい/主人や家人が不在の時に家を守る役職)の者が、作事奉行と同じようにやってきて「今晩首を斬り申し上げましょうか。(盗人を)長々と縛り置き続けては、昼も夜も番人をつけなければならないので、人手も要ります」』という。

それを聞いた孝高は、声を荒げてこういい放った。

「『馬鹿げたこというものだな。よくよく聞け。その盗人の首を斬り、その者が盗んだ木の切れ端に、その者の着物を着せてみよ。人間の役など、なさないであろう。人を殺すというのはたやすいことではないのだ。お前たちは何とも思わないと見える。すぐに許してやれ』と申し付けられ、『「また盗めば縛り、首を斬ってくれようぞ」と大いに恐れさせ、盗まないようにさせることこそが奉行の役目であるのに、なぜ何もせずに盗ませ、捕らえ置いて首を斬ると申すのか』と叱られた」(『名将言行録』巻之二十九より訳出)

改めて、上司やチームのリーダーなどの立場にある皆さんに、

「その盗人の首を斬り、その者が盗んだ木の切れ端に、その者の着物を着せてみよ。人間の役など、なさないであろう。人を殺すというのはたやすいことではないのだ」

という孝高の言葉を、今だからこそ、かみしめていただきたいのだ。

1人の人間の尊厳とはどれだけ重いもので、人を叱り、罰するということがどれだけ重く、細心の注意と配慮を必要とするものかということを。

私たちはともすれば不注意、不用意に部下を叱り、怒りの感情をぶつけ過ぎてはいないか。


厳しさは、温情のもとでこそ活きる

もちろん、温情だけで人は動かないし、それだけで望ましい関係は構築できないだろう。結局のところ、温情だけでも、厳しさだけでもいけないということだ。

そこで理解しておきたいのが、温情と厳しさには「順番」があるということだ。はたして温情が先か、厳しさが先か。『孫子』にこんな一節がある。

「兵士たちが(将軍に)まだ親しみ付き従っていないのに厳しく罰すれば、彼らは心服しない。(兵士たちが)心服しなければ、(将軍が彼らを)働かせることは難しい。(一方)兵士たちが心服しているのに何の罰も行わなければ、(彼らはわがままになって)将軍は兵士たちを働かせることができない。そこで、温情をもって心をとらえ、軍隊の法令によって治めるのである。これを必勝の法という」(孫子』行軍篇より訳出)

将軍を上司やリーダー、兵士を部下やチームのメンバーに読み替え、「軍隊の法令」(刑罰、武威と訳すものもある)を組織のルールと解釈していただければ、イメージはつかめると思う。

部下の成長をサポートするうえで、厳しさが求められることは少なくない。だが、それ以前に、部下が「親しみ付き従って」くれるような関係ができているだろうか。部下は上司に心服して始めて、厳しさを受け入れ、成長を始めるのではないかと思う。



ジャーナリスト 加賀谷 貢樹


 

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