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明日を生き抜く知恵の言葉

第19回

名将に学ぶ「心を通わす」リーダーの言葉②――名将たちは部下をどう叱ったか

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

「怒る」に知恵なし、「叱る」は諭すと心得よ

読者の皆さんの中にも、部下の叱り方に悩むリーダーや上司がいるかもしれない。

「頭ごなしに叱ったら、部下がやる気をなくしてしまうのではないか」といった悩みは尽きないと思う。部下を傷つけないように、やる気をそがないように、あるいはパワハラだといわれないように、気を遣いながら叱ることもあるのではないか。

部下のモチベーションを下げずに、うまく叱る方法はないものだろうか。

「名将たちはどうやって部下を叱っていたのだろう」と思いながら『名将言行録』や関連書籍をひもとくと、「こんな叱り方があるのか」と気づかされ、感動さえするような例がみつかる。

本心までは知るよしはないが、名将は感情をむき出しにして怒るのではなく、諭し、気づかせている。

江戸城内で喫煙が禁じられていた頃、隠れて喫煙していた部下から「もらい煙草」をして

「ありがとう」といい、身代わりに将軍から叱られた老中もいる。それも、部下に気づかせ、自ら行動を変えることを促すためだ。

名将たちの、知恵と思いやりにあふれる洗練された叱り方とは、どんなものだったのかをみていこう。

《彼は畳の上の奉公人ではない。畳の上の感覚で評価してはならぬ》

若くして将来を嘱望されて織田信長の婿になり、のちに豊臣秀吉に仕えた蒲生氏郷(がもう・うじさと)という戦国武将がいる。氏郷は「若いけれど、人づくりの名人」(童門冬二『「人望力」の条件』)といわれた人物だ。

その氏郷に、関ヶ原の戦いで徳川方につき、大坂夏の陣でも武勲を挙げた信濃飯山藩主・佐久間安政(さくま・やすまさ)という武将が初めて拝謁したときのことだ。

安政が畳のへりにつまずいて転んだのを、氏郷のそばに控えていた小姓(こしょう)たちが顔を見合わせて笑った。すると氏郷はこう叱ったという。

「お前たちはまだ分別というものをわきまえていないから、自分たちの奉公をあてはめて彼の人となりを推し量ろうとする。だが彼は畳の上の奉公人ではない。お前たちとは用い方がまた違うのだ。お前たちは畳の上で奉公することを第一とする。畳の上の感覚で彼を評価するのは大きな間違いだ」(『名将言行録巻之二十三』より訳出)

「彼は畳の上の奉公人ではない」という言葉に、現場で成果を上げてきた叩き上げの武人に対する敬意と、思いやりがあふれている。小姓たちもその言葉にハッと気づかされ、忘れかけていた、現場で汗を流す人たちへの敬意を取り戻したことだろう。

そして安政自身も、氏郷の温かい言葉に感謝し、武人としての誇りを新たにしたはずだ。

《相撲を取るなら畳を裏返しにしてやるがよいぞ》

次に、徳川家康の叱り方をみてみよう。

「家康が駿府城にいた頃の話だ。若い家臣たちが座敷の中で相撲を取っていたその場所に、急に家康が行かれたので、皆は驚いて平伏(ひれふ)した。家康は『相撲を取るなら畳を裏返しにしてやるがよいぞ。茶道の師匠の福阿弥(ふくあみ)が見たら『畳の縁がすり減っております」と腹を立てていうだろう』とだけ話され、お叱りはなかった。事の次第を耳にした番頭(ばんがしら)たちは、座敷で相撲を取ることを禁止した」(『名将言行録巻之四十一』より訳出)

「室内で相撲を取るのはやめなさい」と面と向かっていうのはたやすい。だが家康はあえて、「相撲を取るなら畳を裏返しにしてやるがよいぞ」といった。つまり家康は「してはならない」という禁止の意思を、思いやりの言葉で包み込んだのだ。

「室内で相撲を取るのはやめなさい」といっても、若い家臣たちは相撲を取るのをやめただろう。だがそれでは、なぜ室内で相撲を取るのがいけないのかが、肌感覚としてわからない。単なる禁止で自覚と反省は生まれない。家康が若い家臣たちに、本当に教えたいことはそこにあったと思う。

家康の言葉の中から、若い家臣たちは、室内で相撲を取ることで畳が傷み、茶道の師匠はもちろん家康自身も困っていることに気づいたはずだ。

家康も内心は怒っていたのかもしれない。だが怒っていたとしても、感情をストレートにぶつけることなく、優しく諭した。その思いやりの気持ちが痛いほどわかったから、若い家臣たちは自ら行動を改めたのだろうし、番頭たちも家康の気持ちをくみ取り、座敷相撲を禁じたのだろう。

部下の過ちを目の当たりにして、おそらく内心に湧き上がっていた怒りの感情を、思いやりの言葉に瞬時に変換し、事の本質部分を悟らせ、自ら正しい行動を起こさせる。こういう高度な感情処理や、相手に行動変容を促す適切な助言といったものが、洗練された一言や立ち振る舞いとなって自然に現れる。そこまで修養を積んでいたところに、家康の本当のすごさがあると私は思う。

《大事な物は心にかけておけ》

今度は『名将言行録』には記されていない事例だが、童門冬二『「人望力」の条件』(PHP研究所)から、部下に感動を与えた「叱り方」の一例を紹介したい。

江戸前期の大名で、秋元喬知(あきもと・たかとも)という人物がいる。徳川五代将軍・綱吉に仕え、寺社奉行、若年寄などを務めたあと老中となり、江戸幕府の政治を取り仕切った。その後、川越藩(現・埼玉県川越市)藩主に封じられ、地域の発展に尽くした。

『「人望力」の条件』によれば、その喬知が川越藩に資金を届けさせたことがあった(川越藩主と老中職を兼務)。いつの世も、要職を務めるには何かと経費がかさむもののようだ。

あるとき、誠実な家臣(同書ではAとする)がその役目にあたったが、たまたま体力の要る仕事をしたばかりでとても疲れていた。川越から江戸まで特急船で向かったが、用心し、大切なお金が入れてある金袋は首にかけてあった。いつの間にか寝てしまい、船頭に起こされ、懐(ふところ)に入れていた金袋を確かめてみると、お金がなくなっている。すでにA以外の乗客は船を下りたあとだった。

船内で寝ている間に、お金を盗まれてしまったのだ。Aは落胆しながら藩の江戸屋敷に足を運ぶ。重役に報告すると「馬鹿者!」と怒鳴られた。

重役はすぐさま、喬知に報告を入れた。眉をひそめ、「それは弱ったな」と落胆する喬知。喬知の前に召し出されたAの顔は真っ青だった。切腹は免れないと覚悟していたのだろう。喬知はAの顔を見てこういった。

「『おまえか?金を盗まれたのは』

『はい、さようでございます。まことに申し訳ございません』

『金を入れた袋は、いったいどこに保管していたのか?』

『盗まれてはいけないと思い、胸の中に入れて袋についたヒモを首にかけておりました』

『それがなぜ盗まれたのだ?』

『昼問の疲れが出て、思わず寝入ってしまったからでございます。すべて私の責任でございます。どんな重い罰をいただこうとも決して不平は申しません。存分にご処分くださいませ』

 潔いAの言葉に、喬知は怒りを和らげた。そしてこういった。

『Aよ。これからは、大事な物は首にかけずに心にかけておけ』

 思わず顔を上げ喬知の顔を見るAを、喬知は穏やかな笑顔で見返した。

『居眠りをしたのは、川越城での仕事がつらかったからだろう。よい。金のことはもう忘れろ。下がれ』

 Aは思わず重役の顔を見た。重役はまだ怒ってAをにらみつけていたが、その重役にも、喬知の温かい気持ちがわかった」(前掲、『人望力」の条件』)

――「これからは、大事な物は首にかけずに心にかけておけ」

私なら、感情にまかせて部下の不注意を責めていただろう。今月の運転資金が不足し、その不足分を補うためのお金が、部下の不注意によって失われたようなものだ。「なんてことをしてくれたんだ。また新たにお金を工面しなければならない。どうしよう」と。

理屈からいえば怒って当然だが、喬知は笑顔を見せて「大事な物は首にかけずに心にかけておけ」といった。人としての度量、修養の度合いが違いすぎる。

何が違うのだろう――。日々の鍛錬? 教育?

それもそうかもしれないが、その家臣が金袋を首にかけていたと聞き、大事なお金を懐に入れて守ろうとしていたこと。そして、潔く罰を受けようとする姿勢を見せたことが、喬知は嬉しかったのではないかと、私には思えてならない。結果的にお金をなくしてしまったが、金袋を鞄などに入れていて、それを盗まれたのとはわけが違うのだ。

もっといえば、喬知の目が、お金よりも人に、本当に向いていたからだと私は思う。

これは綺麗事ではすまされない。普段、綺麗事として「お金は問題ではない、人が大事だ」といっている程度なら、こういうトラブルがあったときにお金に執着する態度を見せ、周囲の信頼を失ってしまうだろうからだ。

「結局は、あのリーダーの目が向いているものは人ではなく、お金だ」と。

いざというときに、わが身の至らなさが周囲に露見し、信頼を失ってしまったら、組織は瓦解し進むべき方向を見失う。だからこそリーダーの修養とは厳しく、手を抜けないものなのだ。『大辞林』(三省堂)には、修養とは「学問を修め精神をみがき、人格を高めるよう努力すること」だと書いてある。

《ありがとう。隠れてのむ煙草はやはりうまいなあ》

もう1つ、『名将言行録』にはないエピソードを紹介したい。

まずお断りしておきたいのだが、当時と現代とは社会事情が違い、喫煙に対する考え方も大きく異なっている。本稿は喫煙や禁煙に対して特定の立場を取るものではないことを理解していただいたうえで、記事を読み進めていただけたら幸いだ。あくまで、上司の部下に対する接し方と心構えについて述べることを目的にしている。

幼少の頃から徳川家康に仕え、第2代将軍・秀忠の第一の側近を務め、第3代将軍・家光にも重用された土井利勝(どい・としかつ)という大名がいた。彼が老中として秀忠の補佐役を務めていた頃、ある騒動が起こる。

「二代将軍秀忠は、煙草が大嫌いであった。江戸城内での喫煙を禁止した。しかし、煙草が中毒になるほど好きな人間には、一日煙草を吸ってはいけないと言われると辛くて仕方がない。

 侍たちは、ある部屋を秘密の喫煙所にし、そっと忍び集まっては吸っていた。

そこへ突然土井利勝が入ってきた。皆はびっくりして、慌てて煙草を揉み消し、土井の叱責を待った。しかし土井は叱らなかった。逆に、

『今お前たちがのんでいた煙草を、俺にも一服くれ』

 と言った。侍たちは、土井の言葉を信じないで顔を見合わせた。

『どうした、早く俺にものませろ』

 土井は催促した。仕方なく侍たちは隠していた煙草を出した。それを、土井は深々と何服も吸って、

『どうもありがとう。隠れのむ煙草はやはりうまいなあ』

 と言って出て行った。が、すぐ戻ってきてこんな事を言った。

『いま、お前たちと俺が煙草を隠れのんだことは、上様には絶対に秘密だぞ。頼むぞ』」

(童門冬二『「情」の管理・「知」の管理――組織を率いる二大原則』〈PHP研究所〉)

結局、隠れて煙草を吸っていた家臣たちに対し、とがめは何もなかった。

ところがしばらくすると、「タバコを隠れて吸っていた連中と付き合った御老中の土井様が、上様からこっぴどく叱られた」(童門冬二『歴史に学ぶ「人たらし」の極意』〈青春出版社〉)という噂が江戸城内に広まった。

利勝と一緒に隠れて煙草を吸っていた家臣たちは、心から感動し、反省したに違いない。

利勝の一連の立ち振る舞いを整理すると、まず、利勝は面と向かって彼らを叱責しなかった。そして、彼らと一緒に隠れて煙草を吸い、煙草が好きでたまらない彼らの気持ちも理解するよう努めた。第3には、家臣たちに『秘密だぞ』といっておきながら密告し、喫煙の実行犯たちを処罰することもなかった。

さらに第4に、江戸城中に広まった噂によって明らかになったように、利勝は部下たちの身代わりに叱られていたのである。彼らは、二度と江戸城中で隠れて煙草を吸わなかったという。

ところが、このエピソードはこれで終わりではない。第5に、利勝は秀忠に愛煙家の気持ちを伝え、厳しい規制を緩和するように進言していたのである。

「『酒飲みとちがって、煙草のみが煙草を止められると、身体に変調をきたします。どうか一定の時間を決め、一定の部屋でのませるようにしたら如何(いかが)でしょう』

 秀忠は(中略)考えて、

『その通りであろうな』

 と言って、正式に喫煙室を設け、一定の時間を限って喫煙を許した」(前掲、『「情」の管理・「知」の管理』)

――「どうもありがとう。隠れのむ煙草はやはりうまいなあ」

これが、利勝の家臣たちへの叱り言葉であった。だが利勝は家臣たちに、もう1つの言葉、すなわち「行動言語」で事の本質を理解させ、気づかせ、行動変容を促している。

部下の罪をかぶって自分が叱られる、というのがそれである。

さらに深く分析すれば、自分があえて泥をかぶることで、「皆にとってよい状態」を作り出したことが重要である。

利勝が叱られたことで、部下たちはとがめられることもなく、自ら気付き行動を変えた。同時に、利勝が部下たちに代わって叱られたことで、大の煙草嫌いの秀忠も面目を保ちつつ、自らが始めた厳しい規制を一部緩和することに同意した(重ねて、本稿が喫煙、禁煙に対して特定の主張をするものではないことをお断りしておく)。

リーダーたるものは、言葉には、言語によるものと、行動によるものの2つがあることをわきまえておかなければならない。

「人間の心にひそむ前向きの衝動をかき立てる」

これまで、さまざまな名将の言葉と行動を紹介してきたが、わかりやすい言葉でいえば、彼らはみな「人たらし」である。

前掲の『歴史に学ぶ「人たらし」の極意』の中で、作者の童門冬二氏は、

「”人たらし”は、人間の心にひそむ前向きの衝動をかき立てることだ」と述べ、

「人たらし」とは、

「『相手をその気にさせてしまう』

 というものであって、理屈でどうのこうのと説明できるものではない。

 もっとわかりやすい言い方をすれば、相手の胸をキュンとさせることだ。”胸キュン”だ。衝動と言ってもいい。その衝動によって、

『この人の言うことなら正しい』

 とか、

『この人のやることなら一緒に協力しよう』

 と思わせる”動機(モチベーション)づくり”のもとになるパワーを言うのだ。いわば、

『相手に”なら”と思わせる”らしさ”』

 のことである」

 と記している。

――「人間の心にひそむ前向きの衝動をかき立てる」

これが、現代のリーダーが目指すべき方向性なのではないかと思う。

織田信長は「嗜(たしな)みの武辺(ぶへん)は、生まれながらの武辺に勝(まさ)れり」(『名将言行録巻之十六』)と述べている。つまり「普段から心がけて身につけた武勇は、生まれながらの武勇に勝る」ということだ。

名将たちの洗練された立ち振る舞いも、まったくの生まれついてのものではない、普段の心がけや修練で磨き上げることができるものだとすれば、非常に心強い。

次回は、名将たちがどうやって修養を積み、人格を高めていったのかを掘り下げてみたい。


ジャーナリスト 加賀谷 貢樹


 

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