第96回
男性の育児休業取得率が企業の経営に与える影響 ~中小企業経営者が知っておくべき人材戦略の新常識~
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
はじめに:激変する採用市場の現実
「うちは中小企業だから、男性の育休なんて関係ない」——そう思っている経営者の方も多いのではないでしょうか。しかし、先日発表された衝撃的なデータが、この考えを根本から覆そうとしています。
厚生労働省の最新調査によると、男性の育児休業取得率が40.5%と初めて4割を超え、過去最高を記録しました。わずか6年前の2018年度は6.16%だったことを考えると、この変化のスピードは異常とも言えるでしょう。
さらに驚くべきは、18歳から25歳の学生を対象とした調査結果です。なんと約7割(69.7%)の若者が「企業の育休取得状況が就職先選びに影響する」と回答しているのです。男性でも63.3%、女性では76.7%が重視すると答えており、もはや育休制度は「あったら良い制度」ではなく、「なければ選ばれない必須条件」になりつつあります。
多くの中小企業経営者が人手不足に悩む中、優秀な若手人材の確保はますます困難になっています。大企業との給与格差、知名度の差、福利厚生の違い——様々な不利な条件がある中で、果たして育休制度への投資は本当に意味があるのでしょうか。
「制度を整えるのにお金がかかる」「人が休んだら仕事が回らない」「そもそも余裕がない」——こうした懸念は当然です。しかし、視点を「コスト」から「投資」に変えると、全く違った景色が見えてきます。実際に制度を整備した中小企業では、採用力の向上、従業員の定着率改善、さらには業務効率化による生産性向上といった、想定以上の効果を実感しているケースが続々と報告されています。
本コラムでは、こうした最新のデータと実例をもとに、男性の育児休業取得率が中小企業の経営に与える具体的な影響を、経営者の皆様の目線で整理していきます。制度導入の具体的なメリット・デメリット、現実的な対策、そして投資対効果まで、実践的な内容をお届けします。
1.採用力への劇的な影響:若い人材が企業を選ぶ新基準
<数字で見る若者の価値観変化>
まず、現在の就職活動生がどのような価値観を持っているのか、具体的な数字で確認してみましょう。
厚生労働省が全国の学生2,026人を対象に行った調査では、驚くべき結果が明らかになりました。育児休業制度の認知度は92.4%に達し、87.7%の学生が「自分も育休を取得したい」と回答しています。さらに注目すべきは、88.6%が「配偶者にも育休を取得してもらいたい」と答えていることです。
つまり、現在の就職活動生の約9割は、「夫婦で協力して育児に取り組みたい」と考えているのです。これは従来の「男性は仕事、女性は家庭」という価値観とは根本的に異なります。
また、新卒で入社する会社を選ぶ際に「仕事とプライベートの両立を意識している」と答えた学生は77.9%に上り、理想の働き方として「仕事もプライベートも両立する」を挙げた学生は91.2%に達しています。
<実際の採用現場で起きていること>
これらの価値観変化は、実際の採用現場にも大きな変化をもたらしています。
ある中小IT企業の人事担当者は、「最近の会社説明会では必ずと言っていいほど『男性も育休を取れますか?』『実際に取得している人はいますか?』という質問が出ます。以前は給与や休日日数に関する質問が中心でしたが、明らかに関心のポイントが変わっています」と語ります。
実際に男性の育休取得率の高さを前面に打ち出している企業では、説明会での応募者の反応が明らかに変わったという報告が相次いでいます。株式会社アドバンテッジリスクマネジメントでは、「説明会・面談等で男性の育休取得率等の高さに驚かれる応募者も多く、企業イメージの向上や応募者数・内定承諾者数の増加につながっている」と具体的な効果を実感しています。
<中小企業にとってのチャンス>
興味深いことに、大企業でも「制度はあるが取りにくい雰囲気」という課題を抱えているケースが多いのが現実です。ある調査では、育休を取得しなかった理由として「制度がない」と回答した割合が、中小企業28.3%に対して大企業17.3%となっており、制度の有無では大企業が優位です。
しかし、「言い出しにくかった」「持っている仕事を他人に任せられなかった」といった理由は大企業の方に多く見られ、制度があっても実際の運用面で課題を抱えていることがわかります。
ここに中小企業のチャンスがあります。規模が小さいからこそ可能な「顔の見える制度運用」「経営者の直接的なサポート」「柔軟な対応」といった強みを活かせば、大企業以上に「本当に取得しやすい環境」を作ることができるのです。
<採用コストへの影響>
育休制度の整備は、採用コストの削減にも大きく貢献します。
応募者が増加すれば、選考の選択肢が広がり、より適性の高い人材を採用できる可能性が高まります。また、企業の方針に共感して応募してくる学生は、入社後のミスマッチも少なく、早期離職のリスクも低下します。
さらに、制度が整備されることで従業員満足度が向上し、従業員からの紹介採用も増加する傾向があります。紹介採用は採用コストが低く、かつ定着率も高いため、中長期的な採用戦略として非常に有効です。
ある製造業の中小企業では、育休制度を整備して2年後、従業員紹介による採用が前年比で3倍に増加したという事例も報告されています。「働きやすい会社だから、友人にも紹介したい」という好循環が生まれているのです。
2.従業員定着への好影響:離職防止とモチベーション向上
<離職防止の具体的効果>
育児休業制度の整備が従業員の定着に与える影響は、想像以上に大きなものがあります。
厚生労働省の統計データによると、第1子出産前後の女性の継続就業率は全体で69.5%となっていますが、正規職員で育児休業を利用した場合の継続就業率は83.4%に達しています。つまり、育休制度があることで、8割以上の女性従業員が出産後も働き続けることができているのです。
一方、育児休業を利用しなかった場合の継続就業率はわずか8.7%にとどまっており、制度の有無が継続就業に決定的な影響を与えていることがわかります。
男性従業員にとっても、育休制度の存在は大きな安心材料となります。実際に取得するかどうかに関わらず、「必要な時には制度を使える」という安心感が、会社への愛着やロイヤリティの向上につながっています。
<職場の雰囲気改善>
育休制度を導入した企業では、職場全体の雰囲気が改善されるという副次効果も報告されています。
「お互い様」の文化が醸成されることで、育児期の従業員だけでなく、介護や病気などで休暇が必要になった際にも、周囲のサポートを得やすくなります。また、育休取得者の業務を周囲がカバーすることで、チームワークの向上や相互理解の深化といった効果も生まれています。
ある建設会社では、初めて男性社員が育休を取得した際、最初は戸惑いもあったものの、業務の引き継ぎを通じて他の社員のスキルアップにつながり、結果として組織全体の対応力が向上したという事例があります。
<経営者が気づかない隠れたコスト削減>
従業員の定着率向上は、経営者が普段意識していない「隠れたコスト」の削減にも大きく貢献します。
一般的に、従業員が1人退職すると、その人の年収の1.5〜2倍のコストがかかると言われています。これには、退職に伴う引き継ぎコスト、新規採用コスト、新人の教育コスト、戦力化するまでの生産性低下コストなどが含まれます。
例えば、年収400万円の従業員が退職した場合、企業の損失は600万円〜800万円に達する可能性があります。育休制度の整備により、このような退職を1件でも防ぐことができれば、制度導入にかかったコストは十分に回収できる計算になります。
さらに、長期間働く従業員が増えることで、会社固有の知識やノウハウの蓄積が進み、サービス品質の向上や効率化にもつながります。
<中小企業特有のメリット>
中小企業の場合、従業員一人ひとりの役割が大きく、その人しか知らない業務や取引先との関係性を持っていることが多いものです。そうした貴重な人材の流出は、大企業以上に経営に与える影響が深刻です。
逆に言えば、育休制度により優秀な人材を長期間確保できれば、その効果も大企業以上に大きくなります。特に技術者や営業担当者など、専門性の高い職種において、経験豊富な人材が継続して働き続けることの価値は計り知れません。
また、中小企業では育休取得者の業務を周囲がカバーする過程で、必然的に業務の属人化解消が進みます。これは本来であれば意識的に取り組まなければならない組織改善課題ですが、育休制度の導入により自然に進むという、思わぬ副次効果を得ることができます。
3.中小企業が直面する課題と現実的な解決策
<中小企業の3つの主要課題>
しかし、中小企業が育休制度を導入・運用する上で直面する課題も確実に存在します。主な課題を3つに整理してみましょう。
・課題1:人手不足による業務継続への不安
最も多く聞かれるのが「一人休むと仕事が回らない」という声です。実際に、中小企業の多くは少数精鋭で運営されており、特定の従業員に依存し
ている業務が多いのが現実です。
育休取得推進を予定しない企業の理由として、53.4%が「企業規模が小さい」、30.4%が「従業員の人数が少なく、代替要員の手当ができない」、
28.3%が「休業する従業員以外の従業員の負担が大きい」と回答しており、人手不足への懸念が最大のハードルとなっています。
・課題2:制度整備の遅れと情報不足
育休を取得しなかった理由として「制度がない」と回答した割合は、中小企業で28.3%、大企業で17.3%となっており、中小企業での制度整備の遅
れが顕著です。
また、2022年の法改正内容を十分に理解していない経営者も多く、「正直、男性育休の義務化については、あまり知りませんでした」という声も聞
かれます。情報収集や制度設計のリソースが限られていることが、導入の障壁となっています。
・課題3:経営層の意識と職場風土
ある調査では、中小企業の7割が男性社員の育休取得義務化に反対しており、経営層の意識改革も大きな課題です。「男性には、育休を取るよりたく
さん働いてほしい」「男性が育休を取れる会社にならなくても、全く困らない」といった本音も聞かれ、世代間の価値観ギャップが制度導入の妨げ
となっています。
<段階的解決アプローチ>
これらの課題を一度に解決しようとすると、かえって混乱を招く可能性があります。現実的なアプローチとして、段階的な導入を提案します。
・第1段階:制度の基盤整備(1〜3ヶ月)
まずは最低限の制度整備から始めましょう。育児・介護休業法で定められた内容を就業規則に反映させ、従業員が制度を利用できる基盤を作りま
す。
この段階では完璧を求める必要はありません。法的要件を満たす最小限の制度からスタートし、運用しながら改善していく姿勢が重要です。
助成金の活用も忘れてはいけません。中小企業向けの両立支援等助成金では、男性の育休取得で最大30万円、育休復帰支援で60万円などの支援を受
けることができます。
・第2段階:運用体制の構築(3〜6ヶ月)
制度ができたら、次は実際に運用できる体制作りです。ここで重要なのが業務の見える化と標準化です。
各業務について、「誰が」「いつ」「どのように」行うのかを文書化し、複数の人が対応できるようにします。これは育休対応だけでなく、病気や
怪我による急な休業にも対応できる組織作りにつながります。
また、この段階で外部サービスの活用も検討しましょう。経理や総務の一部をアウトソーシングしたり、ITツールを導入して業務を効率化したりす
ることで、人手不足への対応力を高めることができます。
・第3段階:風土改革と継続改善(6ヶ月〜)
最後に、制度を活用しやすい職場風土の醸成です。経営者自身が制度の意義を理解し、従業員に向けて明確なメッセージを発信することが不可欠で
す。
「我が社では、従業員の人生の大切な場面をしっかりとサポートします」「家族を大切にする人は、仕事も大切にしてくれると信じています」とい
った経営者の想いを、言葉と行動で示すことが重要です。
<具体的な対策例>
実際の導入にあたっては、以下のような具体的な工夫が効果的です。
まず、短期間から始める段階的導入です。いきなり数ヶ月の長期取得を推奨するのではなく、1〜2週間程度の短期取得から始めて、徐々に期間を延ばしていく方法です。これにより、組織への影響を最小限に抑えながら、運用ノウハウを蓄積できます。
次に、繁忙期を避けた取得推奨です。業界や会社の繁忙期を避けて育休取得時期を調整することで、業務への影響を軽減できます。事前に年間スケジュールを共有し、取得しやすい時期を明示することも有効です。
また、業務マニュアル整備を育休制度導入と同時に進めることで、一石二鳥の効果を得ることができます。「○○さんが休んだ時のための準備」として位置づけることで、従業員の理解も得やすくなります。
4.投資対効果で考える育休制度:コストを上回るリターン
<初期投資の内容整理>
育休制度導入に必要な初期投資を具体的に整理してみましょう。
制度設計・就業規則改定については、社会保険労務士に依頼した場合20〜50万円程度が相場です。自社で対応する場合でも、情報収集や書類作成に相応の時間コストがかかります。
代替要員確保コストは、業務内容や期間によって大きく異なりますが、派遣社員を利用した場合、月額20〜40万円程度を見込んでおく必要があります。
業務効率化のためのシステム投資については、規模や内容によって数十万円から数百万円まで幅がありますが、育休対応だけでなく、将来の事業拡大にも活用できる投資と考えるべきでしょう。
<回収できるリターンの具体例>
一方で、これらの投資から得られるリターンも具体的に試算してみましょう。
・短期的リターン(1-2年)
採用コスト削減については、応募者が増加することで、採用広告費や人材紹介手数料の削減が期待できます。例えば、年間200万円かけていた採用
活動費が150万円に削減できれば、年間50万円のコスト削減です。
離職率低下による効果はさらに大きくなります。年収400万円の従業員の離職を1件防ぐことができれば、600〜800万円のコスト削減効果がありま
す。
助成金収入については、両立支援等助成金を活用することで、男性育休取得で最大30万円、復職支援で30万円、業務代替支援で最大125万円などの
収入を得ることができます。
・中長期的リターン(3-5年)**
企業ブランド価値向上により、より優秀な人材の確保が可能となり、売上向上に貢献します。また、従業員満足度向上により生産性が向上し、同じ
人数でもより多くの成果を上げることができるようになります。
組織力強化による競争力向上は、数値化しにくい部分もありますが、業務の標準化や属人化解消により、事業の安定性と拡張性が高まります。
<ROI計算の考え方>
簡単な試算例を示してみましょう。
従業員20人の中小企業で、年間2人が離職していたとします。離職による損失を1人当たり600万円とすると、年間の離職損失は1,200万円です。
育休制度導入により離職率が半分に低下したとすると、年間600万円のコスト削減効果があります。制度導入にかかる初期投資が200万円、年間運用コストが100万円だとすると、2年目には投資を回収し、3年目以降は年間500万円の利益改善効果を得ることができます。
これに採用コスト削減や助成金収入、生産性向上効果などを加えると、投資対効果は非常に高いものとなります。
<リスク管理の視点>
逆に、制度を整備しないリスクも考慮する必要があります。
人材確保が困難になることで、事業機会を逃したり、既存従業員の負担が増加して離職が加速したりするリスクがあります。また、競合他社が制度を整備する中で、相対的に魅力の低い企業と見なされるリスクも無視できません。
適切な制度設計と段階的な導入により、これらのリスクを最小限に抑えながら、確実なリターンを得ることが可能です。
5.今すぐ始められる実践的スタートガイド
<まずは現状把握から>
制度導入の第一歩は、現状の正確な把握です。
自社の制度チェックリストを作成し、現在の就業規則や社内制度で育児休業に関してどこまで対応できているかを確認しましょう。法的要件を満たしているか、従業員への周知は十分か、実際の取得実績はどうかなどを整理します。
従業員の意識調査も重要です。無記名のアンケートを実施し、育児休業制度に対する認知度や利用意向、制度改善への要望などを把握します。この情報は制度設計の重要な参考となります。
競合他社の状況調査では、同業他社や地域の企業がどのような制度を整備しているかを調査します。求人情報や企業ホームページ、業界団体の資料などから情報を収集し、自社の位置づけを客観的に把握します。
<段階別導入プラン>
・すぐできること(1ヶ月以内)
経営者の方針表明から始めましょう。朝礼や社内会議で「当社も育児休業制度の充実に取り組んでいく」旨を明確に伝えます。この際、制度の詳細
が決まっていなくても、経営者の姿勢を示すことが重要です。
現行制度の従業員への周知も忘れずに行います。意外に多いのが「制度はあるが従業員が知らない」というケースです。現在の制度内容を整理し、
全従業員に配布・説明しましょう。
相談窓口の設置も効果的です。人事担当者や経営者が直接相談を受ける体制を作り、従業員が気軽に相談できる環境を整えます。
・短期で取り組むこと(3ヶ月以内)
就業規則の見直しでは、育児・介護休業法の最新内容を反映させます。2025年4月から施行される改正内容も含めて、将来に向けた制度設計を行い
ます。
業務マニュアルの整備開始では、各部署の主要業務について、手順や注意点を文書化します。最初は完璧を求めず、重要度の高い業務から順次整備
していきます。
助成金申請の準備では、両立支援等助成金の要件を確認し、申請に必要な書類や手続きを準備します。制度導入前に申請要件を満たしておくこと
で、確実に助成金を受給できます。
・中期で完成させること(6ヶ月~1年)
本格的な制度運用開始では、実際に育休取得者が出た際のサポート体制を整えます。定期的な面談や情報提供、復職に向けた準備支援などを体系化
します。
社内風土の改革では、制度利用を歓迎し、サポートする文化を醸成します。取得者の体験談の共有や、周囲のサポート事例の紹介などを通じて、全
社的な理解を深めます。
対外的な情報発信では、求人情報や会社ホームページで制度の充実をアピールします。具体的な取得実績や従業員の声なども併せて発信すること
で、信頼性を高めます。
<外部支援の活用>
中小企業では専門知識やリソースが限られるため、外部支援の積極的な活用が成功の鍵となります。
社会保険労務士等専門家の活用では、制度設計から就業規則作成、助成金申請まで幅広いサポートを受けることができます。初期投資は必要ですが、確実で効率的な制度導入が可能となります。
行政の無料相談制度も充実しています。都道府県労働局や商工会議所では、育児休業制度に関する相談窓口を設置しており、基本的な情報提供や制度設計のアドバイスを無料で受けることができます。
同業他社との情報交換では、業界団体や経営者団体を通じて、同規模の企業での取り組み事例や課題解決のノウハウを共有できます。
6.成功のポイント
制度導入を成功させるための重要なポイントを整理します。
最も重要なのは経営者の本気度です。「制度を作ったが、実際には取得しにくい雰囲気」では意味がありません。経営者自身が制度の意義を理解し、従業員に対して明確なメッセージを発信し続けることが不可欠です。
段階的アプローチでリスク軽減も大切です。最初から完璧な制度を目指すのではなく、小さく始めて徐々に拡充していく方が、組織への負担も少なく、着実な成果を得ることができます。
従業員とのコミュニケーション重視により、制度に対する理解と協力を得ることができます。一方的な制度導入ではなく、従業員の意見や要望を聞きながら、共に作り上げていく姿勢が重要です。
おわりに:未来への投資として
<時代の流れは不可逆的>
労働人口減少社会において、人材確保の競争はますます激化していきます。Z世代・α世代の価値観はすでに定着しており、この流れが逆戻りすることはありません。
社会全体の意識変化も加速しています。政府は2030年までに男性の育休取得率を85%まで引き上げる目標を掲げており、法制度の整備も進んでいます。企業にとって育休制度の充実は、もはや選択肢ではなく必要条件となりつつあります。
<中小企業にとっての機会>
しかし、この変化は中小企業にとって脅威ばかりではありません。むしろ大きな機会ととらえることができます。
大企業に対抗できる差別化要因として、「本当に取得しやすい育休制度」「従業員一人ひとりを大切にする企業文化」「柔軟で温かい職場環境」をアピールできます。
地域密着型企業の強みも活かせます。地域での評判向上により、優秀な地元人材の確保や、Uターン・Iターン人材の獲得にもつながります。
早期取り組みによる先行者利益も無視できません。業界内で先駆けて制度を整備することで、優秀な人材の獲得で優位に立つことができます。
<経営者へのメッセージ>
最後に、中小企業経営者の皆様にお伝えしたいことがあります。
まず、発想を「コスト」から「投資」に転換してください。育休制度は単なる費用負担ではなく、将来の企業成長を支える重要な投資です。
持続可能な経営のための必要条件として、人材の確保と定着は避けて通れない課題です。今この瞬間も、優秀な若手人材は「働きやすい会社」を求めて就職活動や転職活動を行っています。
そして何より、従業員と家族の幸せが企業成長の基盤であることを忘れないでください。家族を大切にできる従業員は、仕事も大切にしてくれます。従業員の人生の重要な局面をサポートすることで、より強固な信頼関係を築くことができるのです。
完璧を求めず、小さなことから始めることが重要です。今すぐできることから手を付け、改善し続ける姿勢こそが成功への道筋です。
未来の会社のための決断を、今日行ってください。3年後、5年後に「あの時、育休制度に取り組んでおいて良かった」と言えるよう、最初の一歩を踏み出しましょう。
時代の変化に後れを取るのではなく、変化を先取りして競争優位を築く。それが、これからの中小企業経営に求められる姿勢ではないでしょうか。
従業員の幸せと企業の成長、この二つを両立させる育児休業制度への取り組みが、皆様の会社の明るい未来を切り開くことを心より願っています。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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- 第33回 経営課題は「現在」「3 年後」「5 年後」のすべてで「人材の強化」が最多
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- 第31回 中小企業の新たな人材活用戦略:フリーランスの活用と法律対応
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- 第28回 心理的安全性の力:優秀な人材を定着させる中小企業の秘訣
- 第27回 賃上げラッシュに中小企業はどのように対応すべきか?
- 第26回 若者の間で「あえて非正規」が拡大。その解決策は?
- 第25回 「年収の壁」支援強化パッケージって何?
- 第24回 4月からの法改正によって労務管理はどう変わる?
- 第23回 4月からの法改正によって募集・採用はどう変わる?
- 第22回 人材の確保・定着に活用できる助成金その7
- 第21回 人材の確保・定着に活用できる助成金その6
- 第20回 人材の確保・定着に活用できる助成金その5
- 第19回 人材の確保・定着に活用できる助成金その4
- 第18回 人材の確保・定着に活用できる助成金その3
- 第17回 人材の確保・定着に活用できる助成金その2
- 第16回 人材の確保・定着に活用できる助成金その1
- 第15回 リモートワークと採用戦略の進化
- 第14回 「社員」の概念再考 - 人材シェアの新時代
- 第13回 企業と労働市場の変化の中で
- 第12回 その他大勢の「抽象企業」から脱却する方法
- 第11回 Z世代から選ばれる会社だけが生き残る
- 第10回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(後編)
- 第9回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(前編)
- 第8回 中小企業のための「集めない採用」~ まだ穴のあいたバケツに水を入れ続けますか?
- 第7回 そもそも「正社員」って何ですか? - 新たな雇用形態を模索する時代へ
- 第6回 成功事例から学ぶ!パーソナル雇用制度を導入した企業の変革と成果
- 第5回 大手企業でも「パーソナル雇用制度」導入の流れ?
- 第4回 中小企業の採用は「働きやすさ」で勝負する時代
- 第3回 プロ野球選手の年俸更改を参考にしたパーソナル雇用制度
- 第2回 パーソナル雇用制度とは? 未来を切り開く働き方の提案
- 第1回 「労働供給制約社会」がやってくる!