中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第84回

フリーランスも守られる時代へ~労働安全衛生法改正のポイント

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

はじめに:多様化する働き方と法改正の必要性

日本の労働市場は大きな変革期を迎えています。終身雇用制度の崩壊、デジタル技術の進化、そしてコロナ禍を経た働き方の多様化により、フリーランスとして活躍する人材は年々増加の一途をたどっています。2024年の調査によれば、国内のフリーランス人口は約450万人に達し、全就業者の約8%を占めるまでになりました。

しかし、多様な働き方が広がる一方で、法制度の整備は後手に回っていました。特に安全衛生や補償の分野では、従来の「雇用関係」を前提とした制度設計が、フリーランスという働き方に対応できていないという課題がありました。

2025年の労働安全衛生法改正は、こうした状況を抜本的に改善するための重要な一歩です。本コラムでは、今回の法改正のポイントとフリーランスにとっての意義を解説します。


1.フリーランスの現状と課題:「補償の空白地帯」の実態

<増加するフリーランスと安全網の不足>

IT革命とデジタル化の進展により、場所や時間に縛られない柔軟な働き方が技術的に可能になりました。また、「ジョブ型雇用」への移行や「兼業・副業」の普及も相まって、フリーランスという働き方を選択する人々が増えています。

しかし、自由な働き方の裏側には、安全網の不足という課題が存在していました。特に業務中の事故や健康被害に対する補償制度は、長らく「雇用関係」を前提としていたため、フリーランスは制度の狭間に置かれてきたのです。


<これまでの労災保険とフリーランスの関係>

労災保険は本来、企業に雇用されている「労働者」を対象に、仕事中や通勤中のケガや病気を補償する制度です。労働者であれば、業務上の事故や疾病について、治療費はもちろん、休業補償や障害補償まで幅広くカバーされています。しかも、保険料は全額事業主負担であり、労働者本人の負担はありません。

一方、フリーランスや個人事業主は法律上「労働者」に該当せず、原則として労災保険の対象外でした。例外的に「特別加入制度」はありましたが、これも建設業の一人親方や特定の業種に限られていました。

例えば、建設現場で働く大工の一人親方は特別加入が可能でしたが、同じ現場で写真撮影をするフリーランスカメラマンは対象外でした。また、タクシードライバーは特別加入できても、同じ道路を走るフードデリバリーの配達員は対象外という不合理な状況がありました。

こうした制度の隙間に落ちる形で、多くのフリーランスは業務中の事故や疾病に対して十分な補償を受けられない「補償の空白地帯」に置かれていたのです。


2.2025年法改正の主なポイント:フリーランス保護の新時代

今回の法改正では、フリーランスの安全・健康を守るための仕組みが大きく強化されました。その主なポイントを詳しく見ていきましょう。

<フリーランスへの労災保険適用範囲の拡大>

【改正前】

特定の業種・職種に限定(建設業、運送業、漁業など)

【改正後】

2024年11月から、業種や職種を問わず、すべてのフリーランスが労災保険の特別加入を選択できるようになります。

これにより、ITエンジニアやデザイナー、ライター、コンサルタント、カメラマン、美容師など、従来対象外だった多くの職種も補償の対象となります。特に、リモートワークが増加する中、自宅作業中の事故や過労による健康被害についても補償される点は重要です。

また、複数の仕事を掛け持ちするマルチワーカーも、一つの手続きですべての業務をカバーできるようになりました。


<発注者の新たな安全配慮義務>

【改正前】

フリーランスの安全については、基本的に本人の自己責任

【改正後】

2026年4月からは、フリーランスが業務中に死亡したり、4日以上の休業を要するケガや病気を負った場合、仕事の発注者に労働基準監督署への報告義務が課されます。

さらに、フリーランスが他の労働者と同じ環境で危険な業務を行う場合、発注者は特別な安全措置を講じる義務も生じます。例えば、建設現場や製造現場での作業、高所作業、有害物質を扱う現場などが該当します。

これは、雇用関係がなくても、業務を発注する側に一定の安全配慮義務が生じることを意味しており、フリーランスの安全を守るための重要な一歩です。


<ストレスチェックや高齢者配慮の新設>

【改正前】

ストレスチェックは従業員50人以上の事業場のみ義務化

高齢労働者への特別な配慮義務なし

【改正後】

従業員50人未満の中小企業にもストレスチェックの実施が義務化され、高齢労働者への配慮義務も新たに加わりました。

近年、労働災害の約4割がメンタルヘルス関連という統計もあり、精神健康への配慮強化は時代の要請でもあります。特に、締切に追われるクリエイティブ職や、顧客対応が多いサービス業のフリーランスにとって、メンタルヘルスケアは重要な課題です。

また、人生100年時代を見据え、65歳以上の高齢労働者に対する特別な安全配慮も義務化されました。体力や視力、聴力の変化に配慮した作業環境の整備が求められます。


3.特別加入制度の詳細と注意点

法改正によって対象範囲は大きく広がりましたが、フリーランスが労災保険の補償を受けるには、自ら「特別加入」の手続きを行う必要があるという点は変わりません。

<特別加入の手続きと条件>

特別加入するには、一般的に以下の手続きが必要です:

(1)労災保険特別加入団体への加入

直接個人で加入することはできず、業種別の特別加入団体を通じて加入します。例えば、フリーランス協会や各種業界団体が運営する特別加入団体があります。

(2)加入申請書類の提出

業務内容や就業場所などを明記した申請書を提出します。

(3)保険料の納付

給付基礎日額(補償額の基準となる日額、5,000円〜25,000円から選択)に応じた保険料を支払います。業種によりますが、年間15,000円〜100,000円程度の負担となります。

なお、加入は任意であり、自動的に補償されるわけではありません。また、加入していても、私的活動中の事故や特定の疾病は補償対象外となる点にも注意が必要です。


<「労働者性」の判断と通常の労災適用>

ここで重要なのは、契約形態が業務委託やフリーランスであっても、実態として「労働者」に該当する場合があるという点です。例えば:

- 発注者の指揮命令下で働いている

- 就業場所や時間が指定されている

- 業務の進め方が細かく指示されている

- 他社との取引が実質的に制限されている

こうした場合、契約形態に関わらず「偽装フリーランス」として、労災保険の通常適用(事業主負担)が認められる可能性があります。この場合は特別加入の必要はありません。

最近では、フードデリバリーや運送業などのギグワーカーを巡って、「労働者性」を認める判例も増えています。自分の働き方が「労働者」に近いと感じる場合は、労働基準監督署や弁護士に相談するとよいでしょう。


4.法改正による現場の変化と実務への影響

今回の改正は、フリーランスと発注企業双方に大きな変化をもたらします。


<フリーランスにとっての意義と影響>

フリーランスにとって、労災保険への特別加入が可能になることは、大きな安心につながります。特に:

(1)高額医療費のリスク軽減

業務中の事故や疾病による治療費が補償されます(健康保険ではなく労災保険が適用されるため、自己負担なしで治療を受けられます)。

(2)休業補償による収入保障

業務上の理由で働けなくなった場合、休業補償(給付基礎日額の80%)が受けられます。フリーランスにとって、「働けない=収入ゼロ」というリスクが軽減されます。

(3)長期障害への備え

後遺障害が残った場合の障害補償も受けられます。

(4)契約交渉力の向上

安全配慮義務が発注者側にも課されることで、不当に危険な作業を断りやすくなります。

一方、保険料の自己負担や手続きの煩雑さという課題もあります。特に収入が不安定なフリーランスにとって、年間数万円の保険料は負担になる場合もあるでしょう。


<発注企業側の対応と実務上の変化>

発注企業側には、以下のような対応が求められます:

(1)事故報告体制の整備

フリーランスの重大な労働災害についても報告義務が生じるため、発注先の労働災害も把握・管理する体制が必要になります。

(2)安全配慮措置の実施

特に危険作業を伴う業務では、フリーランスに対しても正社員と同等の安全教育や保護具の提供が必要になります。

(3)契約書の見直し

安全配慮義務や事故発生時の対応について、契約書に明記することが望ましくなります。

(4)コスト増への対応

安全対策のコストや管理コストの増加が見込まれます。

一部の企業では、これを機に業務委託契約を見直し、雇用契約への切り替えを検討するケースも出てくるかもしれません。


5.今後の展望と残された課題

今回の法改正は、フリーランスの安全と健康を守るための重要な一歩ですが、まだ課題も残されています。


<制度の認知度向上と普及>

新制度の最大の課題は、その存在と内容がフリーランス自身に十分に知られるかという点です。特別加入は任意であるため、制度を知らなければ活用することもできません。行政、業界団体、発注企業それぞれが、制度の周知に努める必要があります。


<保険料負担の問題>

現状では、特別加入の保険料は全額フリーランス本人負担となっています。一方、通常の労働者の場合は全額が事業主負担です。この不均衡を是正するために、発注者が一部を負担する仕組みや、税制面での優遇措置など、さらなる制度改善が期待されます。


<「労働者」概念の再定義>

長期的には、「雇用関係」を前提とした現行の労働法制を根本から見直し、多様な働き方に対応した新たな法体系を構築する必要があるでしょう。欧米ではすでに「第三のカテゴリー」(労働者と自営業の中間)を法的に位置づける動きもあります。


<デジタルプラットフォーム規制との連携>

Uber Eatsやクラウドワークスなどのデジタルプラットフォームを介して働くギグワーカーについては、プラットフォーム事業者の責任も含めた包括的な制度設計が今後の課題です。EUではすでに「プラットフォームワーク指令」が採択され、一定の条件下でプラットフォーム事業者に使用者責任を負わせる動きもあります。


まとめ:新時代のセーフティネットに向けて

働き方が多様化する現代において、雇用関係の有無にかかわらず、すべての働く人の安全と健康を守る制度の整備は社会全体の安心につながります。今回の法改正は、その大きな一歩です。

フリーランスの皆さんは、この機会に労災保険特別加入制度について理解を深め、自身の働き方に合わせて加入を検討してみてください。また、発注企業の皆さんも、フリーランスを「外部の人」ではなく、ともに価値を創造するパートナーとして、その安全と健康に配慮した発注のあり方を考えていただければと思います。

多様な働き方を認め合い、すべての働く人が安心して能力を発揮できる社会の実現に向けて、今回の法改正が大きな転換点となることを期待しています。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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