第72回
あいまいさに耐えられない危険性
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

あるミーティングで創造性とあいまいさについて深く考えさせられたので、今回はこのことを考えてみます。
部門横断会議の創造をもっと豊かにする試み
そのミーティングを直接に題材にすると関係者にご迷惑をかけると共に、読者の皆さんにも理解し難いと思われるので、ある会社で同様の会議が設けられた場合を設例とします。
会社では様々な部門が各々の課題に対処しています。中には各部門で共通の課題があり、ある部門が困っていることも、別の部門は解決済という状況も考えられます。このため企画部門が、各部門代表者が集う「横断会議」を開催しました。既にあるソリューションを共有すると共に、ソリューションがなくとも同様・類似課題について力を合わせて調査・分析したり、違った角度での意見を出すことで、良い知恵が浮かぶことを期待したのです。当初は司会を企画部が担当しました。
横断会議はある意味で思ったより順調に進展しました。最初は「そんなお仕着せの会議に参加しても仕方ない」との批判が噴出、会議が成立しなくなると危惧ましたが、(幾つかの部門は欠席するようになりましたが)概ねは継続して参加しました。
但し順風満帆ではありません。詳しく話を聞くと「参加者には『企画部門が会議を招集した以上、各部門が円滑に業務を進め業績を伸ばせる提案をするのが企画部門の務め』という意識がある。毎回魅力的な提案をしないと、横断会議は持続できなくなる」との意見がありました。
これを聞いた企画部門は頭を抱えます。横断会議は、現場の各部門が円滑・綿密にコミュニケーションすることで知恵を出し合い、当事者がソリューションを創造するために開催するものです。企画部門として提案することにやぶさかではありませんが、目的ではありません。
このため企画部門は会議体に1つの提案を示しました。これまでは企画部門が現場が困っているだろう課題を想定して事前調査等を依頼、会議では企画部門が司会して各部門の発表や意見交換をリードしていましたが、各部門から「世話人」を募ることとしたのです。
世話人は事前準備など一定の労力が必要ですが、一番のメリットが受けられる立場です。会議の実権を世話人会に移譲することで、各部門による自主運営を目指したのです。
あいまいさを嫌う風潮が創造性を潰してしまった?
その提案が出されたミーティングは、しかし「失敗」してしまいました。世話人に立候補する人がおらず、世話人会が組織されなかっただけではありません。一部の出席者から「提案があいまいだ。話を聞いても何が求められているのか全く分からない」と厳しく批判されたのです。別の出席者からは「世話人会のミッションや理念が定められていない。これを提示されなければ検討のしようがない」との発言もありました。
この意見への企画部門の見解を聞くと「世話人会の目的は横断会議を、企画部門が現場部門のお困りごとにソリューションを提供する場ではなく、当事者が情報共有して知恵を出し合いソリューションを創造する場にすることにある。このためミッションや理念、あるいは何をすべきかを企画部門が提示することはない。自分たちで決める機運を高めるために世話人会を提案したのだ」との答えでした。
あいまいさへの強い批判については「説明への反省はあるが、具体的な提案を出すべきだったとは思わない。あいまいさを安易に嫌うと世話人会ひいては横断会議の創造性が失われる」との返事でした。
そう言われると、筆者にも思い当たることがあります。経営者の中には「あいまいさ」への耐性が不足している方がいると感じているのです。「あいまいさと共存し続けるように」との趣旨ではありません。効果的なソリューションが見つかるまであいまいさを安易に排除しないという意味です。十分な成果を期待できないソリューション(例:成果が得られなかった従来の取組みを続ける)を決定、「これで具体化した、すっきりした」とあいまいさから逃避することは、実は創造性の放棄でもあります。
本例で言えば「提案はあいまいだな。一方で自分は横断会議の議題を参加者が提案、参加者が満足するまで何度も議論できるようにすると、もっと創造性ある会議になると考えている。世話人になれば、それが実現するのだろうか」という気持ちを引き出せるなら、あいまいさが創造性の原動力になったと言えるでしょう。
あいまいさは創造性を引き出す原動力になり得ると考えられます。安易に、浅い思慮であいまいさを排除するのではなく、必要であるならば共存して「このあいまいさを排除したい。そのために良い案を考え付きたい」と強く願うことが、創造性に繋がると考えられます。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
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なお、冒頭の写真は ChatGPT により作成したものです。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
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