第81回
価格理論破壊時代に油断する危険
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

前回、今、通用しなくなりつつあり、今後はその傾向がもっと強まる経済原則として価格理論を考えました。今回はその続編として、以前の価格理論に従って行動する「油断」がどんな結果に繋がるかについて考えます。
2番手、3番手の方が居心地が良かった過去
伝統的な価格理論ではモノの価格は「適正に算出された原価に適正な利益を乗せた金額」として決定されます。生産・流通・販売など各段階で多数当事者が関与した製品も、各段階の適正原価と適正利益の積み上げで価格が決まりました。
需給バランスによる価格の上下はありますが、適切な調整により上の価格に収束していたのです。
モノの価格はなぜ上記の金額(常識価格)に収束するのか?その理由は、モノにしてもお金にしても「需要者が『これで十分(これ以上は必要ない)』と考える数量が存在しなかった」ことが挙げられます。
十分とは言えないお金を持つ需要者と、十分とは言えない『モノ』を持つ供給者とが市場で対峙して売買を試みると、お互いが「その価格なら納得できる」と言える価格に落ち着きます。それが「労働時間をベースに算出された原価に適正な利益を乗せた金額」だったのです。
この状況下、期待される機能や性能、耐久性などを持たない商品は、どうなるか?欲しいけれど不可欠というほどではない機能が搭載されてない、性能が今一つ不十分、高級品ほどは長持ちしない、デザインはあか抜けないという商品でも、モノが不足している時代では受け入れられていました。
高度成長期のように市場が拡大している局面では、これら2番手、3番手の存在が市場を豊かにしていたとさえ、言えます。
例えば、ある菓子がとても美味しいけれど輸入品なのでとても高価だ、数量も十分にはないという状況では、そこまでは美味しくはないが手が届く価格の普及品にも需要がありました。時にはそちらの方が人気があったほどです。
市場にいる普通の需要者にとって2番手、3番手商品は劣化代替品ではなく、自分にもメリットを与えてくれる、生活を豊かにしてくれる普及品でした。
それは逆に言えば、1番を目指さない2番手、3番手にも居場所があった、時には1番手よりも安楽で、欲さえ出さなければ居心地の良い場所があったと言えます。
1番手以外には居場所がない現代
しかし今や「もの余り」の時代です。加えてお金融市場の拡大・普及によりお金(キャッシュ&お金の代替となる金融商品)も潤沢にあります。
加えて、前回にご説明した価格設定方法「性能や機能、耐久性、デザインやストーリー、あるいは所有欲・顕示欲をくすぐる要素まで、皆が欲しいと思う要素はできるだけ取り込もう」を実践、常識価格をはるかに超える金額で買ってもらえる製品を生み出した人も、潤沢なお金を持っています。
すると、どうなるか。市場には「皆が欲しいと思う要素、すなわち性能や機能、耐久性、デザイン、果てはストーリーから所有欲・顕示欲をくすぐる要素まで、できうる限り取り込んだ製品」が溢れます。なければ海外からでも、それらを実現した製品が売り込まれます。
あるいは、そちらの条件を満たさない商品が、今までなかった低価格で提供されます。これら低価格供給者は「高価格は無理だから、低価格に安住しよう」などと生半可な意識で低価格を訴求している訳ではありません。
「我が社製品に皆が欲しいと思う要素をできるだけ盛り込もう」と考える供給者が注ぎ込む熱い情熱と同レベルの情熱でもって低価格を実現しています。今や当たり前になった100円均一ショップあるいはそのサプライチェーンを見れば、エネルギーの強さが分かるでしょう。
このような時代に、前時代の意識を引きずった者は、どうなるでしょうか?「我が社は1番手にはなれないが、2番手、3番手にはなれる。意外とこちらの方が居心地の良い場所だ」と考える者です。
残念ながら今や、そのような者の居場所は消え去りつつあります。居心地の良い場所がなくなるのではありません。居場所そのものがなくなるのです。
「そんなに厳しい競争なのか?」以前に「1位でなければダメなのですか?2位、3位ではダメなのですか」と言った国会議員がいました。
上位10人が予選通過するマラソンで先頭集団に20人がいる場合、「私は2位で良い」と思った選手が取れるポジションは2位ではなく20位で、即失格です。
今、この説の正しさが証明されつつあると感じています。
同様に伝統的価格理論の枠組みで「1位を狙うレッドオーシャンは御免だ。私は2位、3位のブルーオーシャンが良い」と考える企業には居場所がないという時代が、今まさに到来しようとしています。
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なお、冒頭の写真は ChatGPT により作成したものです。
プロフィール

落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】

『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
- 第81回 価格理論破壊時代に油断する危険
- 第80回 通用しなくなりつつある経済原則:価格
- 第79回 未掴入口の捉え方
- 第78回 壁とするか、未掴への入り口とするか
- 第77回 生成AIを活用しながら人間力を発揮する
- 第76回 生成AIがもたらす革命的変化に対応する
- 第75回 100億宣言を実のあるものにする
- 第74回 100億宣言企業が募集されています
- 第73回 あいまいさを創造性に繋げる方法
- 第72回 あいまいさに耐えられない危険性
- 第71回 イノベーションの量産でジレンマ回避
- 第70回 イノベーションのジレンマは不可避か
- 第69回 激動の時代に「どのように」始めるか
- 第68回 激動時代に起業家の発想を取り入れる
- 第67回 トランプ関税を乗り越える産業・政策
- 第66回 トランプ関税を考えて今後を見通す
- 第65回 企業が描きたい大戦略
- 第64回 大戦略を描いていくことの大切さ
- 第63回 技術か経営かではなく、技術も経営も
- 第62回 ニッサン・ホンダの破談をどう捉えるか
- 第61回 社会システム変化の軸となる主体性
- 第60回 社会システム視座の必要性
- 第59回 再構築が望まれるエコシステムの姿
- 第58回 突きつけられる課題と、その対応方法
- 第57回 「好ましいインフレ」を目指す取組
- 第56回 「好ましいインフレ」を目指す
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
- 第54回 地域の未掴はどのようにして探すのか
- 第53回 日本の未来を拓く構想と新しい機関
- 第52回 新政権に期待すること
- 第51回 日本ならではの外貨獲得力案
- 第50回 未掴を掴む原動力を歴史的に探る
- 第49回 明治時代の未掴、今の未掴
- 第48回 オリンピック会場から想起した日本の出発点
- 第47回 都知事選ポスターから考える日本の方向性
- 第46回 都知事選ポスター問題で見えたこと
- 第45回 閉塞感を打ち破る原動力となる「気概」
- 第44回 競争力低下を憂いて発展戦略を探る
- 第43回 中小企業の生産性を向上させる方法
- 第42回 中小企業の生産性問題を考える
- 第41回 資本主義が新しくなるのか別の主義が出現するのか
- 第40回 「新しい資本主義」をどのように捉えるか
- 第39回 日本GDPを改善する2つのアプローチ
- 第38回 イノベーションで何を目指すのか?
- 第37回 日本で「失われた〇年」が続く理由
- 第36回 イノベーションは思考法で実現する?!
- 第35回 高付加価値化へのイノベーション
- 第34回 2024年スタートに高付加価値化を誓う
- 第33回 生成AIで新価値を創造できる人になる
- 第32回 生成AIで価値を付け加える
- 第31回 価値を付け足していく方法
- 第30回 新しい資本主義の付加価値付けとは?
- 第29回 新しい資本主義でのマーケティング
- 第28回 新しい資本主義での付加価値生産
- 第27回 新しい資本主義で目指すべき方向性
- 第26回 新しい資本主義に乗じ、対処する
- 第25回 「新しい資本主義」を考える
- 第24回 ChatGPTから5.0社会の「肝」を探る
- 第23回 ChatGPTから垣間見る5.0社会
- 第22回 中小企業がイノベーションのタネを生める「時」
- 第21回 中小企業がイノベーションのタネを生む
- 第20回 イノベーションにおける中小企業の新たな役割
- 第19回 中小企業もイノベーションの主体になれる
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- 第17回 イノベーションが実現する産業構造
- 第16回 ビジネスモデルを戦略的に発展させる
- 第15回 熟したイノベーションを高度利用する
- 第14回 イノベーションを総合力で実現する
- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
- 第12回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(2)
- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
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- 第8回 Society5.0・中小企業5.0実践企業
- 第7回 なぜ、中小企業も5.0なのか?
- 第6回 中小企業5.0
- 第5回 第5世代を担う「ティール組織」
- 第4回 「望めば叶う」の破壊力
- 第3回 5次元社会が未掴であること
- 第2回 目の前にある5次元社会
- 第1回 Future は来るものではない、掴むものだ。取り逃がすな!