第66回
トランプ関税を考えて今後を見通す
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

4月冒頭からトランプ大統領による関税政策が世界中を揺るがしています。最も早く交渉のテーブルに着いた日本の動向を、他国も興味深く、固唾を飲みながら見守っているでしょう。
今回は、トランプ関税の意図を考えることで、今後方向性の参考にしたいと思います。
「考え直してくれ」が通用しない可能性
アメリカ関税に係る2度目の閣僚級交渉に向けて石破首相は「関税措置の撤廃を求めていく」とコメントしました。「世界に向けてそれぞれの役割をハーモナイズさせていく重要性」を説得する方向性です(4月30日日本経済新聞)。
高い関税は他国の経済・産業に甚大な影響を与える攻撃的な措置で国際的な貿易環境を乱す、だから不当だとの論理でしょう。実際「アメリカの関税措置は我が国への挑戦だ、断固として戦う」という姿勢を示した国もあります。
一方でアメリカは5月1日の交渉で自動車や鉄鋼・アルミニウムなどについては交渉外、つまり引き下げる意向がないと示したと報道されています。
なぜアメリカは、日本あるいは世界中の国々にとって疑いもなく正当な主張を退けるのか?それは、議論がすれ違っているからだと感じます。
世界の国々は(自国の国益を守るため)アメリカに「国際的役割」を果たすよう主張していますが、トランプ大統領の目は国内に向けられています。
「国内の経済・産業ひいては国民の(特に自分の支持者の)生活の維持・向上に必要なことを最優先する、そのためには外部への影響や『主義』の堅持は二の次だ」と考えており、批判は織り込み済みなのです。
その姿勢はウクライナ・ロシア戦争への姿勢にも表れていると感じます。
他の自由主義国は「ロシアと対立した場合に、自由主義が引くことは一歩なりとも考えられない」との姿勢ですが、トランプ大統領は「アメリカの負担が高まらないよう緊張緩和を目指しており、そのためならロシアへの譲歩もやむを得ない。ウクライナも戦争の被害を止めたいなら譲歩すべきだ」と考えているようです。それほどの覚悟で国内大事を貫いているのです。
トランプ大統領の「国内経済・産業、国民生活の維持・向上が最優先」姿勢は以上のように揺るぎなく、他国への影響や国際的な責任あるいは「主義」の堅持への訴えに耳を貸すとは考えられません。
労働集約型産業は大国の維持に不可欠?
関税問題の対策を考える前に、今回はトランプ大統領がこのような考えを持つに至った理由について考えたいと思います。
トランプ大統領は関税措置により国内の何を守ろうとしているのか?自動車や金属、電気・電機など製造業全般、そして建設業や農業だと考えられます。
ここでふと感じるのは、アメリカは20世紀後半に「これら労働集約型産業については国際分業のトレンドのもと、アメリカは積極的に国内温存を目指さない。比較生産費説的に他国が有利なら、海外流出を許す方が国益に適う」という姿勢だったのではないか、ということです。
実際アメリカはそれ以降、IT産業や金融業など知識集約型産業に力を入れてきました。トランプ大統領の関税政策は、この姿勢を撤回したものと考えられます。
トランプ大統領は、なぜ方針転換したのか?「自らの票が大切だから。私的欲望によるものだ。」それを結論とするのは、浅はかな思考停止と感じます。
「アメリカほどの人口を抱える国は、半世紀程度のタームでは、知識集約型産業で国を支える体制は構築できなかった。個々の人々にまで富が行き渡るためには労働集約型産業も必要で、国全体の幸福感を高めるためにはこれら産業が勢いを盛り返す必要がある」と考えたからではないでしょうか。
知識集約型中心の産業社会で先鋭化した収入格差への強い問題意識も、これが源泉だと考えられます。
日本も1億以上の人口を抱える国なので、労働集約型産業を上手に温存し盛り返すことができないと、将来に禍根を残す可能性があります。
自動車や金属、電気・電機など製造業全般、建設そして農業を盛り立てていく必要があるのです。日本の産業構造からすると、業種別に加えて、中小企業にも目を向ける必要があるでしょう。
年金制度について「今の老人を今の働き手が支える」確定給付体制が破綻に向かう中、アメリカは既に1980年代に「自分の年金は自分で貯める」確定拠出型(401k)に移行しています。日本が当時、それを真似していたら、今のような不安は生じなかったでしょう。
今またアメリカは「知識集約型産業だけでは国の人口を支え切れないかもしれない」という問題について壮大なる社会実験を行っているように感じます。
この状況下、日本は国益を踏まえた主張を行う一方で、同様の問題意識を持ち、検討を始める必要があると感じます。
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なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
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