第70回
イノベーションのジレンマは不可避か
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

私たちの生活を巡るあらゆる場面でイノベーションは非常に大きな意味を持ちます。イノベーションがなければ人類の進歩はなかったと言えるでしょう。
一方で「イノベーションのジレンマ」という言葉があり、一世を風靡したイノベーションの担い手が次の時代には舞台を後にせざるを得ないという現象が生じています。今回は、このことについて考えてみます。
イノベーションのジレンマとは何か
イノベーションのジレンマとは何か?クレイトン・クリステンセンが提唱したこの言葉は、あるイノベーションを生み出した主役が既存の成功に固執するあまり次の革新的(あるいは破壊的)イノベーションへの対応が遅れてしまい、結果として市場から脱落してしまう現象のことを意味します。
こういうと「なんだ、経営判断の誤りだから、次回はそのような誤りをしないよう気を付けていれば良い。それで問題は解決だ」との発想に繋がりそうですが、問題はもっと根深いものがあります。
イノベーションの主役は、イノベーションがヒットすると、最大限の収益化に努力します。特にITが発達する前はイノベーションに多大な投資(高機能人材や大規模設備等)が必要だったので、それを回収するため製品やサービスの収益性を高める極限の努力が尽くされます。「このような工夫があればもっと買う」との顧客ニーズを掬い応えるのです。
このプロセスは「要望に応えても、実は購買には繋がらない」ほどコモディティ化するまで続きます。企業の中には、この境地に達しても「何とかできるかも?!」と努力を継続する者があるほどです。
ここでもし革新的あるいは破壊的イノベーションが生まれると、どうなるか?これらは初期(萌芽)段階では性能が低かったり価格が高すぎたりするので、既存イノベーションの脅威とは認められません。
その育成・発展に努めて次のイノベーションでも主役となる可能性があっても(実は次のイノベーションの生みの親より能力等で優位性があるにも関わらず)、そこに乗り込むことが合理的な経営判断には映らないのです。
こうして次イノベーションが革新的・破壊的イノベーションと認められる段階になった時、既存のイノベーターがジレンマの結果、舞台から去らざるを得なくなるのです。
数多くのイノベーターが舞台を去った、次は誰か?
イノベーションのジレンマは特別な現象ではありません。風景等を絵ではなく写真として現実に忠実に記録できるフィルムはまさにイノベーションで、20世紀後半は各社が色合いや感度などのバリエーションを広げる爛熟期と言えましたが、デジタル技術の発展により今やそのポジションは極小です。イノベーターであり爛熟期には世界を席巻した企業は、今や存在しません。
同様に携帯電話やコンピューター周辺装置ハードディスク(大型)のパイオニアも、後に求められる製品が前者はスマホに、後者はハードディスク(小型)に置き換わったことで退出あるいはM&Aされるなどしています。
こちらのカテゴリは、技術力や販路などにおいて新たなイノベーターより以前のイノベーターに優位性があったと考えられますが、以前のイノベーターが次の世代も地歩を維持することはできませんでした。イノベーションのジレンマの罠はそれほど巧妙で強かったのです。
その中で、フィルムから舵を切って新分野に次々と進出した日本の富士フィルムは、イノベーションのジレンマから上手に逃れた例として広く知られています。当社あるいは他企業がどのようにイノベーションのジレンマから脱したのかは次回に検討します。
そして今、新たなイノベーションのジレンマとなってしまうのか、世界が固唾を飲んで見守っている業界が自動車業界です。エンジン、シャーシ、ハンドル系などに外内装を組み合わせて造られる自動車は「擦り合わせ」によって製造される典型的製品です。
歴史的には、最初は小零細メーカーが一品物として「擦り合わせ」でもって製造していたが、欧米で標準化が実現して大量生産されるようになった。その後、よりきめ細やかな擦り合わせも組み合わせて「世界に誇る性能・品質を備えた日本車」が実現、揺るぎない地位を確立しました。
一方で(内燃機関を持たない純粋な)電気自動車は、機械よりも精密に製造されるモーターをはじめとした電気器具を組み立てて製造されるので、それほどの擦り合わせは必要としないと言われています。このため性能や品質の源が、日本が得意とする擦り合わせではなくなり、IT・AIを使った計算やシミュレーション等に移行する可能性があります。
この変化に日本企業がしっかりと対応できるかに、世界の注目が集まっているのです。
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
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なお、冒頭の写真は Copilot デザイナー により作成したものです。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
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