第78回
壁とするか、未掴への入り口とするか
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

新型コロナウイルス感染症が収束し始めた2023年頃から「K字回復」という言葉を耳にするようになりました。2025年はK字回復を痛切に感じた年だと感じています。今回は、K字の下方に進んでしまっている企業が今後をどのように切り拓いていけるか、考えてみます。
K字回復環境下での閉塞感
最近、日本の景気が非常に分かりにくくなったと感じています。10月27日(月)に日経株価が初めて5万円を超えたなど「景気の良い」話を聞きます。
但し経済調査などを見ると、それほど強力な活況ではないようです。日本銀行による2025年10月の地域経済報告(さくらレポート)では、景気は全ての地域で、「緩やかに回復」、「持ち直し」、「緩やかに持ち直し」とされてますが、一部には弱めの動きもみられるとされています。
個別企業を見ると、確かに大企業から中小企業まで、近年にない売上・利益をあげた企業が見られます。中小規模ながら好調な企業の社長に聞くと「特段に特別な営業策を執っている訳ではない。現場から景気の良い話が聞こえて来る訳でもない。ただ悪い話も聞こえてこない。これが今の好調の原因と思われる」と言っていました。
一方で、不調から脱しきれない企業もあります。こちらの社長から話を聞いても、トーンはあまり変わりません。「営業には力を入れているが、相変わらず成果は出ない。現場も、相変わらずと話している。ジリ貧が続いている」とのお話しです。
「K字の上昇企業は頑張りを強化している一方で、ジリ貧の企業は何時まで経っても頑張りが足りない」という構図ではないようです。
両者が同様に従前と変わらぬ努力を払っていながら、なぜ上昇あるいは停滞という差が出るのか?
筆頭に挙げられるのは、事業環境など構造的な側面です。半導体やIT・AI関連、インバウンド関連(ホテル・観光・高級飲食)、グローバル展開型大企業などは上向きである一方で、石油製品や繊維、鉄鋼などの素材業種では景況感はプラス圏内ながらも悪化していると報道されています。
中小企業は、東京・大阪・名古屋などの都市圏では人流回復・不動産投資・観光需要で活況を呈していますが、地方では零細・個人商店など内需依存型企業はもちろん、インバウンド関連であっても人手不足や原材料高のため需要拡大のメリットを享受できていないようです。
事業環境変化による新しい展開可能性
では、ジリ貧状態の企業は、その業種・事業あるいは地域にある限り上向きになれる可能性はないのか?確かに事業環境は厳しいのですが、方策が全くないとは言い切れないと感じています。
「そうかな?できることは全てやり尽くしているが。」その通りだと思いますが、事業環境の変化が、状況を変えています。以前に執って「ダメだった」と感じた策が、今は有効かもしれません。
では事業環境はどのように変化しているのか?ざっと挙げてみましょう。第1は、価格転嫁が許容される時代になったことです。先ほど「特別な営業策を執っている訳ではないが、売上・利益は最高」という企業は、適正価格がその牽引力となっていました。
第2に、成長意欲が歓迎されるようになりました。賃上げが求められると共に「金利がある時代」に突入すると、「現状をキープできていれば御の字」という意識では事業継続は困難でしょう。企業のパートナーである金融機関もそれを見越してか「現状を打破したい。そのためにどんな投資が必要か、幅広に検討したい」という企業の相談に乗るケースが増えていると感じています。
第3は、急速を通り越した「不連続性」です。つい先頃までトップを謳歌していた企業が今や苦境にあえぐようになる一方で、新興企業が業界の上位に躍り出るという現象が生じています。この傾向は技術進歩の早いIT関連ではしばらく前からみられていましたが、生成AIが生まれてからは、その普及と活用が目覚ましいだけでなく、それを活用する企業の活躍も幅広い業種・規模で「不連続」という言葉がぴったりなほど急速に変化しています。
第4は「予測不能」です。今挙げた技術進歩の他、感染症や戦争、気候変動など想定外事態が連続しています。
これら変化は何を意味しているのか?企業が直面する「閉塞感」に、風穴を開けられる可能性を示していると思われます。
上を繋ぎ合わせると「予測不能な事態が起きた時、IT・AIを活用した今までは考えられない対応策で乗り切ると、今までにない優位性が発揮されるようになった。これに乗じて積極策を打ち出すと支援が得られ、実現した商品に付けた高めの値段も市場・顧客から受け入れられた」とのストーリーが描けます。
二進も三進もいかない壁の中に未掴を見つけ出す可能性が秘められていることを、今のトレンドから覗うことができるのです。
本コラムの印刷版を用意しています
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なお、冒頭の写真は ChatGPT により作成したものです。
プロフィール

落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】

『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
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- 第31回 価値を付け足していく方法
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- 第13回 日本のイノベーションが低調な一因
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- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
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