第43回
中小企業の生産性を向上させる方法
StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ 落藤 伸夫

「日本の中小企業は生産性が低い。企業は規模が大きくなればなるほど生産性が高くなるという傾向値があるので、無理矢理にでも統合させるなどした方が企業のためにも日本のためにもなる」という意見がある一方で、日本製鉄名誉会長で前日本商工会議所会頭でもある三村明夫さんは「中小はサボっているのではない。大企業に負けない勢いで改善やイノベーションに取り組んでいるが、その果実が手元に残らず、取引先に吸い上げられているだけなのだ」と述べました。この状況で、これからどんな取組ができるか、考えていきます。
大企業との関係の中で生産性を向上させる
三村前会頭は「私の履歴書」第26回記事『続投要請 「中小はサボっていない」取り組みに評価、望外の喜び』で前述コメントに続き「大企業と中小企業の関係のゆがみを直視し、公正な取引環境を実現することだ。…大企業側の意識改革も重要になる。この目的で『パートナーシップ構築宣言』運動を展開した」と述べています。
日本のサプライチェーンでは最終製品を生産する大企業をトップに、それを支える中堅企業(大企業であることもある)、それを支える中規模企業、それを支える小規模企業、そしてそれを支える零細企業と多重にわたる下請構造が形成されていることが少なくありません。各段階の企業が(上から優先で)利益を取ると最下層にある中小企業(その多くは基本的な部材や部品を製造している)で十分な利益が取れない場合があり得ます。
中小企業と大企業のコミュニケーションを円滑化してこのような状況が生じていないかをチェック、必要があれば中小企業の取り分を増やすことが、中小企業の生産性を向上させる一つのカギになると考えられます。中小企業の生産性問題を分配面から改善するアプローチがあるのです。
一方で中小企業の生産性改善のため、生産や販売そのものを拡大するアプローチもあると考えられます。今まで知名度の低さや関連業務の手間等から自社製品の販売が困難だった中小企業も、大手企業であるAmazonが提供する通販サイトを利用することで全国津々浦々にある潜在需要にアプローチできるようになり、更には提供される配送システムや流通網を活用することで製品を届けることができるようになります。今までにない生産性の向上策が執れる時代になったと言えます。
中小企業が「基幹産業」になる
一方で中小企業の生産性向上を図る方法には、大企業との連携以外にもあると思われます。大企業から零細企業まで数多くの企業が連なるサプライチェーンは日本の産業構造の典型例ですが、下請事業者は5%程度です。その他の中小企業は下請事業者ではないのです。
<中小企業白書>
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/chusho/b2_3_2.html
では「普通」の中小企業はどのような状況にあるのか?もちろん一般論では言えませんが、特に地方では人口減少や少子高齢化などの影響を受けて需要等が縮小、「昨年できたことを今年も継続できるようにするのがやっと」という状況にある企業が少なくないと感じられます。実際、中小企業が低い生産性に甘んじざるを得ない理由の一つに、この状況も挙げられるでしょう。
話を蒸し返す形になりますが、このような構図により低い生産性に甘んじなければならない企業が、政策的なM&A等により規模を拡大するとどうなるか?生産性は向上するどころか、自らの持続のため必要となる需要が拡大して、存続が難しくなると考えられます。より大きな需要のある地域への移転が必要になるかもしれません。それでは地域の空洞化に拍車をかけてしまいます。
ではどうするか?今の規模のままで地域の企業(主に中小企業)が連携して「基幹産業」になる方法があると考えられます。一昔前は「誘致した大企業に基幹産業を形成してもらう」との考え方がありました。大工場などの誘致で従業員が集まり、ショッピングセンターもでき、不動産も値上がりし、地域に再投資できる税金が入ると経済のけん引力になったのです。今でも事例はありますが、大企業を誘致できない地域の方が圧倒的多数です。
皆さんは、日本海に浮かぶ島根県海士町(あまちょう)が近年、多数のUターン、Iターン者を呼び込んで長らく続いた人口減少をストップさせたという話を聞かれたことがあるでしょう。その原動力の一つとして「町を丸ごとブランド化」が挙げられます。白いかや岩かき「隠岐牛」などが全国に知られ、売られるようになりました。この取組・成果は、外部からの大企業によって成し得たものではありません。島にある200にも満たない中小企業が行政を中心に力を合わせ、身の丈に合った「基幹産業」を形成したことで、実現に漕ぎつけたのです。
<九州大学附属図書館資料>
https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/c.php?g=774917&p=5558743
本コラムの印刷版を用意しています
本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、未来を掴んでみてください。
冒頭の写真は海士町役場さんHPから頂いたものです。海士町役場さん、どうもありがとうございました。
プロフィール
落藤伸夫(おちふじ のぶお)
中小企業診断士事務所StrateCutions代表
合同会社StrateCutionsHRD代表
事業性評価支援士協会代表
中小企業診断士、MBA
日本政策金融公庫(中小企業金融公庫~中小企業信用保険公庫)に約30年勤務、金融機関として中小企業を支えた。総合研究所では先進的取組から地道な取組まで様ざまな中小企業を研究した。一方で日本経済を中小企業・大企業そして金融機関、行政などによる相互作用の産物であり、それが環境として中小企業・大企業、金融機関、行政などに影響を与えるエコシステムとして捉え、失われた10年・20年・30年の突破口とする研究を続けてきた。
独立後は中小企業を支える専門家としての一面の他、日本企業をモデルにアメリカで開発されたMCS(マネジメント・コントロール・システム論)をもとにしたマネジメント研修を、大企業も含めた企業向けに実施している。またイノベーションを量産する手法として「イノベーション創造式®」及び「イノベーション創造マップ®」をベースとした研修も実施中。
現在は、中小企業によるイノベーション創造と地域金融機関のコラボレーション形成について研究・支援態勢の形成を目指している。
【落藤伸夫 著書】
『日常営業や事業性評価でやりがいを感じる!企業支援のバイブル』
さまざまな融資制度や金融商品等や金融ルール、コンプライアンス、営業方法など多岐にわたって学びを続けながらノルマを達成するよう求められる地域金融機関渉外担当者が、仕事に意義を感じながら楽しく、自信とプライドを持って仕事ができることを目指した本。渉外担当者の成長を「日常営業」、「元気な企業への対応」、「不調な企業への対応(事業性評価)」、「伴走支援・経営支援」の5段階に分ける「渉外成熟度モデル」を縦軸に、各々の段階を前向きに捉え、成果を出せる考え方やノウハウを説明する。
Webサイト:StrateCutions
- 第63回 技術か経営かではなく、技術も経営も
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- 第59回 再構築が望まれるエコシステムの姿
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- 第56回 「好ましいインフレ」を目指す
- 第55回 地域の未掴をエコシステムとして描く
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- 第11回 ミスコンから学んだ将来の掴み方(1)
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