第9回
菜の花が揺れる春の玄界灘は“雑魚の宝庫”だった ~大皿にいっぱいの釣果を食べ尽くす~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

菜の花の絨毯を眺めながら高串の港へ
車窓の全面を黄色で覆うように広がる菜の花。糸島を抜けて福岡県と佐賀県との県境あたり、菜の花の絨毯(じゅうたん)を眺めながら車で向かったのは、唐津市の肥前町にある高串港である。遥か沖合に長崎県の島々を望むこの漁港は、伊万里湾の出口にあたり玄界灘の豊かな潮流に恵まれて様々な魚が釣れる。東京から博多を訪ねてくれた釣り好きの友人も、隣の席でリールを取り出しながら、もうやる気満々である。
仕事で博多に在住したのはちょうど5年間だったが、振り返ってどこよりも記憶に残るのが鎮西町の波戸岬から肥前町の高串港に至る海沿いの道の美しさである。福岡市内から、車で2時間ほど。玄海国定公園で日本渚百選にも選ばれているこのあたりの景観は四季折々どんな季節でも素晴らしく、正直、何度足を運んだかわからない。まさに景観を愛でながらの釣りである。

到着した港の北の端で新緑の長崎の島々を眺めていると、友人の方は早速、防波堤(波止)で浮き釣りを始めている。まだ午前の早い時間。透き通った水の中には、手のひらほどのメジナや子アジ、イワシなどが群れを成している。友人は「まるで釣り堀のようだ」と嬉しそうに言う。
こちらは春の風に浸りながら、のんびりと防波堤(波止)のへちに3本バリの胴付きの仕掛けを落とし込む。水中を落ちていく餌のゴカイには、さっそく小さなベラやカワハギが取り付いている。もうすっかり釣った気分で、二人で「今晩の酒の肴をどのくらい釣ろうか」と話も弾む。
次々に釣れるメジナやベラ
するとほどなく友人の竿がしなる。小気味よく竿先を震わせながら上がってきたのが、まさに手のひらより少し大きめなメジナ。地元ではクロと言うが、煮ても焼いても美味しい魚である。
「刺身は無理かな」と話しながら、クーラーボックスに入れる。そんな雑談を交わしていると、置き竿にしていたこちらの竿先も大きく波打っている。慌てて、竿を手に合わせると強い引き。25センチほど、結構なサイズのカサゴ、地元でいうアラカブが食いついて大満足である。
それからは、ほぼ入れ食いの状態。同じようなサイズのメジナや鯛と見まがうような真っ赤なキツネベラ、縞模様が鮮やかなササノハベラと雑魚のオンパレードである。リリースを繰り返しながら、さすがに飽きてきたので場所替え。豊臣秀吉が朝鮮出兵の出城として築いた名護屋城の史跡を通って波戸港へ向かう。この連載でも一度登場した場所だが、今度は二人での釣り。もう酒の肴は確保してはいるが、宿泊を予約している民宿に行くにはまだ早い。
サンバソウが入れ食い状態に
港に着いて波止に腰を下ろし足元をのぞいても、数センチのメバルの仔が群れているだけ。ところが少し撒き餌をしてみると、あっという間に縦じま模様も鮮やかなサンバソウの群れが集まってきた。石鯛の幼魚であるこのサンバソウ、刺身や唐揚げと食味はいい。
「きたきた」。さっそく浮き釣りでアミエサを投げ込むと、まだ浮きが海面で落ち着く間もなくアタリが。アミエサと格闘するサンバソウの様子が手に取るように見える。もう二人で餌を投げ込むたびに釣れるという状況。「こうなると釣りと言うよりも狩りだな」と友人が笑う。
関東地方ではシマダイとも呼ばれるこの魚、江の島近辺の腰越漁港や三浦半島の城ヶ島で釣ったことがあるが、せいぜい数匹程度。多くを釣ったことはない。ところがこの港では、海面が縞模様で溢れるくらいに群れている。さすがに玄界灘は違うなと感心しながら、納竿した。クーラーボックスいっぱいの酒の肴?を乗せて、高串港に隣接する玄海町の石田と言う場所にある民宿に向かう。
もちろん民宿とは言っても、玄界灘の海の幸や山菜、筍と言った山の幸が楽しめる地元では名の通った宿だ。とはいうものの、せっかく釣ってきたサンバソウやメジナも味わってみたい。迎えてくれた年配の主人と奥さんにクーラーボックスを開けて頼み込んでみると「これは煮付けにちょうどいいサイズ。美味しく煮付けますよ」と嬉しい言葉。どうやら刺身や焼き物は用意済みらしい。

大皿いっぱいの釣果に目が釘付け
そこでこちらはクーラーボックスごと主人に預けて、民宿の目の前にある温泉に向かう。実はこの温泉、「海上温泉パレア」という日帰りの温泉施設で、その名の通り建物の一部が仮屋湾の海上にあり海を眺めながら天然温泉に入ることが出来る、地元では有名な施設である。露天風呂から仮屋湾に沈む夕陽を堪能、目の前にちらつくビールや刺身、煮付けなどを思いながら民宿に戻る。
と嬉しいことに戻ったとたん、テーブルの上に冷えたビールに玄界灘の刺身の盛り合わせや焼き魚が並ぶ。喉を潤しながら舌鼓を打っていると、主人が目の前に大皿を置いてくれる。上にはついさっきまで高串港や波戸港で泳いでいたサンバソウやメジナの煮付けがずらり。二人で「とても食べきれないな」と言いつつも箸は止まらない。結局、全部平らげたが、引き締まった身はまさにビールや焼酎に最高の味だった。今振り返ると、よくあれだけ食べたなと思うのだが。

原発と共存する風景
ところで、この民宿の一階部分の一角は棚がロッカー状に並んで、何やら不思議な雰囲気。主人に聞いてみると、近くの九州電力・玄海原子力発電所の関係者たちがまとめて宿泊することも多いために、そんな作りにしているとか。今、思うとちょうどその頃が玄海原発3号機の再稼働に向けた準備の時期。「事前点検のための技術者の宿泊施設でもあったんだ」と合点がいった。
現在、この玄海原発では3号機に続いて昨年の11月から4号機も再稼働して、総出力236万キロワットと九州全域で使う電力の30%を賄っている。とくに3号機は2009年から日本で初めて「プルサーマル発電」を導入したことで知られる発電所である。
このプルサーマル発電と言うのは、簡単に言うと一度、発電所で使い終わった燃料をリサイクルしてウランとプルトニウムを混ぜた「MOX燃料」という燃料を作って、再び既存の原発で再利用する仕組みの事だ。要するに使用済みのウラン燃料で核分裂しきれないウランを再利用して発電する仕組みで、希少で高価なウランを再利用することでエネルギーの安定供給につなげる狙いもある。
現在はこの玄海原発に加えて関西電力の高浜原発3、4号機など4基の原発で、このプルサーマル発電がおこなわれているが、発足した高市早苗政権のもとでは2030年までに少なくとも12基の原発での実施を目指しているという。もちろん、この玄海町や肥前町でも東日本大震災以降、原発の再稼働までには紆余曲折があったという。だが、軽々には言えないものの町との共存は実現している。
安寧な世の中を念じながら思い出に浸る
米トランプ大統領の唐突なイラン攻撃で中東での混乱長期化が避けられない今、中東に9割以上の石油を依存する日本のエネルギー危機は他人事では済まない。
原発への依存率をさらに上げていかねば、この国の産業構造そのものが根底から揺らいでしまう。ましてこれから伸びるサービス業、AIといった産業は安定した電力があってこそ成り立つ。
菜の花で埋もれるような佐賀の海の和やかな春の景色。そして竿を何度も揺らしながら上がってくるサンバソウやメジナ。そんな姿を思い浮かべながらも、傍らの新聞には「米政権、ハメネイ師殺害」の大見出しが躍り、中東の危機を報じ続ける。振り返ると、あの釣りの一日は本当に幸せな時間だったと思う。もう一度、安寧な世の中を願いながら、あの高串の港で再び釣り糸を垂らしたいと実感している。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。