第12回
巨大な甲斐サーモン、念願の刺身は“幻(まぼろし)”に ~虹鱒の燻製を肴に憂さ晴らし!~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
60センチ超の虹鱒「甲斐サーモン」も釣れる
さてベトナムでは情けないことに酷暑にやられ、肝心の釣りを見送ったので、今回選んだのは“確実に釣れる場所”。確実に釣れると言えば、そう「釣り堀」である。とは言っても釣れ過ぎるのもどうか。と迷った上、なかなか釣れない「フライフィッシングとルアー専用」の場所を選んだ。東京の水がめ、奥多摩湖を越えて山梨県に入ったところにあるポンド(池)「小菅トラウトガーデン」である。近くにダムマニアに人気で紅葉が有名な「深城ダム」もある風光明媚な所だ。
この場所を選んだ理由は二つある。まず、大好きなフライを存分に振れること。それと、本命が「甲斐サーモン」と呼ばれる体長60センチ超にもなる品種改良した大物の虹鱒と尺超え(約30センチ以上)の岩魚であることだ。とくに「甲斐サーモン」は山梨県の水産技術センターの指導で育成した大型の虹鱒で、餌にぶどう果皮粉末を混ぜることで身色は鮮やかなオレンジ、刺身でもフライでもなんでもいける魚である。

夢よ再び、巨大魚に再度挑戦
つまり、ここでは渓流の管理釣り場で釣れる普通の虹鱒は、極端な言い方をすれば雑魚のようなもの。しかも釣る前には、フライやルアーの針先をペンチで潰して、バーブレスという敢えて“釣りにくく”しておくことが入漁条件となっている。なので「釣り堀」とは言っても結構、釣り上げるのは難しい。

実はこの釣り場、何回か訪れて過去には大きな「甲斐サーモン」を釣り上げた実績もある。今回も「釣るぞ!」という意気込みで青梅街道を走る。奥多摩湖沿いに走って山梨県に入り、丹波山村を経由して朝8時前に到着。さっそく4X(エックス)・7.5フィートラインにティペット無し(専門的ですいません)という大物が掛かっても大丈夫な仕掛けに、毛虫に似せた「ウーリーバガー」というフライを結んで、勇んで第一投を。
すると間もなくアタリが。上がってきたのは25センチ程度の虹鱒、即リリース。雨上がりで薄曇りとコンディションもよかったせいだろうか、同じようなサイズの虹鱒が相次いでヒットするがキープして持ち帰るような30センチ超のサイズがなかなか来ない。本命の「甲斐サーモン」「尺超えイワナ」は極端に警戒心も強く、毛虫フライに見向きもしないようだ。そこでフライを針も大きめにして、水生昆虫の幼虫を真似たビーズヘッドの「ニンフ」に変えてみる。
ついに来た、甲斐サーモンだ!
すると、やっとズンと来るアタリが。慎重にやり取りして上がったのが30センチを超える大ぶりの虹鱒。これは帰宅して食べるためにキープ。このサイズが来るならいけるかな、と思ったが、その後はまたリリースサイズの虹鱒ばかり。そんなタイミングで、ちょっと気を抜いていた時に強烈な当たりがきた。

「きた。甲斐サーモンだ」。ロッドが大きくしなり、重々しい動きで水中を左右に勢いよく走る。透き通った水中に姿が見えた。「これは大きい」。慎重に寄せ、ランディングネットを手元に用意する。だが引きが予想以上にすごく、岸に寄せるたびに沖に走る。やり取りを繰り返し、再び寄せようと思ってロッドを上げた瞬間にパチンと音がしてラインブレイク。思わず気が抜けてしまった。
「逃がした魚は大きい」と言うのが釣り人の常套句だが、かなりのサイズだったのは間違いない。ルアーで釣っていた若者が寄ってきて「惜しかったですね。ちらっと見ましたが、かなりの大物だったのに」と慰め交じりの声をかけてくれるが、半ば茫然状態。「せっかく太めのラインで準備したのに」と悔やんでも後の祭りである。
その後は30センチクラスの虹鱒が何匹か釣れてキープしたが、あのラインが切れた瞬間の音が頭を離れない。夕刻近くになって「甲斐サーモン」と並ぶ本命の尺サイズの岩魚を釣り上げて、少し留飲を下げたものの“逃がした魚”の大きさを悔やむばかり。4X(エックス)のラインなら60センチ級でも上がるはずだが「針のかかりどころが悪かったのかも」と自分を慰めながら帰路に就いた次第だ。
大ぶりな虹鱒を燻製に
「甲斐サーモンを刺身で食べる」ことを念じつつ向かった釣行だったが、釣れなかったものは仕方がない。岩魚の方は以前、このコラムでも書いたように刺身とムニエルにするが、大ぶりの虹鱒をどう料理するか。新鮮な虹鱒を塩焼きにしてビール、というのも最高だが今回は久しぶりに燻製にすることに。
新聞社のデスク時代、仕事を終えた空け晩の時に、釣った虹鱒をよく燻製にしてウイスキーのつまみにしていたが、手間がかかる上に自宅では燻製にする際の匂いがきつい。部屋中に燻製の匂いが付きそうで止めていたが、埼玉県飯能市にある友人の山荘に出かける機会があり、山中で燻せば問題がないので、さっそく下準備を開始。虹鱒を漬け込むソミュール液を作る。久しぶりの燻製作りだ。
まず、玉ねぎやニンジン、ニンニク、リンゴの皮などに少量の砂糖、白ワインを入れた濃いめの塩水を用意。そこにバジル、ローズマリーを入れて香付けしながら中火で30分ほど煮込む。そのまま冷ましておけばソミュール液の出来上がりだ。これに虹鱒を二晩ほど漬けこんでから1時間ほど塩抜きして、外で一晩干しておくと虹鱒が適度に乾く。

あとは、この乾いた虹鱒を段ボールで覆って、ヒッコリー(クルミ)と桜のチップで2時間半ほど下から燻す。いい感じで燻製が出来上がった。虹鱒の燻製はとにかく時間がかかるので面倒だが、味はとにかく最高だ。冷蔵庫で冷やしてから食べると、魚のハムのような感じで、大げさでなくこれ以上の酒の肴は無いと思う。

燻製を肴に井伏鱒二翁を思う
なんか締め括りは燻製作りの“レシピ”のような文章になってしまったが、やはり自分で釣った魚を捌いて、食べるのは本当に楽しい。釣りの醍醐味だと思う。「雄大な自然を背に竿を振り、水の流れを眺めながらぼーっと時間を忘れる。程よい頃合いで魚が餌に食いつき釣り上げる。釣った魚を数匹、家に持ち帰り夜の食卓に並べる」。作家の井伏鱒二は随筆「川釣り」の中で、釣りの至福の瞬間をこう記している。まさに納得である。
日々、テレビや新聞に接すると、トランプ米大統領の暴言や終わりの見えないウクライナの戦い、原油不足の心配から上がり続ける物価といったような、暗い話題ばかりが多い世の中。気持ちはどうしても塞ぎがちになる。そんな思いを抱きながら、出来上がった虹鱒の燻製を肴にウイスキーを啜っていると、井伏鱒二の言葉が妙に身に染みいってきた。「やはり釣りはいい」。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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