つるちゃんの雑魚釣り紀行

第13回

珍味“カメノテ”に心が躍る ~由緒ある万葉の地で雑魚釣り忘れる~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

内田百閒(ひゃっけん)の心の故郷

「サラサーテの盤」や「阿房列車」といった随筆、紀行で知られる作家、内田百閒がこよなく愛した場所として知られるのが瀬戸内海の景勝地、岡山県の牛窓である。百閒の随筆には牛窓やその周辺の風景が何度も登場、自らの出身を岡山ではなく瀬戸内の牛窓あたりと称していたのも頷ける。昭和の初め、百閒の名前を有名にしたのも瀬戸内の島々を望む風景を織り込んだ作品集「百鬼園随筆」である。

岡山県の東南部に位置するこの牛窓、最近では「日本のエーゲ海」などと気恥ずかしい言われ方もされているが、訪れてみると遠くには淡路島が、目前には瀬戸内海の小島が並び、周囲のオリーブの木々の緑も相まって風光明媚な地である。穏やかな海岸線にはいくつかの漁港が点在、釣り人の心をくすぐる。夏の日差しも感じる頃、この牛窓の西の端にある子父雁(こぶかり)漁港に出掛けてみた。

陸揚げされた牡蠣棚が並ぶ岡山県、牛窓の子父雁漁港

牛窓の中心街から山道沿いに車で20分ほど、子父雁港に着くと、季節が過ぎたのだろうか、港には牡蠣の養殖用の棚がずらりと陸揚げされている。聞くと、岡山県は広島に続く全国2位の牡蠣の産地との事。牡蠣というと松島や鳥羽、的矢、厚岸という名産地の名前が浮かぶだけに、意外に感じながら、港の西端にある防波堤に向かう。波止では揺らめく日差しの中、既に何人かが竿を出している。

釣り忘れカメノテ採りに熱中

早速、2本の竿を取り出して1本は胴付き仕掛けで4号のオモリを糸の先端に結び、2本バリで足元に落とし込む。もう1本は天秤仕掛けで20メートルほど投げてアタリを待つ。足元をのぞくと小さなイワシだろうか、群れているのが見える。だが、肝心のアタリの方は全くなし。暇なので隣の地元の人らしい年配の釣り人に声をかけると「おらんのう、魚が。カワハギが釣れると思うたんじゃが」。地元なまりで潮廻りが悪いとしきりに繰り返す。

そんな雑談を終えてしばらく待つと、落とし込んでいた竿がブルブルとしなる。「来た」。慌ててリールを巻くと手のひらほどのチャリコが。若狭でも釣った真鯛の子だが、塩焼きで美味しい。その後はまたアタリも途絶えて、沖合の島々を眺める時間が続く。時間を持て余したので防波堤の端から下に降りて岩場を歩き回ると、絶好の酒の肴を見つけた。そう「カメノテ」である。漢字で書くと“亀の手”。しかも食べごろの大きさの“獲物”が並んでいる。

さっそく車に戻って、大きめのドライバーを携えて再び岩場に。潮が満ちてくる前にと、カメノテ採りに没頭する。ドライバーをカメノテの下に差し込んでテコの要領で持ち上げる。「採れた、採れた」。もう釣りもそっちのけでカメノテ獲り。酒の肴にするのは十分な量が採れたので、防波堤に戻って投げ竿を巻き上げる。すると、申し訳程度に色鮮やかなキュウセンベラが。この魚も若狭で登場したが、広島や岡山では「ギザミ」の名前で珍重されている魚。これも焼き魚の定番だ。

岩場で採ったカメノテ。確かに亀の手足に似ている

塩茹でして最高の肴に

ということで、カメノテに加えてチャリコ、ギザミと雑魚も揃ったので引き上げることに。帰る間際になって投げ竿の方にセイゴ(スズキの子供)や小ぶりのイシモチが相次いでかかったので、まとめてビールの友にと持ち帰る。雑魚もそこそこ揃った上に予期せぬカメノテの収穫。満足感からだろうか、心なしか風も心地よい。

この日釣れた雑魚だち。一番上のフグは元気に海に帰った

ところでこのカメノテ、馴染みのない人も多いと思う。フジツボなどと同じように岩場に固着している生き物で、調べてみると「ミョウガガイ科に分類される甲殻類の一種」とある。見た目が亀の手足と似ているのでカメノテと呼ばれているが、爪のような殻の中身は濃厚なホタテ貝のような味でとにかく美味しい。

博多に赴任していたころ、大分や鹿児島を訪れた時に地元のスーパーや市場に並んでいたのを見た記憶があるが、四国や九州のごく一部の地域だけで食べる習慣がある、という程度らしい。ところが最近では美食というか珍味ブームも手伝ってか、Amazonなど通信販売でもこのカメノテが手に入るようになった。結構な値段が付いてはいるが。

さっそく、採ってきたカメノテを調理する。といっても調理法は極めて簡単。鍋にたっぷりの塩水にカメノテを入れて沸騰させ、灰汁を取りながらさっと4、5分。それで出来上がりだ。要は茹でるだけ。ざるでお湯を切って冷ましてから、殻の下部、亀の手のような部分の皮をむくと、鮮やかな白い身が。ここが最高の味でビールが進む。今回ばかりは主役はこのカメノテ。釣りたてのチャリコ、キュウセンベラやセイゴの塩焼きもみんな脇役だ。

塩茹でしたカメノテ。黒い川の部分に真っ白い身が詰まっている

脇役の雑魚の塩焼き。セイゴは意外に美味しかった

万葉で知られた牛窓。遣明使の母港にも

思いがけず、今回はカメノテという海の幸を味わうことが出来たが、改めてこの牛窓の歴史を紐解くと、実は驚くほど古くから栄えてきた土地であるらしい。子父雁の周辺も含めて貝塚跡も多く発見され、縄文の頃から人が住みついたことが分かっている。さらには万葉集で柿本人麻呂が、このあたりの景勝の見事さを歌で詠んでおり、歴史の深さは半端ではない。

しかも室町の時代になると、温暖で波静かな地形も相まって中国との交流船「遣明使」の母港となり、瀬戸内海の海運貿易の中心地として栄えている。江戸時代になると、牛窓は徳川幕府から「朝鮮通信使が立ち寄る港」に指定されるほどの場所なった。瀬戸内海の交易録を調べてみると、牛窓には500人を超す朝鮮からの使節団が何度も寄港したという記録も残っている。

そんな当時の“国際交易”の一大拠点として栄えた痕跡は、牛窓の路地を歩いてみると今も確かめることが出来る。漁港裏の路地に並ぶ旅館や遊郭の風情をとどめる木造の建物、「遣明使」の施設の宿館としても使われた本蓮寺とその傍らの三重塔。いまでは、近隣の島々を往復するフェリーが発着する程度の、ひっそりと佇む漁港ではあるが、ここかしこに栄華の跡はとどめている。

町はずれの小高い丘には、このあたりの氏神様であろうか「牛窓神社」という社がある。息を切らしながら長い階段を上り詰め、彼方を眺めると、晴れ渡った空に輝く初夏の瀬戸内の海が眩しい。

万葉の時代、ここを歌に残した柿本人麻呂も、遠く交易船で明の国から訪れた人たちもこの景色を眺めたと思うと、なんとなく感慨深いものがある。もちろん釣りで尋ねるのもいい。だが、内田百閒の随筆集でも手にしながら、この町の古(いにしえ)の歴史にじっくりと浸るのも悪くはないと思う。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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