第10回
造船所のすぐ横に潜んでいた“超”高級魚 ~初見参のムクダイも登場~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
長い波止の先には「しまなみ海道」も

薫風に吹かれながら、と言う表現にはまだ早すぎるが、すっかり暖かくなってきた初春の風を感じながら晴れ渡った3月10日に向かったのは愛媛県今治市の郊外の富田新港という港である。
松山市からは車で1時間ほど。今治市の中心街を抜けた場所にある地元の釣具店に聞くと、富田新港は「長い堰堤(防波堤)が伸びていて水深もあるので、投げても足元でもいろんな魚が釣れる」とのこと。やる気満々で港に向かう。

地図を頼りに進んで今治造船の本社脇のドックを抜けると、いきなり広々と海が開ける。造船所のすぐ横の場所である。長く伸びた防波堤の彼方には、うっすらと「しまなみ海道」も望める。広島県の尾道と今治の間にある9つの島々を橋で繋いでいる約60キロメートルに及ぶこの海道を見渡せる場所が富田新港である。到着したのは10時頃。何人もの釣り人が竿を出している。
さっそく堰堤の端に釣り場を確保して、竿を取り出す。とはいえ仕掛けはどうすればいいのか。迷って近くの人に聞くと、足元もかなり深くて、捨て石が多い「ゴロタ場」でホゴやチャリコも結構釣れるとのこと。ちなみにホゴはカサゴ、チャリコは小鯛の事だ。毎度のことだが、魚の名前は地方によって変わるので本当にややこしい。ということで、足元狙いで胴付き2本針の仕掛けに5号のナス型オモリを結んで堰堤のへちに落とし込む。
みたこともない茶色い縞模様の魚が
意外と深い。しばらく経つと、餌のゴカイを何かがコツコツとつつくのだが、合わせても空振りばかり。針を小さめにしてみると上がってきたのがウミタナゴだ。「なんだ、お前だったのか」と思いながらも、獲物としては物足りない。そこでさらに深い場所に釣り場を移し置き竿にしていると竿先がぐっとしなる。急ぎ合わせると、思いのほか強い引きで獲物が横に走る。根魚の引きではない。何だろうと上げると黄色っぽい魚体に茶色い縞模様。鯛のような形だが、見たこともない魚だ。
すると近くにいた釣り人が「これはムクだな。旨い魚だよ」と教えてくれた。今治のあたりではムクダイと呼ばれているらしいが、正式にはセトダイと言う。「ビングシ」「タモリ」とも呼ばれるらしいが、個人的には全く馴染みのない魚だ。だが、瀬戸内海では普通に見られる魚で地元では鮮魚店でも売られているとのこと。この一匹で俄然、元気が出て、今度は少し沖目に仕掛けを落とす。
なんと高級魚キジハタが釣れた!
しかし、期待とは裏腹にウミタナゴらしいあたりが続いて、餌は取られてばかり。根掛かりが続くのも腹立たしい。また場所を変えようかと思った途端にググっときた。強い引き。これは大きい。カサゴの大物かなと期待してリールを巻くと、なんとアコウが上がってきた。くすんだオレンジ色に朱色の斑点。高級魚の代表でもあるキジハタだ。

アコウというのは関西や九州の呼び名だが、関東ではキジハタの名前が一般的。味の良さはハタ科の中でも最高と言われていて、トラフグと並ぶ高価な魚でもある。岩場の奥に潜む魚でめったに獲れないだけに、鮮魚店に並ぶことはほとんどない。
よく言う「料亭」用の魚である。
正直、全く予期しなかった獲物だ。これは嬉しい。ずいぶん前に長崎の松浦港で釣ったことがあるが、それ以来のご対面だ。決して大きなサイズとは言えないが、めったにお目にかかることが出来ない魚なので、つい笑みもこぼれてしまう。雑魚釣りを目的にこの富田新港を訪れただけに、初めて釣った「ムクダイ」と、超のつく高級魚キジハタを釣り上げたことで十分満足。クーラーボックスでたっぷり氷付けにして帰路についた。
“骨の髄まで”食べ尽くす
で、さっそくいただく。調べてみるとムクダイは「見た目とは裏腹に非常に美味しい魚で、特に煮付けが最高」。刺身が美味しいキジハタの方も「春のアコウは煮付けが絶品。特に頭の部分はゼラチン質が豊富で美味しく、出汁も絶品」とある。そういえば、堰堤で「これはムクだな」と教えてくれた釣り人も「(食べ方は)なんでもいけるけど、煮付けると旨いよ」といってたのを思い出した。
ということで2匹とも濃いめの煮付けで。箸をのばすと、もう止まらない。確かにキジハタは身の部分も美味しいが、頭の部分のゼラチン質は脂の乗りもすごい。唇や目の周りあたりの身とゼラチン質はまさに絶品である。もちろんビールや愛媛の地酒との相性も最高で、大げさな表現かもしれないが“骨の髄まで”食べ尽くした。まさに釣り人冥利に尽きる瞬間である。
ところで、後から知ったことだがこの今治市の富田新港は、季節ごとに陸っぱりでさまざまな魚が狙える愛媛県下でも有名な釣り場とのこと。根魚のカサゴやメバル、アイナメからはじまって鯛やクロダイ(チヌ)、いわゆる青物と言われる魚である回遊魚のサワラやブリ、太刀魚まで釣れるという。キジハタが釣れたのも全然、偶然ではなかったらしい。
ホルムズの影響受ける造船の町
町の中心街に近く、今治造船の造船所のすぐ脇の海でこれだけの魚が釣れると思うと、瀬戸内海は本当に豊穣の海と実感させられる。だが、思い返せば、ここ今治は造船の町。人口約15万人の都市でありながら日本の造船・海運事業の約30%を占める国内最大の海事都市である。釣り場のすぐ近くの今治造船は日本最大、世界第4位の造船会社で、他の造船会社も含めて今治市内には18か所もの造船所がある。
それだけに、深刻さの度合いを増す米国、イスラエルとイランとの戦争は、この町にも大きな影を落としている。日本の「造船・海運クラスター」とも言える場所であることを考えると、ホルムズ海峡閉鎖の影響も大きい。実際、今治で作られたタンカーやコンテナ船などかなりの数がペルシャ湾内に封じ込まれたままという。
そんな場所で呑気に雑魚釣りを楽しみ、魚や地元の酒を堪能した自分をちょっぴり反省しながらも、季節が変わったらまた「しまなみ海道」を眺めながら、あの富田新港の長い堰堤で竿を出したいと考えている。群れているであろう様々な魚の姿も頭に浮かぶ。もちろん、その時には中東地域に平和が戻り、原油価格も落ち着きを取り戻していると信じているが。

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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