穏やかなることを学べ
筆者:イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
英国の文筆家アイザック・ウォルトン卿が著作「釣魚大全」の最後に記した一言「STUDY TO BE QUIET」の直訳である。開高健がロンドンでこの言葉が書かれた銅プレートを探し出し紹介したことで広く知られることになった。開高から聞かされた井伏鱒二は「“静謐の学習”とでも言えるな」と語ったそうだが、含蓄のある言葉である。ピューリタン革命の最中の17世紀、妻や子を病気で亡くしながらも、湖や渓流に釣り糸を垂れ、故事伝承を紡ぐように書きとめ、この言葉で結んだ名作の結び。穏やかとは程遠い喧噪の日常で記されたこの言葉は、混沌とした今の社会情勢だからこそ、噛みしめるべきではないか。忙殺されてもなお、穏やかに森羅万象を見つめる。仕事時間が全てではない。喧噪の中にあっても「穏やか」な思いを抱かせるコラムを綴ってい...
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先日、書棚の隅に積んでおいた小説「渚にて」を、久しぶりに読み返してみた。もう何十年ぶりだろうか。イギリスの新聞記者ネヴィル・シュートが1959年に著したこの作品は、翌年、映画化もされ大きな話題となったが、核戦争の恐怖をテーマに書かれたものの中で、これほど秀逸な作品はないことを、今、この時代を過ごしてきて改めて実感した。今はもう黄ばんだ文庫本だが、貴重な一冊である。
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もうずいぶん昔のこと、自動車業界を担当していた記者から聞いた逸話である。「イタリアには教皇が二人いるんですよ。誰だと思いますか」。もちろんイタリアで教皇といえばローマのヨハネ・パウロ二世を指す。だが、彼によると、パウロ二世は「南の教皇」であり、もう一人「北の教皇」がいるというのだ。
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英国ロンドン郊外のコスフォード空軍博物館といえば、第二次世界大戦中の現存する航空機が多く展示されていることで有名だが、そこに「ビルマの通り魔」「地獄の天使」と、おどろおどろしい表現で展示されている日本機がある。三菱重工業が開発した「100式司令部偵察機(100式司偵)」、連合軍が「ダイナ」と言うコードネームを付けた日本陸軍の双発機である。
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かつては、地域のコミュニティの担い手であった自治会、町内会、婦人会、青年団といった地域団体も、社会環境の変化で存在感を薄めている。日本の都市基盤の整備が「ファーストプレイス」「セカンドプレイス」に集中、結果的に都市のドーナツ化、長時間通勤が当たり前のような社会となったのは否めない。「サードプレイス」の存在が阻害される状況だったのだ。
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沖縄戦が終結して間もなく79年。当時の沖縄県知事、島田叡(あきら)について詳しく知ったのは、産経新聞の西部代表として博多に赴任してからである。「死を賭して」赴任した知事として名前だけは頭にあったが、その生き様に強く感動したのは那覇の奥武山公園の顕彰碑を前にしてからだ。昨今の政界、地方自治の混迷の深さ、相次ぐ企業不祥事などに触れると、改めて島田の責任感、使命感の凄さに感嘆せざるを得ない。
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もう藤の花も終わりだが、先日、ゴルフを共にした友人から庭の藤棚の見事な写真を見せてもらって、改めて感激した。日本原子力発電(日本原電)の広報担当者として原子力の理解に努め、現在は退任している友人だが、藤の花には一家言ある様子。「2月に出来るだけ花芽を残してツルを剪定するのが美しく咲かせるコツ」という。原子力広報の激務の中で、心の癒しが藤の花だったと言う。
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「まちライブラリー」と言う小さな私設の図書館が今、全国で拡大している。大学や会社の事務所、喫茶店、極端に言えば自宅という日常の生活空間に自分の本や寄贈本などを置いて、自由に読んでもらう。こんな発想から始まった小さな図書館が、着実に一歩一歩、地域のコミュニティ形成を促している。
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吉原遊郭の遊女となる「美登利」と、仏門に入る「信如」の淡い恋と別れを描いた樋口一葉の「たけくらべ」。物語は、修行のため信如が寒い朝、美登利の住む姑楼を離れるところで終わる。その別離の場面を強く印象づける花が水仙である。
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大げさではなく、ジャズという音楽は麻薬のようなものだと思う。その魅力に取りつかれたら、もう離れることが出来ない。そんな気がする。現にこの原稿もジャズを聴きながら書いているし、毎晩、飲んで遅く帰った夜でも、必ずボリュームを絞って流す。もう中毒のようなものだろう。
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先日、居酒屋で友人の一人から「何か言うことが年寄り臭くなったな」と言われて、我ながら妙に納得した。確かに話を始めると、何かにつけて「あの頃は・・・」といった前置きが多いような気もする。だが、ここ数年だろうか、齢を重ねるごとに、取材の現場にいたあの頃、そして熱心に応じてくれた経営者の顔が目に浮かんでならない。
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幸いなことに、自宅のマンションの前が桜並木である。窓からその枝を眺めても、まだ蕾は固く、残念ながら膨らみ始めた様子はない。ただ、もう数週間も待てば窓一面に花霞が広がるだろう。そう想うだけでも、心は和む。コラムの初回でいきなり花の話と言うのも気は咎めるが、その歴史を鑑みても我々の誰もがみな思いを寄せる花と言えば、まず桜を除いてないだろう。ということで桜への思いを、春の訪れとともに綴ってみたい。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。