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明日を生き抜く知恵の言葉

第2回

幸之助さんの「日に新た」と孔子先生の「川上の嘆」、マキャベリの説く「運命」

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 
これまで、ビジネス誌や経営誌に論評記事を書く中で、経営の神様・松下幸之助氏の言葉に触れ、引用させていただくことがたびたびあった。

幸之助さんの言葉で何が一番好きかと聞かれたら、私は「日に新た」と答える。

「日に新た」とは、幸之助さんの言葉を借りれば、「きのうよりきょう、きょうよりあすへと、常によりよきものを生み出していくこと」である。


「しかし、その経営理念を現実の経営の上にあらわすその時々の方針なり方策というものは、これは決して一定不変のものではない。というよりも、その時代時代によって変わっていくのでなければならない。いいかえれば”日に新た”でなくてはならない。この社会はあらゆる面で絶えず変化し、移り変わっていく。だから、その中で発展していくには、企業も社会の変化に適応し、むしろ一歩先んじていかなくてはならない。

 それには、きのうよりきょう、きょうよりあすへと、常によりよきものを生み出していくことである」(松下幸之助『実践経営哲学』)


ここでいう「企業」を「自分」と読み替え、「きのうよりきょう、きょうよりあすへと」進化し、時代の変化に適応し続ける自分でありたいものだ。


孔子先生は「川の流れ」を嘆いたのか、そこに「人間の発展への希望」を見出したのか

「日に新た」といえば、最近ある発見をした。

この連載の第1回で取り上げた『論語』に、「川上の嘆(せんじょうのたん)」と呼ばれる、有名な一節がある。

「子(し)、川の上(ほとり)に在(あ)りて曰(いわ)く、逝(ゆ)く者は斯(か)くの如(ごと)きか。昼夜を舎(や)めず(子罕〈しかん〉第九)」

孔子先生が川のほとりで、「過ぎ去って帰らぬ者は、川の流れのようなものだなあ。昼も夜もなく、絶えず流れ続けていく」と嘆じたというのだ。

吉田賢抗著の『新釈漢文大系 論語』(明治書院)の解説を見たら、面白いことが書いてあった。古い時代の『論語』の注釈では、川の水の流れのごとく、年月が経つ中で、老いゆくわが身を孔子先生が嘆いたと、このフレーズを解釈していたという。

ところが、中国の宋の時代の儒学者・朱子(しゅし)などが書いた新注では、昼も夜も止むことがない川の流れのように、天地も無限の発展を続けており、その中で人も絶えず発展していく。だから、学問を志す者は、やむことのない努力を続けなければならない、と解釈されたというのだ。

孔子先生がわが身の老いを嘆いたという「川上之嘆」の一節が、時代の変化とともに「人の進歩について希望を述べたもの」(前掲、『新釈漢文大系 論語』)に大転換を遂げたのだ。

朱子たちの学説に影響を受けた江戸時代の儒学者・伊藤仁斎も、著書の『論語古義』=写真=で、「君子の徳は『日に新た』にして尽きることがない。川がこんこんと流れて止まないのと同じようなものだ」と書いている。

「此(こ)れ、君子の徳、日に新たにして息(や)まず。猶(な)ほ川流の混混(こんこん)として已(や)まざるがごときと言へる」(『論語古義』)

伊藤仁斎はさらに続けて、君子が仁義礼智を身につけ、生涯それを用いても尽きないのは、川の水が昼夜を分かたず流れ続けるようなものだ。ゆえに、『日に新た』であることは盛徳(せいとく)、すなわち立派な徳なのだと書いている。

「仁義禮智(じんぎれいち)その身に有りて、終身之れを用ゐて竭(つ)きず。猶ほ川流の昼夜を舎(す)てざるがごとし。故に曰へり、日に新たなる、之れを盛徳と謂(い)ふ」(同上)

幸之助さんの有名な「日に新た」という言葉が、江戸時代の正徳2(1712)年に書かれた『論語古義』にも登場していたことを知り、私は驚いた。

結局、孔子先生は、止むことのない川の流れに何を見たのか。

その解釈論はアカデミックの世界にお任せするとして、「きのうよりきょう、きょうよりあすへと、常によりよきものを生み出していく」という「日に新た」として読めば、明日を前向きに生きる力が湧いてくるのではないか。

人は運命に半ばは支配されている。だが残り半分は、運命も人にその動向を任せている

かれこれ、2年以上にわたるコロナ禍にさいなまれた日本経済は、いわゆる「K字型回復」を遂げるといわれている。

企業業績に限っても、業界・業種によって回復ペースに大きな差が見られ、右肩上がりに業績が伸びて行く企業と、下降線をたどる企業との二極化が進んでいくというのだ。

一寸先は闇だが、何があっても前を向くしかない。前を見なければ先には進めない。

それはわかっている。だが、今回のコロナ禍にせよ自然災害にせよ、人知が及ばぬ部分があまりにも大きい。不可抗力だといってもいいかもしれない。それは、人間には抗(あらが)うことのできない、変えることのできない運命だとあきらめるしかないのか。

けっしてそうではない、と答えたい。イタリア・ルネサンスを代表する政治思想家マキャベリの『君主論』に、こんな一節がある。

「たとえ人間が、いかに思慮をめぐらせようとも、宿命を変えることはできないし、いやそれどころか、対策など講じても所詮(しょせん)は無駄だと、多くの人は思ってきたのだし、現代でも思っているわけだ。だから、汗を流して苦労するまでもなく,運の命ずるままに身をまかせたほうが利口だというわけだろう。
 とくに人間の思惑を越えた世相の激変を毎日のように見せつけられている現代(十六世紀)では、この意見はより説得性をもっているようである。わたしもまた、この現代に生きている以上、ときにはこの考えに与(くみ)したくなることもある」
「しかし、われわれ人間の自由意志の炎は、まったく消されてしまったというわけではない。
 運命が、われわれの行為の半ばは左右しているかもしれない。だが、残りの半ばの動向ならば、運命もそれを、人間にまかせているのではないかと思う」(塩野七生『マキアヴェッリ語録』)

マキャベリが説く「運命(フォルトウーナ)」とは、人が身を委ね、あきらめるだけの運命ではない。人が拓き、創り上げていく運命なのだと、前向きに解釈したい。

そういえば、連載第1回でこんな『論語』のフレーズを取り上げた。

「子曰く、人能(よ)く道を弘(ひろ)む。道、人を弘むるに非(あら)ざるなり」(衛霊公〈えいれいこう〉第十五)
【拙訳】「人の人たる道は、人の不断の働きによって広がっていくものだ。道が人を大きくしたり、高めるのではない」

孔子先生の説く「道」も、人がつくり、広げていくものだった。

起きてしまったことは変えようがない。だが、これからの運命は異なる。たとえ「残りの半ば」であっても、人間の手に委ねられた運命ならば、自ら切り拓いていける可能性がある。「われわれ人間の自由意志の炎」はけっして絶えていない。

自分自身にそういい聞かせながら、今この原稿を書いている。


ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
 

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