明日を生き抜く知恵の言葉

第38回

名将に学ぶ上司学⑱「人育ての名人」は自律型人材をどう育てたか②

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

自分で考え行動するための価値観・判断基準を共有しよう

前回に引き続き、かつての名将・名君たちの言行を通して、現代の職場で自律型人材をどう育てていくかを考えてみたい。

職場で自律型人材を育てるうえで第2に問題となるのは、部下たちが自分で考え行動するためのベースとなる価値観や判断基準の共有だ。

基本的な価値観や判断基準が曖昧なまま仕事を命じていては、部下の思考も行動もバラバラになる。

順序が前後するが、誤った判断による行動は大きなミスやトラブルにつながりやすく、誤った価値観に基づく行動が積み重なれば、会社や組織が進むべき方向から道を踏み外してしまうかもしれない。だから価値観や判断基準の共有が大切なのだ。

ここで紹介したいのが、従業員数が30名弱の規模ながら、定年を迎えた従業員の雇用条件や雇用形態を変えず、がんに罹患した従業員も活き活きと働いている「人にやさしい」企業として、一躍メディアの注目の的となった横引シャッター(東京都足立区)の事例だ。

以前この「イノベーションズアイ」で同社を取材した際、市川慎次郎社長は、かつて経営改革の一環として自律型人材の育成に取り組んだ話をして下さった。

市川社長が自ら考え行動する人材を育てるうえで、とくに重視したのは社員との価値観の共有だった。市川社長は社員たちに自分の価値観や会社が目指すものを伝え、理解してもらうために、全社員が参加しているLINEグループに毎日昼頃メッセージを届けている。

「社員たちが皆で昼食を食べているときにでも話題にしてほしい」という思いを持ちながら、市川社長は始終文章を書き貯め、自分の「頭の中を文字化」する努力を続けていた。

経営者が、自社はどんな価値観を大切にし(理念)、何を目指し(目的)、いつまでに何を達成するのか(目標)を明らかにし、積極的に情報発信する。管理職がそれをきちんと理解し、自分がマネージする部門に合わせて「翻訳」し部下に伝える。

それが、部下たちが自ら考え行動するための共通の価値観・判断基準になっていくのだ。

上司が部下の自律思考・自律行動をサポートすることは、けっして「甘やかし」ではない。ビジネスの現場で物を考え行動するのは、よく考えてみれば非常にシビアなことなのだ。

実際に商品やサービスを動かす現場では、物事をロジカルに、ヌケ・モレなく、数字を交えて具体的に考える必要がある。現場に即した、専門的かつ緻密な思考のトレーニングを積まなければ、部下が戦力として自立できない。

古典が書かれた時代とは異なり、今の職場では、昔よりもはるかに物事をロジカルかつ緻密に考え、「理念→目的→目標の達成」という流れにかなった合理的な行動をしなければならなくなっているのだ。

あれもこれも禁じるから、部下が人並以下になるのだ

最後に、自律型人材を育てるうえで、やってはならないことが『名将言行録』に記されているので紹介したい。

江戸時代前期に老中・大老を務めた若狭国(わかさのくに)小浜藩主の酒井忠勝(さかい・ただかつ)が、ある人にこう語ったという。

「貴殿のように(部下を)2、3人使う士(さむらい)であっても、取り立ててよくないこともしていないのに、『これはしてはいけない』、『それはやめなさい』と禁じられたら仕事にならず、気分もふさぎ込むだろう。

たまたま、(部下が)上司のために『これはよくない』と思うことがあっても、(意見しようものなら)また咎(とが)められると思って意見をいえない。(上司の印象や評価が悪くなったら自分が不利になると)後先のことを考えてしまうから思考が狭(せば)まり、憂鬱な気分になって、大多数の部下が知恵を失い、ついには並の人にも劣るようになってしまうのだ」(『名将言行録』巻之六十四より訳出)

部下がそんな様子であっても、自分には手が回らないことがあれば、上司は部下に仕事を命じることになる。だが部下たちは普段から、「これはしてはならない」、「あれもしてはいけない」という決まりに縛られて気持ちが萎縮しているから、仕事を成し遂げるのに必要な能力も失われてしまうのだ。

だから、そのような状況で「彼らが仕事で失敗しても、愚か者だと怒るのは間違いだ」と忠勝は述べた。

だが相手は、忠勝の言葉に納得できなかったのだろう。そこで忠勝はこんな例え話をしてみせた。

「庭に木を植えてみればよい。手をかけて育てて水をやり、木の幹(そのもの)には触れず、たわんだ枝に添え木をして育ててこそ、日一日と成長していくものだ。盆栽でやるように、日々枝を曲げ、芽を摘んでいては、(木は)大きく育たない。作り物の木は、大工の棟梁の使用に耐える材木にはならないのだ。

これは2、3人(の部下を持つ上司)であっても同様だ。多数の家来を抱える大名がことこまかに法度(はっと〈*〉)を定めているが、なんでもかんでも禁じていたら、家中の士(さむらい)たちは、常に江戸に詰めているような窮屈さを感じるだろう。

故郷に身を置き一息つく暇もなければ、いつ身を養い、のどかな気持ちになることができるだろうか(いや、できるはずがない)」(『名将言行録』巻之六十四より訳出)

(*)法律や「これはしてはいけない」という禁令のこと

自分で考え行動する人材を育てたいと思うなら、自律思考・自律行動に慣れるためのトレーニングを重ねると同時に、「これはいけない」、「あれもいけない」と禁じて部下たちの思考を狭めてはならない。

大坂冬の陣(1614〈慶長19〉年)などで徳川方をたびたび苦しめた智将・真田幸村(さなだ・ゆきむら)の兄・信之(のぶゆき)も、「常に法度の多きは宜(よろ)しからず(あれもこれもいけないと、いつも禁じるのはよくないことだ)」と語ったと伝えられる。

『名将言行録』の舞台である戦国~江戸時代でも、今でいう「マイクロマネジメント(**)」は、してはならないと戒められていたのだ。

(**)管理者である上司が部下に対して、細かいチェックや強い監視と管理をするなど、過度に干渉してしまう」こと/ここでは、HRBrain「HP大学」所収、「マイクロマネジメントとは?ダメな理由とやりがちな上司の特徴や対策について解説」での定義にしたがった

前回記したように、古典が今に伝えているのは、時代の流れの中でそぎ落とされた本質のようなものだ。古典には現在私たちが置かれている状況や環境にそのまま当てはまるような、ディティールまでが記されているとは限らない。

古典から読み取った教訓を、自分がマネージする職場の状況や環境に照らして考え、何を取捨選択し、何を補ったうえでどう応用していくかを考え、普段の仕事に活かしていただきたいと思う。

 

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