明日を生き抜く知恵の言葉

第35回

名将に学ぶ「上司学」⑮部下との意思疎通に悩んだときに振り返ってほしいこと

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

2025年もすでに残り2カ月を切り、多くの企業や組織は下半期の追い込みに奔走していることだろう。今年度、新たに部下を持った若手、より多くの部下を持つ立場になった中堅や管理職が職場で活躍している姿が目に浮かぶ。

年度の折り返し地点も過ぎた今、自分は今年度に部下とどう向き合ってきたのかを、改めて振り返ってみてはいかがだろうか。

今年、自分は部下の能力、やる気をどれだけ引き出すことができたのか。部下の目標達成や成長に、どれだけ関わることができたのか。

「部下が何を考えているのかわからない」、「丁寧に説明してもなかなか伝わらない」、「部下が心を開いてくれない」と悩むこともあったかもしれない。

部下とのコミュニケーションがうまくいかず、「自分の話し方が悪いのだろうか」、「何をどう伝えたらいいのだろうか」と考え、答えを模索している人もいるだろう。

答えがなかなかみつからないときには、思い切って発想を転換してみるのも一案だ。コミュニケーションを円滑にするには、「自分の考えをわかりやすく伝える力」と「相手の伝えたいことを読み解く力」の両方が必要となる(リクルートマネジメントソリューションズHP「コミュニケーション能力を高めるには? 基本から実践まで解説」)。

ひょっとしたら、コミュニケーションがうまくいかないのは「部下に何を伝えるか」に意識が向きすぎていて、「部下の伝えたいことを読み解く」ことが、おろそかになっているからかもしれない。

部下の伝えたいことを読み解くには、まず「聞く」ことが大切だ。私たちは普段「伝える」ことに一生懸命になるあまり、「話しすぎ」ているのかもしれない。


部下に語らせ、聞き役に徹した名君

江戸時代前期の大名で、幼少の頃から徳川第3代将軍家光に仕えて重用され、老中として幕府の中枢で政治を行った堀田正盛(ほった・まさもり)という人物がいる。正盛は武蔵国川越藩主に取りたてられ、老中職を辞したあとは信濃国松本藩主、下総国(しもうさのくに)佐倉藩主を務めた。

『名将言行録』に、正盛のこんなエピソードが記されている。

「正盛は毎日(城中に)出仕し、午後の暑さが盛りを過ぎて退出するときも、必ず広間に出て当番の士(さむらい)たちに四方山話(よもやまばなし)をさせ、しばらく話に耳を傾けてから退出した。このように親しく接したので、士たちは正盛を親のように慕った。正盛はそうやって日々の世間の動きや家中の様子を知るように努めていたので、堀田家の政(まつりごと)は公平で、下々の者たちも困窮するようなことはなかったという」(『名将言行録』巻之六十六より訳出)

今の会社にたとえれば、堀田家の当主・正盛は社長といっていいだろう。社長が仕事を終えて退出する前に、部下たちが働くフロアに必ず降りてきて、語らいの場を持つことを日課にしているようなイメージだ。

社長が毎日のように、自分たちの職場にやってくることが煩わしいと感じる人もいるだろう。だが、正盛は皆から慕われた。部下たちに思い思いに語らせ、親身になって話を聞いたからだろう。

組織のトップ自らが、聞き役に徹していたところがすごい。正盛の「聞く姿勢」に私たちがなぜ学ぶ必要があるのかについて、現代の職場に場面を移して考えていこう。


コミュニケーションのつもりが、説教になってはいないか

職場でのパワーハラスメントが社会問題になるなか、パワハラ防止法(労働施策総合推進法)が2020年から大企業、2022年からは中小企業にも適用され、職場でのパワハラ防止への対応が義務づけられた。「傾聴」という言葉をよく聞くようになったのは、その頃からではなかっただろうか。

傾聴についてはさまざまな解説がなされるが、「真剣に話を聞くこと」(三省堂『大辞林』)、「相手に関心をもって、相手の話に注意深く耳を傾けること」(日本看護科学学会HP「看護学を構成する重要な用語集」)などの解説が感覚的にわかりやすいと思う。

傾聴の大切さは誰もが知っている。だが、それを知っていることと実践できることの間には大きな差がある。なかでも、自分の年齢や職位・立場が上になればなるほど、相手にしっかり向き合って真剣に話を聞くには、相当の忍耐や自制が求められることが忘れられがちだ。

たいていの場合、上司は業務について部下よりも知識や経験が豊富で、実績もある。その知識や経験を活かして部下に適切な指導を行い、成果に導く立場にあるのが上司だ。

上司は部下の話を聞いたとたんに、「それはこういうパターンだ」、「それは正しい」、「間違っている」、「だからこうすればいい」と自分なりに判断がつく。だから部下が話している最中に、自分の判断や評価を語りたくなることも少なくないはずだ。

部下の話を途中でさえぎり、「わかった。それはこういうことだな」と話をまとめ、「君のここがよくない」、「なぜこうしなかったのか」と責任追及を始めてしまうこともあるだろう。

その意味で、とくに注意が必要なのは、部下が失敗したときだ。部下から失敗の報告を聞くときにこそ、上司に忍耐力や自制が求められる。部下の失敗に対する怒り、失敗の原因を指摘したい気持ち。失敗をどうリカバーしたらいいのかと焦る気持ちなどをおさえ、かつ冷静に部下の話に耳を傾けることには相当の胆力が要る。

上司が怒りの感情をむき出しにして部下に接したら、指導は説教、叱責、責任追及となり、さらには人格否定に発展してしまいかねない。

「こんな間違いをするやつは死んでしまえ」 「おまえは給料泥棒だ」 「存在が目障りだ。おまえがいるだけで皆が迷惑している」 「君のプレゼンが下手なのは、暗い性格のせいだ。何とかしろ」 (厚生労働省茨城労働局HP「どんな言動が、パワーハラスメント?」より実例を引用)

「自分はあくまで必要な指導をしただけだ」という人がいるかもしれない。だが自分自身が、自分の上司に同じ言葉で叱責されたらどう感じるだろうか。

頭ごなしに、そんな感情むき出しの言葉を口にされたら、部下は恐怖を抱き身構える。自分の行いをどう反省し問題を解決するかより、その場の恐怖から逃れたい気持ちで頭が一杯になり、思考停止に陥るだろう。上司の話も耳に入ってこなくなる。

それ以降、部下は心にカベを作り、上司との関わりを避けようとするはずだ。上司の指導から何を学び取るかより、どうすれば上司に怒られずにすむかを考えて行動するようになるだろう。そうなったら職場のコミュニケーションはおしまいだ。


話して駄目なら聞いてみる。聞いて語らせ、気づかせる

そうならないためにも、武田信玄の側に仕えた高坂昌信(こうさか・まさのぶ)の、

「人を用ひ(もちい)給ふ(たもう)に、その合ふ(あう)べきところを用ひ給ひ(たまい)て、小過(しょうか)をとがめ給ふことなかれ」

という言葉を心に留めていただきたい。

ざっと訳すと、「人を使うにあたっては、本人の能力や適性をよく見極め、小さな過ちを取り上げて事細かに責任を追及してはならない」という意味になる。

ミスをした部下の「小過をとがめ」ることは、もちろんよくない。だが、人の考えや行動はなかなか変わらない。だから、あえて厳しく臨む必要があるという考え方があるのもわかる。

実際、職場で指導をしている上司にしてみれば、怒りをおさえ、パワハラにならないように言葉や行動に気を遣いながら、ミスを繰り返さないための方法を指導するのは至難の業だ。しかも、教えたことを実践させ、成果が上がるように導くことも上司の仕事なのだから、「一体どうやって部下に接したらいいのか」と日々悩み、部下指導に二の足を踏んでしまう気持ちも理解できる。

「いっそ、自分がやってしまったほうが早い」と――。

だが、ここで上司が思考停止してしまったら、何も変わらない。発想の転換が必要だ。

話して指導するのが難しいなら、聞いてみる。上司であるあなたが堀田正盛のように聞き役に回る。部下に語らせながら、導くのだ。

たとえば、「君のここがよくない」といいたくなる気持ちをいったんおさえ、部下に「自分が失敗したのはなぜだと思う?」と質問し、話してもらう。部下への質問は詰問であってはならない。表情も口調もできるだけ穏やかに。部下の自己分析に間違いがあれば指摘し、どうすればその間違いを修正できるかを、さらに考えさせるのだ。

そして今度は、「今回のような失敗を繰り返さないためには、どうしたらいいと思う?」と質問し、また考えさせる。部下の答えを聞きながら、必要なアドバイスを加えて軌道修正し、ミスを未然に防ぐ方法を一緒に考えていくのだ。

そこでもやはり、聞くことが重要なポイントになる。

部下に質問して考えさせ、その答えに耳を傾ける。そして、さらに問題を深掘りする質問を投げかけ、また考えさせるのだから、一見回りくどい方法で、手間はかかる。だが、そのやり取りのなかで、部下に気づきが生まれる。

他人にいわれ、やらされるのではなく、自ら気付いたことだから「これを実践し、自分を変えよう」という動機付けに結びつきやすい。

傾聴は上司の大事な仕事だと気持ちを切り替え、「聞くこと」を中心に、部下とのコミュニケーションの向上、あるいは再構築に取り組んでいただけたら幸いだ。

次回は、部下の話に真剣に耳を傾けることで、上司自身も大きな得をするという話をしてみたい。

 

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