明日を生き抜く知恵の言葉

第42回

名将に学ぶ「勝てるリーダー」の思考法④先手を取り、主導権を握ることに知恵を尽くせ

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

相手の不意を突くには工夫が必要

前回は、織田信長と武田信玄のエピソードを交え、「戦いの原則(The principle of battle)」の中の「奇襲の原則」と「機動の原則」について解説した。

奇襲は機動と密接な関係にある。機動は「戦場で軍勢が、ある行動から別の行動に素早く移ること」を指す。この機動力を活かし、相手にこちらの意図や動向を悟られないよう身を隠しつつ、迅速に有利な位置に移動する。そして、不意を突いて一気呵成(いっきかせい)に攻め、相手側に動揺や混乱を生じさせる。

そうやって、戦いを有利に進めるのが奇襲という戦法だ。こちらの動きが相手に悟られず、相手側の予想を超えるものであればあるほど、奇襲の効果が高い。

前回、奇襲には失敗のリスクがつきもので、多用するのは禁物だという話をしたが、奇襲が成功すれば、自分たちが戦いに費やすリソースや努力以上の成果を得られる可能性がある。

問題は、どうやって相手にこちらの意図や動向を悟らせず、奇襲を成功させるかということだ。ちょっと考えれば誰でも思いつくような安易な奇襲は、失敗する可能性が高い。

たとえば敵に向かって直進することを避け、迂回(うかい)をする場合があるが、単純に回り道をするだけでは、敵にやすやすと対策を取られてしまう。だから、自分たちの意図や動向を相手側に悟らせず、有利な状況で攻められるように、さまざまな計略が用いられるわけだ。

前回記事で引用した『孫子』の言葉に、「『遠近の計』をいちはやく察した者が勝つ」と書いてあった。この「遠近の計」は、奇襲を成功させるための計略の1つに挙げられる。

「遠近の計」とはどんな計略で、なぜ、この計略をいちはやく察知した者が勝利を収めるのかについて、考えてみよう。

【遠近の計】(迂直〈うちょく〉の計ともいう)
「回り道を近道に変えてしまう」計略。自分たちは遠回りをして、ゆっくり移動しているように見せかけながら軍勢を進める。その一方で、たとえば味方の別働隊に、別の地点から敵を攻撃させ、わざと負けさせる。そうやって敵に利益を与え、油断をさせて時間を稼ぐ。自分たちはその間に軍勢をスムーズに進めることができるので、結果的に近道をするのと同じ効果が得られる

上記の解説では、自分たちの軍勢が、遠回りをしているように見せているあいだに陽動作戦(*)を行い、相手側の注意をそらして時間を稼ぐ例を挙げた。自分たちはその隙に、有利な位置に移動し、不意を突いて一気に攻撃をかけるというわけだ。
(*)自分たちの意図をごまかし、誤認させるために取られる作戦

本当の真剣勝負は「先手必勝」

本連載では計略の詳細にまでは深く立ち入らない。実際にどう計略を行うかより、なぜ戦いの場で、このように複雑で奥の深い計略が用いられるのかを、経営者や組織を率いるリーダーに理解していただくことのほうが大切だと思うからだ。

なぜ、名将たちはこうした計略を用いたのか。

それは、戦いでいかに先手を取り、主導権を握るかということが、勝敗を分ける大きなポイントになるからだ。

主導の原則:戦いの主導権を、自分たちが握ること。相手の出方を待って攻めるのではなく、自ら選択した時間と場所で行動するために知恵を尽くせ(本連載第40回記事の文末に記した【戦いの原則(抜粋)】より)

戦いで主導権を取るためには、こちらの有利な場所に相手を誘い込み、タイミングを見計らったうえで、最初の攻撃で相手を圧倒する。または有効打を与えることがセオリーだ。

けっして相手に先手を取られてはならない。だから名将たちは、緒戦(しょせん/戦いの序盤)で自分たちがいかに有利な場所やタイミングで攻撃できる状況を作り出すかに知恵を尽くし、用意周到な計画を立てて戦いに臨んだ。

その意味で、先に紹介した「遠近の計」と呼ばれる計略も、緒戦を有利に戦える状況を作り出すための、駆け引きの1つだったのだ。

自分たちが仕掛けた「遠近の計」に相手がいち早く気づき、対策を取られればこちらが敗れる。逆に、相手がこちらの計略に気づかなければ、自分たちは序盤から有利に戦いを進めて相手を圧倒できる可能性が高まる。だから『孫子』は「『遠近の計』をいちはやく察した者が勝つ」と教えているわけだ。

とくに実戦では、相手からの第一撃で決定打を食らったらおしまいだ。最悪、その一撃で二度とリングに立てなくなるかもしれない。

平時の戦いでは、一度負けても再チャレンジが可能だ。負けから学び、気づきを得てさらに実力を高めることができる。ところが、かつて名将たちが繰り広げた本当の真剣勝負では、負けは即、死を意味する。最悪でも五分五分の引き分けでなければ、生きて帰れない。

だから名将たちは実戦で、戦力を小出しにして戦うことを避け、第一撃で相手を圧倒するために、どう攻撃するかに知恵を尽くした。実戦では先手必勝が原則なのだ。

ビジネスの文脈に置き換えて考えてみよう。

経営者や組織を率いるリーダーにとって、どうしても成功させたい「ここ一番の大勝負」というものがあるはずだ。ここ一番の勝負に臨むリーダーは、発想を転換する必要があるかもしれない。

部下たちには笑顔で接し、励ましの言葉をかけつつも、少なくとも自分自身では「一度負けても次に勝てばよい」、「負けたら失敗をどう取り返すか」という考え方を捨てる。そのぶん、「緒戦で相手をどう圧倒するか(戦いの序盤でいかに有利な状況を作り出すか)」、形勢が悪くなっても「最悪引き分けに持ち込み、どうリカバーするか」に考えを集中させるのだ。

機動力を活かす「二段構えの戦法」

最後に、機動力を駆使して戦った武田信玄にまつわる、世間ではあまり知られていないエピソードを紹介しよう。

前回記事で、「其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山(**)」という武田軍が掲げた軍旗について話をした。
(**)其(そ)の疾(はや)きこと風の如(ごと)く、其の徐(しず)かなること林の如く、侵(おか)し掠(かす)めること火の如く、動かざること山の如し

じつはこの軍旗を使うにあたって、「其疾如風」という言葉が適切かどうか、部下から疑問の声が上がっていた。

「(武田軍の軍旗の)第1の旗に『其疾如風』の言葉を染め付け、信玄を支えた側近の馬場信房(ばば・のぶふさ)、内藤昌豊(ないとう・まさとよ)、高坂昌信(こうさか・まさのぶ)らに見せたときのことだ。信房は『言葉の意味をよく理解せず、(殿の)尊いお考え方も知らずに申し上げるのは恐縮ですが、『風』という文字に戦いの道をたとえるのはどうかと存じます。『風』の字には非常に激しいイメージがありますが、強風もいずれ弱まります。(中略)それでは危ういような気がいたします』といった。

信玄は信房の話を聞き、『それはまことにもっともなことだ。そうではあるが、その(『其疾如風』と書かれた)旗は先鋒隊(せんぽうたい/先頭に立って戦う部隊)に持たせるものだ。私が率いる本隊が、その風を引き継ごうではないか』と答えたので、信房は『殿は、(先鋒と本隊の)二段構えで勝つ戦法を会得されましたな』と述べた」(『名将言行録』巻之七より訳出)

信玄の側近の1人である馬場信房が指摘したのは、どんなに強い風であっても、時とともにその勢いは衰える。だから、われわれ武田軍の戦い方を風にたとえることには疑問があるということだった。

だが、信玄は緒戦で先鋒隊が起こした風を、自身が率いる本隊が引き継ごうといった。

風のように機動力を活かして戦う先鋒隊の勢いが、いつまでも続くわけではない。だから、先鋒隊は戦いの序盤で機動力を活かして動き回り、相手を混乱させ、突破口を作ってくれればよい。そこから本隊が一気に攻め込み、圧倒的な打撃力を活かして勝利を確かなものにするということだ。

このように、先鋒隊と本隊のチームワークを活かして戦うことが、信玄が会得した二段構えの戦い方だった。

読者の皆さんのビジネスや普段の仕事のなかで、二段構えの戦い方にはどんなものが考えられるだろうか。

たとえば、新規事業部門が機動力を活かして縦横無尽に動き回り、新商品や新サービスの周知やニーズの掘り起こしをはかり、市場開拓の突破口を切り開く。そして、そこで得たノウハウや知見を引き継ぎ、全社を挙げて一気に本格展開に打って出る。

また、私が以前取材したある企業では大胆な組織改革を行い、営業部門が受注した案件の顧客対応を、サポート部門のコンシェルジュがすべて引き継ぐ仕組みを構築していた。

その結果、営業部門では顧客対応に費やす時間を減らし、新たな顧客の獲得に専念できるようになった。

社内のコンシェルジュは、商品受注後の業務や納入後のサポートを一手に引き受け、高い顧客満足の創出とロイヤリティ向上に努める。それによってアップセル(既存顧客に、より上位のグレードの商品・サービスに乗り換えてもらうこと)の獲得につなぎ、サポート部門でありながら業績向上にも貢献していた。

取材で話を聞いた同社のCEOは、「オフェンスとディフェンスの連携」と話していたが、これも社内のチームワークを活かした巧みな二段構えの戦い方だといえるだろう。

読者の皆さんがマネージする企業や組織、チームにも、二段構えの戦い方で競争力を高める余地が残されているのではないだろうか。

 

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