現場発「ものづくりイノベーション」最前線

第9回

女性の「誰にも相談できない悩み」を解決する世界初の医療機器を開発――三井メディカルジャパン 三井桂子社長①

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

女性の5~10%がかかる「骨盤臓器脱」

人体の腰部を形作る骨盤の底部に、骨盤底筋という筋肉がある。骨盤底筋は、骨盤内臓器(子宮、膀胱、直腸)を支えるほか、排尿や排便をコントロールするなどの役割を担っている。妊娠や出産、加齢などで骨盤底筋が弱り、骨盤内臓器の1つまたは複数が下がって膣から出てしまう女性特有の病気が、骨盤臓器脱だ。

骨盤臓器脱の初期症状

症状としてよく聞かれるのは「下腹部に違和感がある」、「子宮が下がる感じがする」、「トイレに行ってもスッキリしない」、「ピンポン玉のようなものが出てくる」ということだ。夕方になると違和感や異物感が強くなることも、この病気の大きな特徴だ。

病気が進行すると、尿漏れ、排尿困難や排便困難、性機能障害なども起こる。痛みや出血のため歩行困難になることもあり、生活の質(QOL)が著しく低下する。強い不快感を抱えているにもかかわらず、恥ずかしさから病院にも行けず、家族や知人にも相談できない。1人で悩んで思い詰め、生きる希望を失う患者もいるほどだ。

骨盤臓器脱はまだあまり知られていない病気だが、有病率は女性の5~10%といわれる。50代以上の女性の約3割が罹患(りかん)するという報告もある。高齢になるほど有病率は高まるが、2、30代で罹患する人もいるという。

根治には手術が必要となるが、手術にはリスクがあり、持病があって手術を受けられないこともある。手術をせずに症状を和らげる保存的治療法として、リングペッサリー(膣内に挿入して臓器を支える器具)が用いられるが、体に合わない人もいる。

こうしたなか、下着感覚で履くことで、体に負担をかけず手軽に保存的治療が行える、画期的な医療機器(一般医療機器〈クラスⅠ〉)として開発されたのが「フェミクッション」だ。

2007年に発売された「フェミクッション」のユーザーは、日本国内にとどまらず、世界40カ国、15万人におよぶ。日本、アメリカ、ヨーロッパを始め、世界の6つの国および地域で特許を取得済みだ。

「フェミクッション」スターターキット。写真左後列に見えるのが、2024年12月に発売された、普通の下着のように履ける「ベルトレス版フェミクッション専用サポーター」。写真左前列の「クッション」を「ホルダー」(写真右前列)にセットし、サポーターに固定する。クッションがデリケートゾーンに当たるようにサポーターを履き(次の画像「装着イメージ」を参照)、クッションを密着させて固定する。同社ホームページ(https://urogyne.jp/)でオンライン購入も可能

「フェミクッション」の装着イメージ

「フェミクッション」の機能はシンプルだ。(臓器が膣内に戻っている状態で)デリケートゾーンを「クッション」でおさえ、「ホルダー」と「サポーター」で押し上げて骨盤内臓器が下りてこないように保持する(上記の写真・画像参照)。

装着後すぐに症状が緩和され、腹圧がかかっても臓器が外に出てくることがなくなり、安心して日常生活を送ることができるようになる。就寝時などは装着の必要がなく、繰り返し洗って衛生的に使用が可能。下着のように見えるデザインを採用し、「病気のことを誰にも知られたくない」という女性の心理に配慮した。

「悩める女性の代弁者」として患者に向き合う

この「フェミクッション」の開発者が、三井メディカルジャパン(本社・東京都中央区)代表取締役の三井桂子氏だ。経営者の家系に生まれた三井社長は海外生活を長く経験し、結婚後にハワイで子育てをしていた。

当時、三井社長がハワイで知り合ったある日本人女性も骨盤臓器脱の症状に悩んでいたが、骨盤臓器脱という病気は一般にはまだ知られていなかった。

ちょうどその頃、三井社長は日本に一時帰国した。すると、たまたま見かけた新聞に、彼女がハワイで知り合った日本人医師の取材記事が掲載されていた。記事の内容は、まさしく骨盤臓器脱分野に関するものだった。

三井社長がハワイに持ち帰った新聞記事を見た知人女性は、自分がこれまで悩んできたのは骨盤臓器脱の症状だったということを、そのとき初めて知ったという。

「それ以前は、そのような情報は一切ありませんでした。だから実際に症状がある人も、自分が病気だということに気づかないまま過ごしていたのです」と三井社長は話す。

今もなお、骨盤臓器脱という病気の存在は、一般にはあまり知られていない。かつては、女性たちが未知の症状に悩み続けた末、勇気をふりしぼって病院を訪れても、産婦人科や泌尿器科をたらい回しにされるのは日常茶飯事だった。医療機関にも骨盤臓器脱を専門とする医師が少なく、「歳(とし)のせいだから仕方がない」と片付けられることも少なくなかった。

病院を転々として、「8人目で専門の医師に出会えた」という人も珍しくないという。だが、やっとの思いで専門の医師に出会えても、いきなり手術が必要だと宣告され、ショックを受ける患者が多い。

「患者さんとしては、手術はハードルが高いので、その前に何か試したいと思うでしょう。でも現状では、他の選択肢はリングペッサリーしかありません。何か、履くだけで症状が和らぐ治療用機器があったらいいのではないかと考えました」(三井社長)

そこで三井社長は、女性の体にできるだけ負担をかけない骨盤臓器脱の治療用機器を開発しようと思い立つ。

これまで世界で誰もなしえたことのない、初の試みだ。三井社長はまず、できるだけ多くの患者に向き合い、悩みをひたすら聞くことから始めた。ハワイと日本を行き来しながら、リングペッサリーが合わない人や、手術が難しい人など、約40名の患者から現状の課題をヒヤリングした。

患者たちの声を聞き、製品の構想が固まったところで、三井社長は日本に帰国し、2006年に会社を設立。医療機器製造販売業の登録および医療機器届出を行い、2007年に「フェミクッション」の製造販売を開始した。

三井メディカルジャパン代表取締役の三井桂子氏。「悩める女性の代弁者として、女性特有の医療に関する課題を取り上げ、女性の視点に立って、より良いソフト面・ハード面の解決策を見つけることで、社会に大きく貢献する」ことを企業理念に掲げている

女性目線の「優しい医療機器」の開発に挑む

「フェミクッション」が実際にどう開発されたのかを紹介する前に、三井社長は製品開発にあたり、どのような問題意識のもとで、製品のビジョンやコンセプトを描いたのかをまず整理しておこう。

まだ誰も手がけたことがないオンリー・ワンの製品開発に取り組むのだから、まず開発者が「真っ白なキャンバスに何を描くか」が重要になる。製品に、具体的にどのような形状や機能を持たせるかを考えるのは、そのあとの話だ。

「医療機器はだいたい、頭のいい男性が考えて作ることが多いと思います。だから製品が、形も(使い方も、ユーザーにとって)とても難しいものになりがちです。『医療機器は病気を治すものだから、これでいい。これを使いなさい』と、『上から目線』のような印象があります。しかも、取扱説明書も(難しくて)あまり優しさを感じません。女性目線で作られた医療機器が少ないと感じていました」(三井社長)

では、三井社長が目指す「女性目線の医療機器」とはどんなものなのか。

「モノ(としての機能や性能)もそうですが、製品を、ユーザーの女性たちが日常生活の中で手軽に使えることが何よりも大切です。また(骨盤臓器脱は病気の特性上)家族にも相談できないという患者さんが多いので、それが病気の治療のための器具だと気づかれないようにする配慮も必要です。

若い方では30代から、年齢が上のほうでは90代の方までが製品をお使いなので、とにかく幅広い年齢層の女性にとって受け入れやすいもの、年配の方でも取扱説明書を読んできちんと理解できるものにしなければなりません。加えて、インターネットなどで手軽に購入が可能で、それを使うことで(不快感や痛みなどが解消され、悩みを抱える女性たちが)普通の生活に戻っていただけるものを目指して開発に取り組みました」

開発の初期段階では、三井社長自らが手作りした試作品を患者に試用してもらい、使用状況を確認しながら改良を重ねていった。

「最初は『こんなものは使えない』、『これは痛くて駄目だ』などの厳しい意見をいただきました。でも、患者さんたちは困っていて、今彼女たちに向き合えるのは私しかいない。私がいいものを開発すれば、彼女たちは救われるのです。だから意見をいって下さる患者さんたちは真剣でした。『こんなものは使えない』という厳しい声も、『三井さんは私たちの期待を背負っているのだから頑張って下さい。だからきちんと、いいものを作ってください』というエールだったのです」(三井社長)

三井社長は、「自分がやらなくて誰がやる。目の前にいる40人の患者さんの生活は、私の製品いかんにかかっている」という使命感を抱き、開発に取り組んだ。

製品開発の大きなポイントは、デリケートゾーンに直接触れて、臓器が膣外に出てくるのをおさえる「クッション」と呼ばれる部品にあった。

当初、生体適合性の高い材料であるシリコンを成型してクッションを製作していたが、硬くて重く、不満が多かった。試行錯誤を重ねた結果、三井社長はホルダーを三層構造にすることを思いつく。

デリケートゾーンに触れるクッションの表面をシリコンの膜で覆い、その中にスポンジ製のクッション材を入れるのだ。これで「クッションが硬くて痛い」という課題はクリアできたが、クッション材だけでは柔らかすぎて、下がってきた臓器を押さえきれない恐れがあった。そこでホルダーの下部に硬めの素材を用い、しっかり支える構造にした。

クッション上部で優しく受け止め、下部でしっかり支える、というわけである。

製品開発の常ではあるが、開発者が思い描いたコンセプトを現実の形にするのは、やはり難しい。図面に起こした段階ではよさそうに見えても、製品を実際に形にしてから、問題や課題が次々と生じる。それらを1つひとつ潰していく、地道な作業が続くのだ。

しかも、試作を終えて量産に移行する段階で、新たな問題や課題が起こることが少なくない。試作品を作り上げるのも大変だが、製品を量産することは、さらにハードルが高い。ここでは詳細まで立ち入らないが、「フェミクッション」の開発でもそうだった。開発費や特許の申請・取得にかかわる費用もかさみ、資金調達面でも苦労が絶えなかったという。

「世の中に前例のない製品なので、モノを作るだけではなく、権利化もきちんとしなければなりません。(『フェミクッション』の)ユーザーになりうる女性は世界中にいるわけです。知財を世界でおさえておくことが必要でした」と三井社長は話す。

開発に行き詰まって落ち込んでいたとき、息子がかけてくれた言葉に励まされ、元気を取り戻したこともあった。

三井メディカルジャパンのホームページ/https://urogyne.jp/

「売ってくれてありがとう」――ユーザーの感謝の声に応える

まだ誰も手がけたことがなく、前例のない製品の開発は、ものづくりだけでは終わらない。製品とともに、市場も作り上げる必要がある。

有病率には諸説あるが、骨盤臓器脱という病気が一定割合で存在する以上、「フェミクッション」を必要とする潜在ユーザーが確かにいることはわかっている。三井社長は、保険会社が主催する女性向けのイベントを始め、さまざまな機会をとらえて、女性が集まる場に足を運び、同社のこれまでの取り組みと思いを伝え続けた。

骨盤臓器脱とはいったいどんな病気なのか。そして、三井社長はこれまで、人知れず悩んでいる女性たちにどう寄り添い、「フェミクッション」を作り上げたのか。

こうした草の根の活動を通して、骨盤臓器脱という病気に対する理解と、同社の取り組みへの共感を広げる一方、三井社長は医療機関や医療従事者の「フェミクッション」に対する認知向上にも取り組んだ。

今では、手術前に「フェミクッション」を使用することで術後の経過が良好になり、手術後の使用によって再発のリスクが軽減されることも明らかになっている。その結果、医療機関で「フェミクッション」を活用する医師も増え、全国2000施設以上で使われるまでになった。

今、同社には、「フェミクッション」を購入し、日常的に使用するようになった女性たちから感謝のメッセージが多数寄せられている。

「この病気に限っては、『もう死んでしまいたい』と思っていた患者さんたちが、何人もいらっしゃるのです。あるお客様が『フェミクッション』を購入して約1週間後にお電話を下さったのですが、『私にこれを売ってくれてありがとう。これで私の人生には、何も悩みがなくなりました』と話して下さいました」(三井社長)

同社では、製品1つひとつに、三井社長のメッセージを記した手紙を同封し、梱包作業を行っている。

同社が徹底しているのは、製品に関わる全員が「『この子』たちが患者さんの元に無事届き、お役に立ちますように」と思いを込めながら、それぞれの役割を果たすことだ。

その思いは、梱包作業はもちろん、工場で各工程の現場を動かす担当者から、顧客の注文を処理する業務部門の担当者に至るまで変わらない。

こうした、作り手の製品に対する思い入れは時代遅れだと考える人もいるかもしれないが、一概にそうともいえない。本連載コラムの第6回記事に記したように、ソニーの自律型エンタテインメントロボット「aibo(アイボ)」の開発チームでも、製品を「この子」と呼んでいた。最新のAI技術を駆使したロボット開発の現場でも、自分たちが開発した製品に対する強い思い入れがあるのだ。

「フェミクッション」は、誰が提供しても価値が変わらない、コモディティ化した製品ではない。市場のどこかに、この製品をどうしても必要とする女性たちがいる。

まだ見ぬ潜在ユーザーが「フェミクッション」を知り、手に取る大きなきっかけ。それは作り手の価値観や理念、ものづくりの姿勢などに対する共感だということを理解しているからこそ、三井社長は、現場の1人ひとりが製品に思いを込めることを大切にしているのだろう。

こうした姿勢が、同社が目指す女性目線の「優しい医療機器」の実現につながっているように見える。

次回は、「フェミクッション」に始まる同社の医療機器の開発や医療関連ビジネスが、今どのように広がっているのか。三井社長は同社の今後の取り組みについて、どのような展望を抱いているのかを掘り下げていく。

――次回に続く――

 

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