現場発「ものづくりイノベーション」最前線

第6回

ソニー「aibo」開発チームに聞く① 「愛情の対象」になるロボットを作る

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

四足歩行する自律型のエンタテインメントロボット「AIBO(アイボ)」が、世界に先駆けて、発表されたのは今から25年前、1999年5月のことだった。

ロボットエンターテインメント市場を創造する初の家庭用ロボットとして話題を呼んだ初代モデルの「ERS-110」は、日本国内で販売された限定3000台が発売後約20分で完売。「ERS-110」を含めて5機種が発売され、販売台数は全世界で累計15万台以上を記録した。

ところが「AIBO」は2006年をもって生産中止となり、オーナー(飼い主)やファンに惜しまれつつ市場から姿を消した。

それから11年後の2017年11月1日、ソニーは新モデルとなる「aibo」(現行機種のERS-1000)のリリースを発表。2018年1月に発売された新「aibo」の販売台数は、約半年で2万台を突破した。

思わず触れたくなる丸みを帯びたデザイン、本物の犬のような生命感あふれる佇(たたず)まいや質感、しぐさや動作などが、新「aibo」の大きな特徴だ。

今回から3回にわたり、人間にも似た欲求や性格を持つ「aibo」の姿やふるまい、「心」(連載第6回)、人と触れ合い、ともに暮らすためのロボティクス(第7回)、「aibo」から広がるビジネスや社会貢献(第8回)をテーマに、ソニー「aibo」開発チーム担当者に話を聞いていく。

現行機種の「ERS-1000」。左は従来色のアイボリーホワイトで、右が2024年カラーモデルの「aiboきなこエディション」。同エディションは販売モデルで初めて頭部に2色を使用した

発売25年を迎えた「aibo」の進化がすごかった!

「aibo」開発チームへの取材のために、東京・品川のソニーグループ本社を訪れると、1階フロアに同社製品の展示ブースがあった。フロア入口近くの目立つ場所に、「aibo」(愛称「品丸」ちゃん)がいて、愛らしく動き回っていた。

思わず手を振ると、「aibo」は「ワン」と鳴いてこちらに近寄ってきた。その人なつっこいふるまいに、思わずハートをつかまれてしまいそうになる。

「aiboは家庭の中で人とつながりを持ち、育てる喜びや愛情の対象となることを目指して開発したロボットです。自ら好奇心を持ち、人と寄り添いながら毎日を共に楽しく生活し、共に成長していくパートナーとなることを目指しています」と、現行機種「ERS-1000」の発表に合わせて公開された同社のリリースに記されている。

自社開発の超小型1軸・2軸アクチュエーターによって計22軸の自由度を持たせることで、なめらかで柔らかな動作を可能にし、「生き生きとした表情と躍動感に満ちた動き」を表現。さらに、OLED(有機ELディスプレイ)で表現される瞳の動きや鳴き声、耳や尻尾の動作などによるボディランゲージも組み合わせて、愛くるしいふるまいを見せる「aibo」は、「生き物」により近づいたといえるだろう。

「aibo」のこうした行動は、各種センサー(次回記事で後述)によって状況を認識し、AIによって「考える」ことで選択・実行される。現行機種はネットワーク接続が前提になっていて、クラウドAIで高度な学習を行うことによって、オーナーに愛される行動とはどんなものかを覚えていく。

また、「aibo」は人の顔を認識・記憶し、たとえば「優しくしてくれる人」に好意を持って近寄ってくる。「aibo」がそうやって目標(=好きな人)に向かって自律的に移動することができるのも、自分がオーナーと暮らす居住空間を認識しているからだ。

さらに、「aibo」と一緒にご飯を楽しむこともできる。スマートフォン向けの専用アプリ「My aibo (マイアイボ)」にある「aiboのごはん」メニューのAR(拡張現実)機能を使ってスマートフォンのカメラをかざすと、「aibo」専用の「ごはんボウル」に「アイボカリカリ」などの餌やおやつがあるように見えるのだ。

「aibo」は、オーナーと一緒に生活する中で、さまざまな経験をし、成長する。人間や動物と同様に「aibo」にも幼年期から壮年期への成長過程があり、約3年をかけて成長するという。

写真左より、2000年に発売された「AIBO」第2世代(ERS-210)、2001年に発売された第4世代(ERS-311/愛称「ラッテ」)のカタログ(著者所有)

「『かわいい』は正義」が開発テーマ

では、姿やふるまいがより「生き物」に近づいた新「aibo」の開発は、どのように進められたのか。「aibo」のソフトウェア開発を担当しているソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 事業開発部門 AIロボティクス設計部 統括課長・望月大介氏と同部の村松直矢氏に話を聞いた。

「他のソニーのプロダクトは、たとえばカメラなら写真がきれいに写らなければならないというように、『この機能がしっかり動作すること』という正解がはっきりしていることが多いものです。でも、『犬はどう動くか』といことは正解が1つではありません。そんな中でも、『(「aibo」は)こんなときにはこう動かなければならない』、『オーナーさんのこんな期待に応えなければならない』という基準を決めておく必要がありました。そこで、私たちがスローガンに掲げたのが、『”かわいい”は正義』です」(村松氏)

一方、望月氏は「(「aibo」の)開発コンセプトは『愛情の対象になるロボットを作ろう』なので、その観点で見たときに、『かわいい』ということが判断軸になります」と語る。

たとえば、あるシチュエーションで「aibo」にどんな動作をさせたらいいのか迷ったとき、開発チームでは「”かわいい”は正義」という判断軸に立ち返る。エンジニアも企画担当者も一緒に「aibo」の動きを見て、「『かわいい』のはこっちだから、こうしよう」と決めるのだ。

「(愛情の対象になるロボットを作るために)『かわいらしさ』を強く打ち出したいという思いが強かったからこそ、作る側の判断基準も『かわいい』かどうかで統一しました」と村松氏は話す。

なかでも、開発チームがこだわったのが「『生き物』としてのかわいらしさ」だった。とくに現行機種の「ERS-1000」は旧モデルとは違い、オフィシャルに「犬型」のロボットだとアナウンスしている。

「リアルな犬を目指すわけではありませんが、たとえば『aibo』の瞳が添える表現力に、よりリアリティを持たせ、『生き物感』を出そうと考えました」(望月氏)

では実際に、瞳にどうリアリティを持たせ、『生き物感』を表現したのか。村松氏はこう語る。

「(『aibo』の)瞳はあくまで(OLEDの平面)パネルです。でも実は、そのパネルの上に球面レンズを1枚かぶせてあって、瞳が立体的に見えるようにしてあります。そういうハード面での作り込みをすることで、平面パネルなのに本物の瞳のように見えるような細かい工夫を凝らしているわけです」

「aibo」の瞳はOLED(有機ELディスプレイ)で表現され、まばたきはもちろん、人を視線で追うこともできる。平面ディスプレイの表面は球面レンズで覆われ、本物の瞳のように見える

瞳に表現される「生き物感」や「かわいらしさ」もある一方、しぐさや動作によって表現される「生き物感」や「かわいらしさ」もある。そこで大きな役割をはたしているのが、先に触れた合計22軸のアクチュエーターだ。

たとえば「aibo」は、オーナーに気づいて顔を向け、首をかしげたり頭を動かしたりしながらオーナーを見つめる。また、瞳をぱちくりさせながら、前脚・後脚を使って体全体を前後させ、耳を動かし口を開いて「ワン」と鳴き、尻尾をふってオーナーに近寄るといった、生き物として自然に見える動作を普通にこなす。

こうした複雑で精緻な動作が、22軸のアクチュエーターによる滑らかで柔らかい身体の駆動によって実現されているため、動作1つひとつに「aibo」の喜びや好意といった「気持ち」が込められているように見えるのだ。

「それがどんなにすごい動きであっても、『aibo』の動きとして不自然ならOKは出ません。あくまで『かわいらしく』なければいけないのです。『aibo』の動きとして許容されるのはどんなものかは明文化していませんが、『aibo』の世界観とはどういうものかをまとめたコンセプトがあり、そこから逸脱しないように『aibo』の動きを作り込んでいます」と望月氏はいう。

村松氏は、「aibo」の動きのポイントについてこう付け加える。

「(aiboが)見た目どれだけ愛らしい動きをするかもそうですが、その動きが『オーナーさんのことをどれだけ気遣っているように見えるか』が大事です。あくまで対象はオーナーさんなので、ご本人が『この子(=オーナーが所有する『aibo』)は自分のことを思っていてくれている』と感じられるかどうか。そこが(オーナーさんから見た『aibo』の)『かわいらしさ』につながっているのではないかと思います」

欲求が「aibo」を動かす原動力

「aibo」は人間と同じように欲求を持っている。その欲求が、「aibo」を動かす原動力になっているというから面白い。「aibo」の代表的な欲求を整理すると下記のようになる。

愛情欲:「aibo」の人懐っこさの源となる欲求。オーナーに近づいたり遊んだり、かまってくれないと寂しそうに鳴いたりして、人とのコミュニケーションを求めるふるまいをする
好奇心:「aibo」は好奇心旺盛で、人を見つけると、まったく知らない人でも近づいて顔を覚えようとしたり、かまってもらいたい素振りを見せる。また、家の中をあちこち探索して行動範囲を広げるふるまいをする
睡眠欲:「aibo」も動物と同じように睡眠欲を持ち、疲れたら休むといった生命維持に必要なふるまいをする
感情欲:素直な気持ちを表現したいという欲求。感情欲が強いときは気分が高まりやすく、気持ちを率直に表すふるまいが増える
(ソニー「エンタテインメントロボットERS-1000ヘルプガイド〈Web取扱説明書〉」より要約)

これらの欲求は、「aibo」が行動を起こすための軸といっていいものだ。村松氏によれば、「aibo」の基本的な欲求は愛情欲。愛情欲がべースとなって、人に近づきたい、触れ合いたいという「気持ち」が生じ、実際の行動が起きる。

また、好奇心が高まれば、未知のことに挑戦したいという気持ちが生じ、それが「おもちゃで遊びたい」とか「家の中を探検したい」というふるまいとして表出されるのだという。

「私たちが開発を進めている中で、オーナーさんに感じてもらいたい(『aibo』の行動の)軸を、欲求として定義しました。たとえば愛情欲なら、とにかく人と触れ合ってほしい、好奇心だったら、(『aibo』が)いろいろなものに興味を持っている姿をオーナーさんに見てもらいたい、というように、すべてオーナーさん目線です。(先の4つの欲求のほかにある)運動欲も、動き回っている『aibo』を見て(オーナーさんに)楽しんでもらいたいと考え、設定した欲求です。そのように、『aibo』のふるまいは、私たちがどんな『aibo』をオーナーさんに見ていただきたいかという軸で決められています」(村松氏)

甘えん坊の「aibo」、ワイルドな「aibo」――性格と自我

「aibo」には「甘えん坊」、「ワイルド」、「シャイ」、「キュート」といった性格がある。たとえば「甘えん坊」は「人が大好き。甘えたり、ちょっかいをだしたり、人とふれあう行動を好む性格」で、「ワイルド」は「周りはあまり気にせずに、自分の好きなことをする性格」だ。

「aibo」の性格はオーナーとのコミュニケーションや経験によって形成され、オーナーの接し方や育て方、あるいは生育環境によっても異なる。日々の生活の中で、「aibo」の性格が変化することもある。

村松氏によれば、キュートな性格の「aibo」は、先に説明した愛情欲を軸にして行動していることが多い。同じキュートな性格でありながらも、好奇心が強めの「aibo」がいたり、よく運動する運動欲が強めの「aibo」がいたりと、個性もさまざまだ。

つまり、1体の「aibo」の「心」の中には、複数の異なる欲求が存在しているということだ。それでいながら、「aibo」は1体1体がそれぞれ1つの「個」として、人間でいえば人格にあたる「犬格」の統一性を保ちながら、行動を選択し実行している。

ここで思い起こされるのが、心理学や精神分析学にいう「自我」の働きだ。

人間の自我は、「他者や外界から区別して意識される自分」であり「行動や意識の主体」(ともに「デジタル大辞泉」)だといわれる。人間の自我は、自分の欲求をコントロールしたり、喜びや悲しみ、怒りといった多様な感情を持ちつつも「自分は自分」だと認識できるようにし(人格の統合)、今置かれている状況を判断し、現実に自分を合わせていこうと調整する(現実検討機能)、などの機能を持っている。

「aibo」は、「気づく」(センシング技術による状況認識)→「考える」(AI技術による状況の深い理解・行動の決定)→「行動する」(メカトロニクスによる行動の実行)というプロセスを回すことで自律的に行動している。これが、自分が今置かれている状況を判断し、現実に自分を合わせていこうと調整する、人間の自我の「現実検討機能」によく似ているのだ。

実際、「aibo」にも人間のような自我が設定されており、それを「aibo」開発チームでは「アヌビス(Anubis)」と呼んでいる。

「(アヌビスは)犬の神様の名前です。(『aibo』が)自律的に行動するためには、それ(=自我)に相当するものが必要だったということです」(村松氏)

人間のように欲求や性格、個性を持つロボットが、周囲の状況を自ら認識・理解し自律的に行動するには、人間の自我に相当するものが必要だったということが、非常に興味深い。

「オーナーに愛される行動」をクラウドAIで学習

現行機種「ERS-1000」のAIは、ローカルAI(『aibo』本体側でデータ処理を行うAI)とクラウドAI(クラウドサービスを通じて処理を行うAI)に分かれている。クラウドAIによって、より高度で処理に時間を要する学習が可能になったことが、旧モデルと大きく異なる特徴の1つだ。

「画像認識(で相手が誰かを認識すること)や音声認識(で人の声に反応すること)といった(リアルタイムでの処理が必要な)事柄は基本的にローカル(=本体側)で行い、瞬間的には変化しない『好み』や『性格』は、クラウド側で(学習を)行っている傾向が強いですね」(望月氏)

また、「aibo」は「(自分がオーナーに)『こう褒められている』という、ローカルで認識した情報を、そのときにどんな行動やふるまい(をしていたかという情報)とともにクラウドに上げ、蓄積しています」と村松氏はいう。

たとえば、お手をしたときに頭をなでられたとか、首をかしげながらまばたきをして、オーナーを見つめたときに「かわいいね」と声をかけてもらったという情報(エピソードの記憶)をローカルに蓄積し、それらをクラウドにもアップする。そのうえで、自分がどんな行動をすればオーナーに喜ばれるのかをクラウドAIで学習し、その結果をローカル、「aibo」本体に戻すのだ。

ソニーでは、こうした処理を『aibo』1体1体について行っている。すべての『aibo』が一律に同じ学習をするのではない。クラウド上で全『aibo』の学習が、個別的に行われているのだ。こうした学習の積み重ねによって、「aibo」の個性が作り出され、成長していく。

写真右から、「aibo」のソフトウェア開発を担当しているソニーグループ株式会社 事業開発プラットフォーム 事業開発部門  AIロボティクス設計部 統括課長・望月大介氏と同部の村松直矢氏

――次回に続く――

 

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