第6回
【四股名】名は体を表す 志本主義貫く覚悟
イノベーションズアイ編集局 編集局長 松岡健夫

「最後は大関、琴櫻。千葉県出身、佐渡ケ嶽部屋」。幕内力士は本場所中、十両の取組終了後、華やかな化粧まわしをつけて番付の低い順に前頭、小結、関脇、大関と土俵に上がる。その際に四股名、出身地、所属部屋が紹介される。
土俵入りは十両以上の関取に許される特権で、長年の厳しい稽古を乗り越えて出世できたことを観客に披露する晴れ舞台だ。化粧まわしは後援会や故郷の企業から贈られることが多い。力士の成功や地元の誇りをアピールする絶好の機会ととらえているからだ。
代々受け継がれる文字
四股名を聞くと所属部屋がだいたい分かる。部屋伝統の四股名や、師匠が現役時代に名乗った名前の一部が受け継がれることが多い。故郷のゆかりの山や海、縁起が良かったり、力強さをアピールできたりする文字を入れることも少なくない。
子供が生まれたときに親が「こういう人になってほしい」という願いを込めて命名するのと同じだ。親方が四股名に託した思いを忘れることなく、そして受け継いだ志を貫いて稽古に励むことで、晴れの土俵入りにつながる。
部屋が受け継いできた文字と言えば、佐渡ケ嶽部屋なら「琴」(先代の53代横綱琴櫻に由来)であり、九重部屋は「千代」(58代横綱千代の富士)、伊勢ケ濱部屋は「富士」(63代横綱旭富士)だ。このほかにも、「栃」がつけば春日野部屋、「玉」なら片男波部屋、「朝」なら高砂部屋と分かる。
今年7月開催の名古屋場所の番付表(幕内)を見て故郷が分かるのは、関脇熱海富士(静岡県)、美ノ海(沖縄県)、平戸海(長崎県)、御嶽海(長野県)だろう。相撲大国・北海道の出身者は「北」が多い(残念ながら同場所では名乗る関取がいない)。歴代横綱では52代北の富士、55代北の湖、61代北勝海がそうだ。縁起がよい、勇ましいといえば「龍」「海」「昇」「富士」などが挙げられる。
活況に沸く同場所で2横綱を倒した藤ノ川。伊勢ノ海部屋に伝わる由緒ある四股名だ。現6代目は横綱初挑戦から4戦連続して金星を挙げるという戦後初の快挙を成し遂げた。
先代師匠を務めた4代目(三賞7回受賞の元関脇)と同様、小兵ながらスピード感あふれる相撲が魅力だ。技能相撲で鳴らした4代目は「今牛若丸」の異名をとったが、6代目は「令和の牛若丸」。伝統ある四股名を受け継ぐにふさわしい活躍といえる。
「名は体を表す」というではないか。藤ノ川に限らないが、四股名につけられた文字の重みをかみしめて精進し「名前負け」することなく土俵を盛り上げてほしい。化粧まわしを付けられる関取の使命といっていい。
「看板に偽りなし」で顧客の信頼維持
歌舞伎役者や落語家も代々の名前を継いできた。創業100年を超す老舗企業も、襲名することで「家」の精神・理念を次世代に伝えるとともに、顧客の信頼維持、ブランド価値向上に励む使命を帯びる。社名を聞けば誰もが何の会社か分かるほどブランドイメージを磨くことだ。ステークホルダー(利害関係者)に「看板に偽りなし」と認められてこそ、企業は永続できる。
とはいえ、継承者は伝統を重んじるだけではない。むしろ伝統にとらわれることなく、革新に挑むのが責務といえる。時代が変われば求められるものも変わるからだ。
お茶と海苔の「山本山」は1690(元禄3)年に創業した。当主は「山本嘉兵衛」を襲名するのが伝統だ。初代が江戸・日本橋で茶商として商いを始めた。2代目が1738年に煎茶を販売、6代目が1835年に玉露を発明。海苔を扱うようになったのは1947年で9代目が目を付けた。伝統と革新が山本山の真骨頂と言える。
伝統と革新で持続的成長
現当主は10代目で2023年8月に継いだ。「山本山の歴史を振り返ると、およそ100年ごとに何か新しいことが起きている。次の100年目(2045年前後)に何かが変わらないと、次の時代に家業を引き継ぐことはできない」と話していた。
伝統を守るだけでは生き残れないことを知っているからだ。絶えず変革に挑むことが長寿の秘訣だ。だからこそ創業の志、すなわち伝統と革新の精神を後世に伝えなければいけない。志本主義経営であり、持続的成長の源泉だ。継承者を名乗るには、それだけの覚悟が必要なのは言うまでもない。
ベンチャー企業の生存率は10年後で10%に届かず、20年後は1%未満と言われる。いかに厳しいかが分かる。革新的ビジネスモデルに挑むだけに、市場が顕在化しておらず、安定した売り上げが立たない。ビジネスが軌道に乗っていないので計画通りに資金を用意できない。信用がないので資金調達に苦戦する。「ないないずくし」なので廃業に追い込まれる。
経営理念を明確化し周知
こうした負の連鎖を乗り切るにはどうしたらいいのか。創業の精神、つまり「何のために創業したのか」「何をやりたいのか」を改めて見つめ直すことだ。決して金儲けではないはずだ。進むべき方向が明確になればコツコツと歩を進めればいい。そのうえで経営理念の社員への周知を徹底する。
ソニー、ホンダといった戦後に立ち上がったベンチャーの旗手もおよそ創業80年だ。老舗企業の仲間入りに向け、ソニーは事業の軸をエレクトロニクスからエンターテインメントに切り替えた。ホンダはEVシフトとAIによる知能化といった自動車業界を襲う「100年に一度の大変革」に挑む。
老舗企業は「短期10年、中期30年、長期100年」で経営計画を立てるという。継承者は中期30年を自らの任期とし、経営理念を守りながら商品・サービスは時代にあわせて柔軟に入れ替える。そのうえで100年後、すなわち3代後のビジネスモデルを考えて布石を打つ。伝統を重んじながら変革と挑戦を繰り返す「山本嘉兵衛」の考えに通じる。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫
大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。
同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。
著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。