穏やかなることを学べ

第38回

IT事業者の倒産、今年は過去最高の水準 ~勝ち残れる起業家、経営者の輩出が急務に~

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

映画「開戦前夜」で描かれた「日本必敗」の空気

映画「開戦前夜」を見て、考えさせられたことがある。猪瀬直樹氏の著書「昭和16年夏の敗戦」を原案に、太平洋戦争の開戦前、日本の若きエリートが模擬内閣で日米開戦の行方を検証するあらすじの映画で、実在した内閣機関「総力研究所」での議論を軸に日米開戦に向かう流れを描いている。

映画で描かれているのは、戦争そのものではなく、そこに至るまでの当時の「意思決定の空気」と、その雰囲気を理解しながらも「慢心してやまない人間」の怖さである。圧倒的な工業力の差を知りながらも米国との戦争に突入する軍部、それを抑えられない政府や官僚。極論かもしれないが、現在、成長を確信しながらも、過去最高のペースで“倒産の海”に沈んでいくIT事業者の姿と妙に重なって映った。

映画の中で繰り返し描かれるのは、真珠湾攻撃の4か月前には「日本必敗」が明らかになっていたという事実である。内閣、軍部に命じられる形で若き官僚や民間人達が「総合研究所」に集まり、研究の末にはじき出したのは「経済規模の格差が約9倍、重工業生産力が約20倍、石油生産に至っては数百倍ではじき出すことすら不可能という米国に勝つ手段は全くない」という結論だ。

彼らは、冷徹に数字をはじき出し、開戦は無謀でしかないと繰り返す。だが、当時、すでに中国進出を続けていた陸軍に歯止めはかけられず、映画では、現実と同様に陸軍を中心に軍部は、むしろ「石油」や「くず鉄」の輸入禁止と言う形で、米英が日本に軍事的緊張を振りまいているという理屈をひねり出す。

暴挙を生み出した“慢心”

当然ながら、模擬内閣での研究結果は無視され、軍は一気に戦争に突っ走っていく。経済力と言う意味では無謀である。むしろ、そこに軍が見出した理屈は「必勝精神があれば米英に負けることはない」「神国日本を守るのは大和魂だ」という精神力だ。暴挙が暴挙と言えない時代である。

その根底にあったのは、言うまでもなく“慢心”である。日清戦争で清国を、日露戦争では当時の超大国ロシアを打ち破り、敗戦と言う言葉を知らない国の悲劇でもある。「精神力さえあれば負けることはない」。つまり、慢心と言うものが現実を見る目をゆがめていたのだ。

中国を屈服させ、東洋を制覇した日本と、西洋の代表たる米国の戦いが人類の運命を決定するという、満州事変を企てた陸軍の戦略家、頭脳でもある石原莞爾による「最終戦争論」の妄想に陸軍全体が浸透していたとしたら、なお怖いものがある。

急増するIT事業者の倒産

では、なぜこの作品を見ながら、まったく当時の戦争と結びつかないような現在のIT企業の現状を連想したのか。実は7月末に久しぶりに会った信用調査会社の役員OBから耳にした言葉が、まだ強く印象に残っていたからだ。

「昨年あたりから急増しているIT企業の倒産の背景を知っていますか。極論ですが、業界の成長率だけを信じながら、業態全体を俯瞰(ふかん)せずに安易に投資に走った起業家が多かったからですよ。慢心、自信過剰じゃないですか」。

正直、7月にこの言葉を聞くまで、IT関連企業の倒産がそこまで増えていることは知らなかった。むしろ、逆に成長産業の代表格であると認識していたほどだ。そこで、早速、大手信用調査会社である東京商工リサーチに問い合わせてみると、少なくとも今年2026年上半期の情報・サービス業の倒産は166件で、昨年を2割近く上回る過去最高の水準と言う。

この場合の統計上のIT企業というのは、商工リサーチの場合、情報・サービス業からWEB事業者まで幅広く指すらしいので、どこまで事業の範囲を指すのかは明確ではないが、それにしても倒産件数が過去最高のペースで増加しているのは確かである。ちなみに昨年1年間のIT企業の倒産件数は276件で、今年は300件突破が確実視されている。

背景にある過剰投資と資金繰りの悪化

では“慢心”“自信過剰”という言葉の裏に何があるのか。前述した役員OBによると「圧倒的に倒産が多いのは、自らの事業の将来性を甘く見て、生成AIやノーコード化による内製化の迅速な動きついていけない小規模事業者。過剰な自信がむしろ倒産数の増加を誘発している」と言うのだ。事実、東京商工リサーチの調査でも、全体の8割以上が従業員5人未満のIT事業者の倒産だという。

中でも、その原因として顕著なのが事業の資金繰りの悪化だ。業界特有の「収入としてお金を得る前に支払いが先に出ていく構造」に耐えられない企業の脱落が、今年になってからが特に顕著と言う。確かにソフトの受託開発を例にとっても、開発人件費や外注費は毎月出ていくが、売り上げの回収は検収後となることが多い。

「受託開発では、多層な下請けで価格転嫁が難しいことに加えて、人件費の上昇が資金繰りを強く圧迫している」と帝国データバンクでは指摘する。「開発費を先に負担して、販売や契約収入して資金を得るための時間がかかるパッケージソフトの場合は、なおさら影響が大きい」。

要するに受注後の検収待ち、人件費の先払い、外注費の増加や今年に入って一層困難になっている価格転嫁といった複合的な要因を、事前に適切に分析できずに「ウチの場合は大丈夫と言う“慢心”“過信”が過去最高水準の倒産に繋がっている」というのだ。

起業家、経営者に求められる常識を超えた行動

「開戦前夜」では、例え米国に工業力が圧倒的に劣ろうと、戦争でその底力を出させぬうちに短期間で勝負をつけてしまえば勝てる」という軍人が何人も登場する。だが、歴史が証明している通り、約3年半の戦争で圧倒的な米国工業力の前に、東京をはじめ日本の主要都市が焦土となった。

現在、IT、ロボットそしてAI(人工知能)といった米国が圧倒的に先行してきた先端技術分野で、今や米国に肩を並べようとしているのが中国である。巨大な国内市場を有し、膨大なデータを収集しやすい環境のもとでIT大国、AI大国に向かう中国の成長も視野に入れながら、こうした先端技術を担う経営者、起業家にとって急務なのは、徹底したフュージビリティ(事業化調査)しかない。従来の常識を超えたより緻密な行動が急務となってきたのだ。

映画「開戦前夜」は、日米開戦の直前に「日本必敗」を主張した主役が、家族、親族のすべてを失い、焦土の東京をさまようシーンで幕を閉じる。悲劇的な幕切れだ。だが、現在の日本には長年培ってきた世界に誇れる水準の基盤技術があり、人材も輩出している。IT企業の倒産が史上最悪という状況から目を背けることは出来ないが、この現状を早急に食い止め、今後は勝ち残る起業家、経営者が先端技術の分野で相次いで輩出してくることを切に期待したい。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~基幹エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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