第27回
許されぬ中国戦略爆撃機の示威的飛行 ~ロシア軍機とともに日本列島沿いに東京方面へ~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

核ミサイル搭載可能な爆撃機が東京ルートに
正直、その情報を聞いて唖然とした。中国、ロシア両軍の爆撃機が沖縄本島と宮古島の間を抜けて太平洋を「東京方面に向かった」という今月9日の出来事である。異例とも言えるルートであり、しかも中国軍機の方は核巡航ミサイルを搭載可能な戦略爆撃機だったと言う。中露による常軌を逸した威嚇行動だ。中国戦闘機による自衛隊機へのレーダー照射事件なども踏まえると、我が国も「抑止力の在り方」を根本から問い直す時期にきていると思う。この国の覚悟が問われている。
日本側の発表によると、東京方面に飛行したのは中国の爆撃機「H6K」型。冷戦期に配備された「H6」型を改良した爆撃機で、核弾頭が装着可能な空対地巡航ミサイル「CJ20」を搭載して長距離を飛行可能な戦略型の爆撃機と言う。このH6K 2機がロシアの「Tu-95」爆撃機2機と護衛戦闘機を伴って、東京に向かう飛行ルートを取ったというのだ。
「恫喝」としか言えない行為である。飛行ルートを見ると、中露軍機は沖縄本島と宮古島の間を抜けた後、唐突に進路を日本列島に向け九州を抜けて日本列島を沿う形で北上、四国沖まで飛行した後に引き返している。航空自衛隊も南西航空方面隊から戦闘機をスクランブル(緊急)発進させて対領空侵犯措置で警告したが、中露機はこれを無視する形で四国沖まで飛行を続けたという。
エスカレートする中国の軍事行為、ついにレーザー照射も
四国沖で引き返してはいるものの、進路の延長線上に位置するのは東京であり、海上自衛隊の横須賀基地や米軍の横須賀基地である。13日付読売新聞によると、自衛隊関係者は「今回の飛行は明らかに(いつでも)東京を爆撃できると誇示する狙いがある」と分析している。中国軍機の行動がこれまでは沖縄本島と宮古島の間を抜けた後、米軍の基地があるグアム方面に向かうのが一般的だったことを考えると、今回の動きは明らかに示威的な飛行である。
この中露の威嚇行動の背景に、高市早苗首相による台湾有事を巡る国会答弁への示威的な反発があるのは間違いない。ただ問題は、その行動が高市発言以来、さらにエスカレートしてきていることだ。空母「遼寧(りょうねい)」が沖縄本島、宮古島間を抜けて北大東島の北方海域にまで進出。搭載した戦闘機が、南西方面からスクランブル(緊急)発進した自衛隊機にレーザー照射するという“事件”を起こしたのは、この中露機の飛行の3日前である。
自衛隊によると「遼寧」の搭載機の発着回数は北大東島近辺から北東に向かうコースで140回以上繰り返されたという。しかも「遼寧」の航路もまた中露機と同様に東京方面に向いているのだ。さらに先月には中国政府が、3隻目の空母「福建」を就役させ、太平洋海域で訓練活動を行いながら、「遼寧」とともに展開できる体制も整えていると発表している。
目の前にある軍事的脅威
日本政府は今回の飛行について、中露両国に「安全保障上の重大な懸念」を伝えたと言うが、日本の周辺海空域の中露の振る舞いはもはや「重大な懸念」という表現では済まないと思う。スクランブルを繰り返す自衛隊員の緊張度も相当なものだろう。海産物の輸出禁止措置や中国内での日本人アーティストの講演禁止といった類ではない。そこには、明らかに軍事的な脅威が存在するのだ。
もちろん日本側も周辺海空域での警戒監視活動を怠ってはいない。今月8日から3日間、海上自衛隊が護衛艦「あきづき」と米海軍の原子力空母「ジョージ・ワシントン」、駆逐艦「デューイ」と、東京湾沖の太平洋上共同訓練を行っている。日米が相互に戦術技量を高める狙いがあるこの訓練は、空母「遼寧」の活動に対するけん制でもある。
また、米国のヘグセス国防長官も中国軍機による航空自衛隊機へのレーザー照射問題に続く今回の中露爆撃機による共同飛行について小泉進次郎防衛相に「地域の平和と安定に資するものではない」と深刻な懸念を表明している。ただ個人的には不測の事態に対する日米間の連携を疑ってはいないが、仮に偶発的な事態が発生した場合の日本側の“抑止力”については、正直、疑問符がつく。具体論も見えてこない。
日本の抑止力、“専守防衛”がなお足枷に
抑止力というのは、一般的に「相手の攻撃が無意味と思わせる軍事力の役割」を指す言葉である。日本の場合は日米安全保障体制の下で、自衛隊による迎撃能力を高めることに加えて米国の核兵器や攻撃力に依存する戦争の「拡大防止」を維持することで、日本への攻撃を思いとどまらせることが、この抑止力の主眼となっている。
要するにこの抑止力について、日本には「自らが攻撃力を持ち、報復をちらつかせて攻撃を抑止する」視点はない。あくまでも日米同盟が安全保障の基盤であり、米国の軍事力や“核の傘”による拡大防止が日本の抑止力として機能しているという発想である。安倍晋三首相の下で2015年4月に改訂された「日米防衛協力のための指針」(日米ガイドライン)により、自衛隊と米軍の協力、役割分担は決めたものの、その大枠が変わったわけではない。
現憲法の下では相手から武力攻撃を受けた時に初めて防衛力を行使する「専守防衛」が基本にあるし、そこは今も同様である。中露の軍事力増強、北朝鮮の核・ミサイル開発など劇的に変化する東アジア・太平洋を取り巻く厳しい状況を理解はしていても、その脅威に対して自発的に動くことが出来ないというジレンマで、政府も自衛隊関係者も縛られているのが現状である。
高市早苗政権に変わり、日本政府も防衛費のGDP比2%目標を掲げ、自国の防衛力強化と日米共同防衛能力強化を進めている。従来の陸・海・空に加えて自衛隊も宇宙やサイバー、電磁波を含むすべての領域を融合して防衛力を強化、中国の「情報化戦争」に対応してCDO(クロス・ドメイン作戦)を展開していることも理解している。米国の軍事パワーが相対的に低下する中で、米国依存から可能な限り脱却する一連の試みは評価すべきとは思う。
平和主義の幻想捨てる時。現実を見つめよ
ただ、課題は日本の抑止力に対する国民的議論がなかなか盛り上がらない事だ。考えて欲しい。もし中国との間で仮に日本固有の領土である尖閣諸島近辺で偶発的な衝突が起きたと仮定した場合、日本が海外からの資源や食料品の輸入、製品の輸出を維持するためのシーレーンは間違いなく攻撃され、封鎖されるのだ。日本経済が壊滅的打撃を受ける現実は、決して夢物語ではない。「空想的平和主義」の発想にとどまってはいられないのだ。
現在、航空自衛隊の戦闘機によるスクランブル発進の件数は年間1000件を突破している。今回の中露爆撃機の東京方面への飛行や空母へのレーザー照射などは大きな”事件”ではあるが、中国やロシアによる領空侵犯あるいはそれに近い動きは、もはや日常的に存在している。連日、多い日には3、4回も自衛隊機はスクランブルを強いられているのが現実である。
四国沖を東京方面に向かう爆撃機の姿を想像すると、それはもう単なる脅威という言葉では片づけられない事態と思う。その状況を踏まえると、我が国の「抑止力」の現状について我々がどう考えていくのか、もはや目をそらせない時期を迎えているのでないか。中国との有事が指摘される台湾では、今年5月末までに10万か所以上のシェルターが全国に設置されたという。台湾の人口の3倍を超える人間が収容可能というから驚く。確かに台湾とは置かれている状況は違う。だが日本にとっても、決して他山の石ではないことを肝に銘じるべきである。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~基幹エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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