第28回
中国の台湾統一のハードル、上がった可能性も ~中国特使の目前でベネズエラ襲撃、トランプ政権の意図は~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

「ドンロー主義」ベネズエラで暴発
米国の政治調査機関ユーラシア・グループが新年早々に発表した今年の世界的リスクの3位に挙げたのが「ドンロー主義」という目新しい言葉である。米国の第5代大統領ジェームス・モンローが今からおよそ200年前の1823年に「米国の西半球(主に中南米)への介入」と「欧州列強からの孤立」を教書演説に盛り込んだ「モンロー主義」を打ち出したが、その言葉にトランプ大統領が自らの姓名を重ねた造語だ。そのドンロー主義のリスクが新年早々にベネズエラで“暴発”した。
首都カラカスに軍隊を送り込んで大統領を拘束し、自国で裁判をかけるために連行するというのは、明らかに暴挙である。「地域における覇権を示した」とトランプ大統領が作戦の成功を自画自賛し、結果的に「米国の利益に貢献した」と強調しようと、行った行為は国家主権に対する武力による介入であり、国際法違反であることは明白だ。
高市早苗首相は、年頭での会見で国際法への言及を避けたものの、武力による現状変更の正当化は許容されるものではない。日米安全保障体制のもとにある日本政府の立場でトランプ政権に対する直接的批判が困難なことは理解出来るが、やはり言葉足らずであることは否めないと思う。
麻薬対策は大義名分、裏庭で社会主義許さず
多くの識者が指摘するように、トランプ大統領が麻薬対策、米国民を守るために行動したと主張するのは大義名分でしかない。政権転覆をはかった背景にあるのは世界最大の埋蔵量とされるベネズエラの石油の権益確保であり、一方で1990年代に社会主義国となり2013年から独裁政権を築き上げたマドゥロ政権の反米行動への回答だ。さらにはマドゥロ政権による近年のロシア、中国との急接近が、トランプ政権の行動に拍車をかけたと読み解ける。
要は米国の裏庭である西半球に社会主義政権は許さず、拡大は米国が力で抑え込む、しかも欧州諸国とは連携しないという、まさにかつての「モンロー主義」の再現とも言える行動で、この行動そのものは、国連憲章と照らし合わせて今後、様々な場で問われることになろう。
ただ、今回のトランプ政権のベネズエラへの武力行動によってロシアのウクライナ侵攻に説得力を持たせ、さらに「中国による台湾への武力行使のハードルを下げた」という懸念が拡大していることについては、正直、疑問を抱いている。すでに戦闘開始から4年を経ているロシアのプーチン政権にとっては追い風かもしれないが、逆に中国は米国の武力行動に対して、ある種の畏怖感を覚えたのではないか。というのは、明らかに攻撃のタイミングが中国を意識しているからだ。
中国特使との会談の6時間半後に襲撃
米国が軍事作戦を実行する直前には、ベネズエラには習近平政権が派遣した中国政府の特使が滞在していた。しかもベネズエラの国営放送はこの中国特使との大統領公邸での会談を生放送し、マドゥロ大統領と中国特使が両国の「緊密な連携と絆」を確認したのを国民に披露していたのだ。
米国が軍事行動に踏み切ったのは、公邸での会談のわずか6時間半後である。トランプ大統領は公邸襲撃のタイミングについて、周囲の気候などの問題などを挙げて「数日の延期を余儀なくされた」と発言しているが、これは煙幕を張ったのだろう。意図的に、中国特使との会談のタイミングで攻撃をかけたのは間違いない。
当然のことだがトランプ政権は中国の代表団のベネズエラ訪問日程や会談予定などの情報を詳細に把握していたはずだ。しかも生放送でテレビ番組にまで出演する。タイミングはそこしかない。7日付朝日新聞紙上で陸自の中部方面総監を務めた山下裕貴氏が「軍事作戦上、私が(米国の)統合参謀本部議長だったら、このタイミングを外さないように大統領に具申する」と指摘している。中国に対しても大きな脅威を植え付ける意味でもジャストタイミングだったのは確かだろう。
特使滞在中の今回のトランプ政権の軍事行動は、中国は自らに対する警告と受け取ったのではないか。トランプ大統領が「正義」と信じることに対しては力の行使をためらわない、つまり中国が武力によって力ずくで台湾を統一しようとするなら米国は介入を躊躇しないということを見せつける意味もあったと思う。
現実に米国はこれまでもアフガニスタン、イラク、リビアで“介入を躊躇しない”行動を見せつけてきた。一連のトランプ政権の動き、公邸襲撃のタイミングなどを考慮すると、むしろ中国による台湾統一に向けた行動のハードルは下がったのではなく、上がったのではないか。個人的にはそう感じている。」
エスカレートする演習、トランプ大統領の“正義”にどう映る】
確かに、中国の台湾を取り囲む軍事演習はエスカレートする一方である。台湾を包囲する形での演習水域はより台湾本島に近づき、地域の緊張は一層高まっている。昨年末には中国の報道官が、演習の目的について「台湾独立分離勢力と外部干渉勢力に対する厳重な警告」と表明。米国による台湾への武器売却についても、不当介入として非難を繰り返すなど、トランプ政権に対する威圧的発言を繰り返してきた。だが、裏を返せばトランプ大統領の“正義感”に火をつける発言にもなりかねない。
繰り返しになるが、もちろんトランプ政権の力による現状変更は、国際法上も許容されるものではない。ただ、中国やロシアがベネズエラに供給してきた防空ミサイルや防空システムが、米国の高度な軍事攻撃能力の前ではほぼ無力であることも、ベネズエラ襲撃で世界に露呈してしまった。演習で長距離ロケット弾を台湾の北側、南側に約30発撃ち込み、無人機も展開して台湾を恫喝した中国も、改めてトランプ政権の軍事的“威力”の大きさを噛みしめているのではないか。
台湾を恫喝しながら南、東シナ海で力による一方的な現状変更を試みる中国の行動、一方で中国に追随する形で核・ミサイル開発を急速に拡大する北朝鮮。トランプ政権の行動は国際秩序の下で決して許されるものではない。だが、乱暴な言い方が許されるならば、こと「東アジアの安全保障」という意味に関しては、今回のベネズエラに対するトランプ政権の行動が、一定の楔(くさび)を打ち込んだようにも思える。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~基幹エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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