第34回
経営者の魂を揺るがす“夭逝の”ジャズプレーヤー ~壮絶な演奏が元興銀頭取、元西部ガス社長の琴線に触れる~
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
歴史に名を残すプレーヤーたち
ジャズについて思うことがある。記者時代を振り返ると、企業経営者の趣味に「ジャズを聴くこと」と答える人が意外にいた。ゴルフや読書が趣味という回答が過半だったが、音楽鑑賞という趣味に、クラシックに加えジャズを挙げる経営者に会うと、同好の士に会えたような気がした。中でも印象にあるのは「みずほ銀行」の創設に尽力した日本興業銀行の頭取、みずほホールディング会長を務めた西村正雄氏と、九州の西部ガスで社長、会長を歴任した田中優次氏である。
残念ながら西村氏は74歳で、田中氏は72歳で鬼籍に入ってしまったが、取材を離れてのジャズ談義は今、思い出しても楽しかった。西村氏の場合は知る人ぞ知るピアノの名人で「早く銀行生活を切り上げてピアノを思い切り弾きたい」が口癖。田中氏は自宅の部屋にまで押し掛けたが、鎮座しているJBLかアルテックの立派なスピーカーと、有り余るほどのジャズのレコード、CDに驚いた記憶がある。
もちろん2人以外でもジャズ趣味の経営者は多くいた。だが、この2人の印象が強いのは、若くして夭逝したプレーヤーについて、何度も語っていた覚えがあるからだ。わずか23歳で亡くなったブッカー・リトル、25歳で亡くなったクリフォード・ブラウン。数年間の音楽活動だったにも関わらず、共に天才的なトランぺッターとしてジャズの歴史にその名を刻んでいる2人などが典型的だ。
ミシェル・ペトルチアーニの凄み

そんな夭逝したジャズマンの中で、二人が共通してあげた名前がピアノのミシェル・ペトルチアーニと、アルトサックスに加えフルート、バスクラリネットも自在にこなしたエリック・ドルフィーである。記憶違いがないか記者時代のメモを括ってみたが、確かにそう記してある。とりわけM・ペトルチアーニには同じピアノ弾きとして感じるものがあったのだろうか。チック・コリアと並んで西村氏の口からよく出た名前だ。
M・ペトルチアーニの経歴は、ジャズ好きにはよく知られている。フランス出身の彼は36年と言う短い生涯の中で、世界的な評価を得たピアニストである。生まれつき「骨形成不全症」という難病があり、身長は1メートル強しかなく骨折を繰り返しながらも情熱的に演奏活動を続けた。個人的にも最も好きなプレーヤーの1人だが、凄いのはその難病を感じさせない力強く圧倒的なテクニックである。アップテンポの疾走感、一方でバラードも得意と言う名人だ。
西村氏や田中氏が彼の音楽のどこに惹かれたのかは正直、わからない。芯の通った明快な演奏でM・ペトルチアーニの名前を不動のものにした「ミシェル・プレイズ・ペトルチアーニ」、或いはソロバラードの名作「オーラクルズ・デステニイ」あたりの作品が気に入ってたのだろうか。いずれにしろ、生まれ持った難病を抱えながら、そのことを全く感じさせない強いタッチで世界で演奏を重ね、短い生涯を燃焼し尽くした彼の演奏に対する2人の思い入れは相当だったと想像するしかない。
演奏活動は4年足らず
エリック・ドルフィーの名前については、ジャズファンならずとも「聞いたことがある」人は多いのではないか。米国のジャズ奏者で、アバンギャルド的というかフリージャズの先駆者と言う評価が高い。前述したクリフォード・ブラウンと同じく活動期間はわずか4年足らず。生きた時代は違うが、1964年にM・ペトルチアーニと同じ36歳で亡くなっている。
彼の最高傑作とされる「アット・ザ・ファイブスポットVOL1」は田中氏の勧めで購入したと記憶している。同じく夭逝したブッカー・リトルとニューヨークのジャズバー「ファイブスポット」で共演した際のライブ盤だが、白熱するドルフィーのサックスにつられるように激しさを増すリトルのトランペット、マル・ウォルドロンのピアノも凄い。
ドルフィーはファイブスポットなどで演奏を繰り返した後、欧州に渡り64年の6月2日にアルバム「ラスト・デイト」を吹き込む。そして同じ月の29日にベルリンで客死している。このアルバムでドルフィーはアルトサックス、フルート、バスクラリネットの全てを使って熱演してるが、その4週間後には亡くなっているのだ。まさに「ラスト・デイト」である。これもまた別の意味ですごいアルバムである。
この2人のプレーヤーには根強いファンも多いが、その理由は短い生涯を駆け抜けた、壮絶とも言える演奏活動であり、作曲活動ではないかと思う。短い生涯で世界を駆け巡って演奏したその力量に「もしもっと長く生きたら、どんな演奏を続けたのか」と想像を膨らませるジャズファンも多い。
前述したように生まれながらに「骨形成不全症」を抱えたM・ペトルチアー二の場合は、骨折などを含めた合併症の懸念が常に付きまとり、おそらく彼にも長くは生きられないかとの覚悟はあったはずだ。
ベルリン滞在中に体調が急変、そのまま亡くなったE・ドルフィーの死因は糖尿病性の昏睡(コーマ)である。彼自身、重度の糖尿病を抱えていることをどこまで認識していたか不明だが、アムステルダムでの最後の演奏後、極端な体調不全を訴えていたことは周囲も証言している。だからこその壮絶な演奏になったのであろう。
命を削る演奏
話を西村氏と田中氏の話に戻すが、この後がないという状況下での、M・ペトルチア―二やE・ドルフィーの連日に及ぶ“命を削る”ような演奏が2人の琴線に響いたのではないか。また西村氏も田中氏も、日々、全力を尽くす経営者という自らの姿勢に彼らの“生きざま”を重ねたからこそ、全力を尽くすその演奏に惚れ込んだと思う。
もちろん鬼籍に入った二人に確認のしようがない。だが、もう20年以上を経た今ではそう確信している。事実、西村氏は興銀頭取として、当時の富士銀行、第一勧業銀行との統合に奔走、一方で田中氏もガス業界に対する電力事業の進出と言うエネルギー競合時代で緊張関係が続いた時代のトップである。大げさでなく、命を削るような毎日だったはずだ。
今こそ学ぶべきE・ドルフィーの“遺言”
もちろん、この緊張感は、どの時代でも変わることはないと思う。まして、上場企業と比較して資本力などで劣るベンチャーや中小企業の経営者を取り巻く環境は、日々を重ねるごとに厳しさを増している。米トランプ政権とイスラエルが引き起こしたイラン戦争、終わりが見えないイスラエル情勢、刻々と変わるネット環境とAIの進歩。立ちはだかるハードルはより高くなっている。
西村氏や田中氏がM・ペトルチアーニやE・ドルフィーの熱演に耳を傾けたのも、彼らが抱えてきた緊張感のような思いと、超えねばならぬハードルを抱えた自らとシンクロするものがあったのだろう。失敗が許されない銀行同士の大型統合やエネルギー事業者間の競争。「負けられない。後戻りは出来ない」。当時の西村氏、田中氏の胸中は、当然、成長を目指す現在の経営者の思いと重なるはずだ。
死の直前にE・ドルフィーが残したメッセージがある。「音楽は演奏と共に空に消えていく。その瞬間を取り戻すことは2度と出来ない」。ジャズの変革期、斬新な演奏で短い生涯を駆け抜けた彼の言葉には、進まざるを得ない自らの演奏に対する苦悶がある。彼の言葉は、この厳しい時代に変革を続け、立ち止まることが許されないベンチャーや中小企業の経営者にこそ響くのではないか。
プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~基幹エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。
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