企業と地方の「人がいない」を解決する~地方創生テレワーク&BPOという選択肢~
第49回
ウェルビーイングを数字にする──「かも」が生産性を高めるエビデンス
株式会社aubeBiz 酒井晶子
前回からは、「人的資本とウェルビーイング編」として、少子高齢化と労働人口減少の時代を背景に、どのように人的資本を活用するかをテーマにお伝えしています。
「ウェルビーイング」について、社員の幸福感や働きがいを大切にすること自体に、異論を唱える経営者はほとんどいないでしょう。
ただ、日々の資金繰りやシビアな納期、そして深刻な人手不足の渦中にいる経営者の本音として、「社員が幸せになるのは良いことだ。でも、それで本当に業績は上がるのか。かえって手綱が緩み、生産性が落ちてしまうのではないか」という懸念があるのも事実ではないでしょうか。
善意と経営判断の間で、掴みどころのない抽象論に聞こえがちな「ウェルビーイング」を、今回は少し実務的な角度から考えてみたいと思います。
私たちが10年以上の組織運営の中で大事にしてきた「かも」というひとつの言葉。それを入り口にウェルビーイングと生産性の幸福な関係を、現場の経験から紐解いてみましょう。
「頑張ります」より「できるかも」が、人を動かす
従業員にもっと当事者意識を持ってほしい、視座を高めてほしいと願うとき、私たちはつい「前向きな目標設定」や「言い切る熱意」を相手に求めてしまいがちです。
前向きな姿勢を大切にしたいという気持ちは、リーダーとしてごく自然なことでしょう。
しかし、ここにひとつの落とし穴があります。
目標設定やポジティブシンキングを強く求められると、特にまじめで謙虚な日本の働く人々は、無意識のうちに「もしできなかったらどうしよう」という強い恐怖やネガティブな感情を、潜在意識の底に同時に生み出してしまうことがあるのです。
断言を求めるプレッシャーは、時に人の足をすくませます。
失敗への恐怖から防衛本能が働き、無難な目標の中に閉じこもってしまう。これでは本末転倒です。
そこで、私たちが現場の経験から意識的に取り入れてきたのが、「かも」という言葉の余白です。
この「かも」という言葉の力を教えてくださったのは、こちらのイノベーションズアイさんでコラムを連載されている、一般社団法人ベストライフアカデミーの前田出先生((https://www.innovations-i.com/column/all_article/well-being/))です。
先生の考え方に触れ、組織運営に取り入れてみたところ、チームの空気が変わっていくのを実感しました。
例えば、まだ実績のない段階で「会社の年商を2倍にします」と言い切ろうとすると、心に嘘をついているようなブレーキがかかります。
しかし、それを「年商が2倍になるかも」「そうなったら、みんなで面白いことができるかも」と言い換えてみる。
断言するのではなく「かも」にするだけで、人間の脳のリミッターは外れます。
マイナス感情や恐怖を引き起こすことなく、大きなビジョンを口にできるようになり、思考が未来に向かって伸びやかに広がり始めるのです。
もちろん、誤解のないようにお伝えしておきますが、実務における予実管理や正確な計画、数字の精度が重要であることは言うまでもありません。
納期を守ることや、マニュアルを遵守することは、組織の絶対的な土台です。
この「かも」というアプローチは、実務の厳密さを緩めるためのものではありません。
新しいアイデアを生み出すときや、メンバーのマインドのリミッターを外し、挑戦する心理的ハードルを下げるための「経営の知恵」として、私たちは大切に使い分けています。
ウェルビーイングと生産性は、トレードオフではない
「社員の幸福感を高めることは良いが、甘えが生まれて業績が落ちないか」──そんな経営者の警戒感は、組織を守るための真っ当な防衛反応です。
しかし、私たちがフルリモートの現場でメンバーたちの動きを観察してきた実感は、それとは真逆のものでした。
かつて、米Google社が大規模な調査によって「成果を上げるチームに共通する唯一の要素は、心理的安全性である」と導き出した研究(プロジェクト・アリストテレス)が話題になりました。
高いパフォーマンスを上げるチームに共通していたのは、メンバーのスキルや優秀さの密度ではなく、「失敗しても責められない、意見を言っても批判されない」という安心感だったという発見です。
この事実は、私たちが現場で感じてきたことと、驚くほど深く重なり合っています。
「かも」が自由に飛び交う職場環境では、次のような因果の連鎖が自然に生まれます。
「かも」と言える余白がある(間違えても否定されない安心感)
↓
失敗を恐れずに、新しい提案や小さな工夫が生まれる
↓
問題やミスが発生した際も、隠さずにすぐ共有される
↓
傷口が浅いうちに全員でカバーでき、結果として業務効率が高まる
断言を求められる環境では、言い切れなかったことへの恥や萎縮が生まれ、失敗は「避けるべき不名誉」になります。
しかし、「~かも」という対話が許されている場では、外れても責められる感覚がないため、失敗は「改善のための貴重なデータ」へと意味を変えます。
失敗に注目して萎縮させるのではなく、希望や可能性に目を向けられる状態。
それこそがウェルビーイングであり、その心理的柔軟性こそが、結果として生産性を押し上げるエビデンスにほかなりません。
ウェルビーイングと生産性は、どちらか一方を選ぶトレードオフではないと、私たちは確信しています。
テレワークが「かも」を生み出す理由
テレワークに対して、「孤独になるのでは」「コミュニケーションが減るのでは」という懸念を持つ方は、今でも少なくありません。
その不安も、よく理解できます。
ただ、私たちが10年以上テレワーク環境でチームを運営してきた経験から言えるのは、適切に設計されたテレワークという環境は、人間の心に最も上質な「余白」をもたらすインフラになり得るということです。
毎日の満員電車による消耗が消えること。
子どもが学校から帰ってきたときに「おかえり」と言える安心感の中で机に向かえること。
家族の介護や自身の体調に合わせて、1日の時間割を自分の手で組み立てられること──。
こうした、暮らしの中の小さな満足の積み重ねが、じわじわと個人のウェルビーイングを高めていきます。
心に余裕がない状態では、人はなかなか未来のビジョンを語れません。
「絶対にミスをしてはならない」「言われたことだけをやろう」と、思考を極限まで狭めてしまいます。
逆に、生活の中に少しだけ「自分らしい時間」が生まれ、自分の人生を生きているという手応えがあるとき、心には自然と「余白」が生まれます。
「この業務、もう少しこう変えたら、クライアントが楽になるかも」
「新しいあのツール、私たちが使ってみたら面白いかも」
前回でお伝えした「個人が元気になれば、チームが元気になる」という考え方と、ここはそのまま繋がります。
個人が元気になり、その心に余白が生まれたとき初めて、チーム全体を活気づける「かも」という創造的な風が吹き始めるのです。
ウェルビーイングを「測る」という視点
ウェルビーイングを測るために、新しい、複雑なアンケート指標を一から作る必要はありません。
すでに手元にある既存の経営数字を、いつもとは「別の角度」から読み直してみる。
それで十分だと感じています。
たとえば、分かりやすい指標が「離職率」や「採用・育成コスト」です。
組織のウェルビーイングが低下し、メンバーが萎縮しているほど、組織への不満の声はあがってきません。
誰も不満を言っていないというよりは、人事担当や経営者の耳には入ってこないのです。
そして、ある日突然、大切な人材が組織を去っていきます。
中小企業が社員を1人直接雇用し、まともに動けるまで育成するコストを考えれば、せっかく育てた人材が離職するだけで、経営が受けるインパクトは決して小さくありません。
リーダーの関わり方が変わり、場の空気が変わったとき、これらの数字はどう動くでしょうか。
私たちの組織では、今日まで離職率5%未満を維持し続けています。
直近では採用率が35%向上したというデータもありますが、これらは決して、私たちが特別な手法でメンバーを縛り付けているからではありません。
「ここなら、自分の暮らしを大切にしながら、安心して新しいことに挑戦できる」
そうメンバーが感じ、自発的に「働き続けたい」と言葉にしてくれる環境そのものが、離職の防止という形で、明確な「コスト削減」の数字になって会社に残るのです。
劇的な変化ではありません。しかし、じわじわと数字に現れてくるこの変化こそが、組織の健康を示すサインです。
ウェルビーイングは、単なる綺麗事の精神論ではなく、企業の財務基盤を支える、極めて実利的なバロメーターなのです。
リーダーの「かも」が、組織の温度を決める
AIやデジタルツールが進化し、私たちがこれまで時間を費やしてきた多くの「定型作業」を引き取ってくれる時代が、すでに始まっています。
作業から解放され、そこに生まれた余白を、私たちは何に投資すべきなのでしょうか。
効率化によって浮いた時間を、さらに別の作業で埋め尽くすだけでは、組織の呼吸はいつまでも苦しいままです。
生まれた時間は、メンバー同士、そしてクライアントとの「関係性」を深める対話のために使われるべきだと、私たちは信じています。
そして何より、経営者自身がその空白を社員やメンバーと未来を語る対話の時間として使えているかがポイントです。
「このプロジェクト、次はこんな風に展開してみたら、もっと面白いかも」
「あなたのその得意なスキル、あの新しい業務で活かせるかも」
経営者やリーダー自身が、「こうあるべきだ」という凝り固まった断言を一度手放し、「もしかしたら、こんな未来もあるかもしれない」「そうなったらワクワクするよね」と可能性を語るとき、チームはその言葉に温度を感じます。
可能性として語られた言葉は、受け取る側の心に余白を作り、「私にもできるかも」という小さな挑戦の火をつけます。
AIが作業を引き取り、余白が生まれ、対話が増え、心理的安全性の高い場ができていく──その連鎖の先に、「かも」が自由に飛び交う組織があります。
ウェルビーイングは、社員への福利厚生ではなく、組織全体の生産性と創造性を育てる土台です。
数字の厳密さと、人間の心の柔らかい余白を、両輪として経営に組み込むこと。
その土台を、リーダー自身の言葉と在り方から、作り出すことが大切なのではないでしょうか。
次回は AI活用とリスキリングでシニア人材が活躍できる組織へ──
誰もがライフステージの変化を恐れず、生涯現役で輝き続けられる環境のつくり方について、私たちの実践から得たヒントをお伝えします。
プロフィール

株式会社aubeBiz(オーブ・ビズ)
代表取締役 酒井晶子(さかい あきこ)
兵庫県出身。繊維メーカー、外資系企業、広告代理店勤務を経て、これまで3000名以上の研修企画、採用・人材育成に携わる。
2011年に全員がフルリモートで働く組織構築に携わり、様々な事情で外勤が難しい人が在宅で起業家をサポートする「在宅秘書サービス」を展開。
2022年 株式会社aubeBiz設立。サービス名称をMy Back Office®に改め、秘書業務に限らず、あらゆるバックオフィス業務や各種サポートをワンストップで提供。
著書に、電子書籍「女性を活かす組織作りの教科書」「リモートワークで人も組織も伸びる」「0から始める地方創生テレワーク」等。
【著書】
『地域循環が生まれ、関係人口が育まれる ローカル・テレワーク®︎』
「働きたいのに、働けない」という原体験から生まれた本書は、移住・観光に依存しない新しい地域との関わり方を提唱。テレワークを活用して人と仕事をつなぎ直す「ローカル・テレワーク」を、15年以上の実践と下関市でのモデル構築をもとに体系化。自治体・企業・地域リーダーに向けた、再現性ある地域づくりの実務書です。Amazonランキング10部門で1位を獲得。
Webサイト:株式会社aubeBiz
企業と地方の「人がいない」を解決する~地方創生テレワーク&BPOという選択肢~
- 第49回 ウェルビーイングを数字にする──「かも」が生産性を高めるエビデンス
- 第48回 人的資本経営の第一歩は「働く場所の解放」から始まる ──テレワークを福利厚生で終わらせない
- 第47回 経営者の右腕としてのAIとリモートチーム──「任せられる体制」は設計から始まる
- 第46回 AIに代替されない「安心提供力」の磨き方──オンライン時代の人間力
- 第45回 思考の余白をどう使うか ── AIによって生まれた時間を「関係性」に投資する
- 第44回 AI時代のマネジメント ──「管理」を捨て、「信頼」を設計する
- 第43回 マニュアル化はAI活用の鍵──仕組み化がAI活用の最短ルートである理由
- 第42回 「AI×テレワーク」で変わる、これからのBPO──スピードと「想い」の両立
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- 第4回 地域で働く、地域を支える──「ローカル・テレワーク」という新しい仕組み
- 第3回 地方に眠るチカラを活かす!「地方創生テレワーク」の可能性
- 第2回 眠れる働くチカラ 「働きたいけれど働けない」潜在労働力を社会へ
- 第1回 これからの時代に選ばれる働き方とは? ― 少子高齢化・人材不足を乗り越える組織づくりのヒント
