企業と地方の「人がいない」を解決する~地方創生テレワーク&BPOという選択肢~

第29回

観光とワーケーション──“訪れる人”を“関わり続ける人”へ 〜テレワークだからできる、新しい関係人口づくり〜

株式会社aubeBiz  酒井 晶子

 

1.はじめに──「来て終わりの観光」から、関わり続ける関係へ

「ワーケーションの誘致に力を入れたけれど、イベントが終わったら誰も来なくなってしまった……」
「視察に来てくださるのは嬉しいんですが、それっきりなんです」
自治体の観光・移住担当の方や、地域の宿泊事業者の方とお話ししていると、時折そんな寂しそうな声を聞くことがあります。

一方で、企業側からもこんな声が聞こえてきます。
「地方で合宿をしたけれど、ただの“ちょっと豪華な慰安旅行”で終わってしまったかな」
「地域とのつながりを、どう自社の事業や採用に活かせばいいのか分からなくて」
なんだか、ボタンの掛け違いが起きているような気がしませんか?

コロナ禍を経て、「ワーケーション」や「二拠点生活」という言葉はすっかり定着しました。
けれど現場では、「点」と「点」がつながらず、もどかしい思いをしているケースが少なくありません。
ここに足りていないのは、“観光”と“テレワーク”、そして“関係人口”をつなぐ「設計図」ではないでしょうか。

今回のテーマは、
「ワーケーションを、一回きりの思い出づくりから、地域と企業の“長いお付き合い”にどう変えていくか?」
です。
これまでのコラムでお伝えしてきた「ローカル・テレワーク」や「BPO」の視点を少し加えるだけで、観光は“消費”から“共創”へと進化します。

2.ワーケーションと関係人口

本題に入る前に、少しだけ用語を整理しておきましょう。できるだけ実務寄りの言葉で解きほぐしてみます。

「ワーケーション」
「リゾート地でパソコンを開き、メールチェックをすること」だと思われがちですが、本質はそこではありません。
 私は、「いつもの仕事を、いつもと違う場所ですること」だと捉えています。場所を変えることで、凝り固まった頭をほぐし、新しい風を入れる働き方です。

「関係人口」
なんだか難しそうに聞こえますが、要は「住んでいる人」でもなければ、通り過ぎるだけの「観光客」でもない存在。
遠くに住んでいる親戚や、たまに顔を合わせるご近所さんのようなイメージです。
「移住まではできないけれど、あの町が好きで、何か関わりたい」
そんな人たちを、広く「関係人口」と呼んでいます。

ここで一つ、よくある誤解を解きたいと思います。
ワーケーションを「一度きりのイベント」にしてしまうと、それはただの観光消費で終わってしまう。
関係人口を「移住候補者」や「仕事で関わりがある人」とだけ捉えてしまうと、ハードルが一気に上がってしまう。
そうではなく、
「仕事やプロジェクトを通じて、もしくは、その地域が好きで、ゆるやかに、でも長くつながり続ける人」
と捉えてみる。
テレワークやBPOといった「仕事の仕組み」を組み合わせることで、ワーケーションは“滞在型観光”から“関わり続ける働き方”へと変わります。

3.企業にとっての価値──“福利厚生”で終わらせない

ウェルビーイングな働き方を目指して、あるいは「福利厚生」の一環で、ワーケーションを取り入れる企業もあります。
それ以外にも、企業がワーケーションから得られる価値には、たとえば次のようなものがあります。

チームビルディング: 焚き火を囲んで、普段は言えない本音を語り合う。普段の職場環境では生まれにくい信頼関係が育ちます。

クリエイティブ発想: 海や山を目の前にすると、不思議と新しいアイデアが降ってくる。環境の変化は思考の変化を促します。

採用ブランディング: 「地方とつながる柔軟な会社」というメッセージは、若い世代の価値観とも相性が良いと感じています。

これらはとても大切ですが、ここに、もう一歩だけ踏み込んでみてほしいのです。
「なぜ、この地域なのか?」
「この地域と、どんな仕事やプロジェクトでつながれるか?」
「この町の人たちと、どんな未来をつくれるだろう?」
たとえば、その地域の課題解決に、自社の強みを少しだけ試してみる。
地元で頑張る事業者さんとコラボレーションした商品を一緒に考えてみる。
そんな「仕事での接点」を持てたとき、その地域は社員のみなさんにとって「ただの旅行先」から「第二の現場」に変わります。

4.地域にとっての価値──“一度きりの観光客”からの卒業

地域側にも、視点の転換が求められます。
「平日のホテルの稼働率を上げたい」「飲食店にお金を落としてほしい」。
もちろん、どれも大切なポイントです。
でも、それだけでは正直言ってもったいない。
なぜなら、ワーケーションで訪れる方々は、普段さまざまな最前線で活躍されているプロフェッショナルだからです。
 彼らの持つ「スキル」や「ネットワーク」は、地域から見れば宝物です。
地域企業のDXやマーケティングの相談相手になってもらう
地域のプロジェクトに、副業やプロボノ(スキルを活かしたボランティア)として関わってもらう
そこから、将来の移住や二拠点生活、子どもの進学先選びへとつなげていく
「観光収入」という短期的な果実だけでなく、
「仕事・プロジェクトでの継続的な関わり」という長期的な種まきを同時に行う。

わかりやすく言えば、
「観光に来てくれてありがとう」から、「一緒に仕事をしてくれてありがとう」へ。
この両輪が回り出すと、関係は驚くほど長く続くようになります。


5.こんなワーケーションなら「関係人口」が増える──3つのパターン

「では具体的にどうすればいいのか?」
 関係が自然と続いていく3つのパターンをご紹介します。

パターンA:企業合宿 × 地域プロジェクト参画型

昼間は、自社の合宿や研修を行う。
夕方以降に、「地域の課題」を共有するミニセッションをセット。
例: 地元の高校生や事業者と一緒に「観光の新商品アイデア」を出し合うワークショップ(アイデアソン)を開催する。

→ 双方に「新しい視点が生まれる」というメリットがあり、帰ってからもオンラインで続きのミーティングをするなど、自然な関係性と「また訪れたくなる理由」が生まれます。

パターンB:個人ワーケーション × ローカル・テレワーク体験型

フリーランスや個人ワーカー向けに、地域のコワーキングスペースで「地域BPOチーム」や「ローカル・テレワーカー」と一緒に働く時間を用意する。
「実はこんな仕事をしているんです」という雑談から、
「じゃあ、そのデザインの仕事、手伝ってもらえませんか?」
 と仕事の発注につながることも珍しくありません。

→ 個人にとっては「仕事仲間がいる町」に。地域にとっては「外とつながる窓口」が一つ増えることになります。

パターンC:観光事業者 × テレワークチームの「共創拠点」型

宿や観光施設が、単なる宿泊先ではなく
「滞在+仕事+地域プロジェクト」の拠点になるパターンです。
例:旅館の一角が地元の方々のBPOセンターになっていて、ワーケーションに来た企業との交流の場としても機能する。
企業に実際にBPOを利用するイメージを体験してもらうことで、その場で、「うちの事務仕事も、このチームにお願いしたい」とBPO契約につながることもあるかもしれません。
まさに、観光とローカル・テレワークが融合する瞬間です。

6.実務的な設計ポイント──「1/3ずつの法則」

成功しているワーケーションプログラムには、ある共通のバランスがあります。
私はこれを、「仕事1/3・地域体験1/3・対話1/3」の法則と呼んでいます。
詰め込みすぎの観光ツアーでは、正直疲れてしまいます。
ホテルに缶詰で仕事をするだけなら、職場の日常と変わりません。

仕事(1/3)
Wi-Fiや電源など、ストレスなく働ける環境を確保する。
オンライン会議がしやすい静かなスペースも重要です。

地域体験(1/3)
地元の食材、町を歩きながら出会う風景やお店、そこで暮らす人の「日常の魅力」に触れる時間を入れる。

対話(1/3)
これが一番重要です。
「また来たい」で終わらせず、「次は何を一緒にやりましょうか?」と未来を語り合う時間を設けること。
この「対話」の時間に、地域プロジェクトやローカル・テレワークなど、「共創できることを模索する」ことで、関係はぐっと深まります。

7.行政・観光協会・企業が担う役割

最後に、それぞれが持ち寄るべき役割を整理しておきたいと思います。

行政・自治体
「場」を開く:コワーキングスペースや公共施設のWi-Fi整備など
「人と人をつなぐハブ」になる:地域の事業者、学校、BPOチームを紹介する
補助金は「単発イベントの花火」ではなく、関係を続けるプロジェクトを生むための“接着剤”として活用

観光協会・DMO・宿泊事業者
「観光メニュー」の隣に、「仕事メニュー」や「地元の人と話せるメニュー」など”関わりしろ”を置いてみる地域の企業やローカル・テレワーカーとの連携窓口になる

企業(ワーケーションをする側)
ワーケーションを「チームと地域の未来を考える旅」にする
積極的に地域と関わり、魅力を発見することで、自身や会社へ新しい価値観を取り込む
観光も楽しむけれど、地域との共創も楽しむ。「外からのお客様」から関係人口へ。

8.おわりに──“訪れるだけ”から、“関わり続ける”関係へ

テレワークが当たり前になった今、私たちは働く場所を自由に選べるようになりました。
それはつまり、
「どの地域と、どんな関係をつくるか」を
自分で選べる時代になった、ということでもあります。
観光とワーケーションを入り口に、
「一度の旅行」が「何度も訪れる」に変わり、
「仕事で関わる」になり、
やがて「人生の一部」になる。
そんな関係人口の階段を、意図して設計していくことが、これからの地方創生の鍵になります。

観光型ワーケーションから、共創型ワーケーションへ。
「ただ来て、帰る」のではなく、
「共に働き、共に育つ関係」を、ワーケーションから始めてみませんか?
それぞれの地域や企業のやり方で、楽しく模索しながら形にしていく──それが地域にも、企業にも、従業員にも意味のあるワーケーションだと感じています。

次回は「中小企業のDXとテレワーク──小さな一歩からの業務改革」
DX(デジタルトランスフォーメーション)と聞くと、「大規模なシステム導入」や「多額の投資」が必要だと考えられがちですが、最近よく聞かれるようになった「スモールDX」という言葉が示すように、もっと小さな出発点から始めることができます。
中小企業がテレワークをきっかけにDXを進める実践ルートを、無理なく始められる順番でお伝えしていきます。


 

プロフィール

株式会社aubeBiz(オーブ・ビズ)
代表取締役 酒井晶子(さかい あきこ)

兵庫県出身。繊維メーカー、外資系企業、広告代理店勤務を経て、これまで3000名以上の研修企画、採用・人材育成に携わる。

2011年に全員がフルリモートで働く組織構築に携わり、様々な事情で外勤が難しい人が在宅で起業家をサポートする「在宅秘書サービス」を展開。

2022年 株式会社aubeBiz設立。サービス名称をMy Back Office®に改め、秘書業務に限らず、あらゆるバックオフィス業務や各種サポートをワンストップで提供。

著書に、電子書籍「女性を活かす組織作りの教科書」「リモートワークで人も組織も伸びる」「0から始める地方創生テレワーク」等。


Webサイト:株式会社aubeBiz

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