鳥の目、虫の目、魚の目

第39回

危機管理の本質を学べる実践指南書 社員は品性を磨き、トップに直言する覚悟を

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストM

 

宅配便が届いた。妻が通信販売で購入した化粧品か何かだろうと思って受け取ると意外と重い。送り主は広報・危機管理コンサルタントで山見インテグレーター代表取締役の山見博康氏。私宛だったので早速、開けてみると、厚み7センチ、A5判1568ページからなる事典「危機管理広報大全」(自由国民社、9900円)だった。

広報・危機管理のエキスを網羅した最厚にして最詳の実践指南書という。確かに圧倒的な情報量に驚かされる。目次だけでも34ページを割いており、これに目を通すだけでも大変だ。山見氏が長年にわたる広報コンサルタント活動を通じて蓄積した知識・ノウハウをもとに、広報全般にわたり分かりやすく解説しているというから熟読したいところだが、一気に読み終えることはできないので山見氏に早速、最も伝えたかったことなどを聞いた。

「究極的な危機管理とは、より善なる『真人間=真(まこと)の会社(組織)』にしていく永続的な経営活動だ」と返ってきた。真人間とは間違いを起こさない誠実で信頼できる人。真の会社とは企業ビジョン・理念に沿ってコンプライアンス=道徳・倫理を守り、誠実に業務遂行に日夜努力する会社をいう。

そのうえで「自分と会社(組織)のあり方を一致させて、何事も自分に置き換えて考え、行動する。つまり人間は血液(情報)の円滑な循環で正常に生きているが、組織も同じであることを肝に銘ずべし」「経営は『3つの品=社員の品性、商品の品質、会社(組織)の品格』をこの順でスパイラル的に拡大し、広報は、社員一人一人が眼前の一人を、そしてメディアを通じて広く社会に知らせていく活動だ」と指摘した。

「何事も自分に置き換えて」「広報は社員一人一人」とあるように、社員全員が広報担当者であり、そのトップを担うのが社長なのだ。そこで「3つの品」、中でも「社員の品性」に触れておきたい。通常であれば頭脳明晰、高潔な人柄を備えた道徳・倫理観の高い人物であろう。広報・危機管理的に言えば、さらに「直言する」と「直ちに咎める」の2つの資質が不可欠となる。

「言うは易く、行うは難し」の典型例で、トップへの直言は左遷の憂き目にあうかもしれない。このため保身の誘惑に負けず、誇りと勇気をもって「言うべき事を、言うべき人に、言うべき時に断固として言う」覚悟が求められる。

社員の品性が低ければ、問題すなわち危機が起こる確率が高まるのは言うまでもない。危機が起こると再発防止策を講じて懸命に復活に向けて努力するが、品性が低いと信用・信頼は回復せず、なかなか立ち直れないのは当然だろう。言い換えると、品性が高いと危機発生リスクは低下するし、品性ある企業はつぶれないともいえる。つまり品格は社員一人一人が創ることになる。

「危機は常に想定を超える」。「はじめに」の冒頭に出てくる言葉だ。2020年初めからの新型コロナウイルスの感染拡大は世界を恐怖と混乱に陥れた。22年2月にロシアはウクライナを侵攻し、翌年にはイスラエルとハマスの戦いは始まった。

企業・団体などの事故・事件、不祥事は後を絶たない。日本を代表する企業であるトヨタ自動車グループさえ認証不正取得問題を起こし、小林製薬の健康被害問題は社会を揺るがす。

なぜ不祥事は起きるのか。人間であれば「脳」である経営者が、広報・危機管理の本質を理解せず、その重要性を認識していないからだ。このため何事にも後手後手の対応に終始し、根本的な対策・対応が打てない。つまり起きた時にどうするか、いかに巧みな対応でしのぐか、という小手先対応を危機管理と間違えている。山見氏はこう喝破する。

ショーペンハウアーは「或る災難を前もって起こりうべきものと予想し、これに対して覚悟ができていれば、災難が降りかかってもさほど耐え難いものではない」と説いた。まさに危機管理の本質だろう。

危機管理に完全(パーフェクト)はないが、同書を読むことで「危機管理広報の達人」に近づくのは確かだ。

そのためにも「まず「序文」(望月晴文・元経済産業事務次官)と「はじめに」から第1章と第20章をしっかり読むことを勧める。そうして本書の伝えたい『広報思想』を理解してほしい」と山見氏はいう。そのうえで「章に沿って順序立てて読む必要はない。知りたい案件が出たり、困った問題が起こったりしたとき、目次や検索から見つけるという事典のような使い方が有用であり、有効だ」と話した。

20章はまさに「危機管理広報の達人への道」を説く。そこには「社長の分身になると決意せよ」とある。社長のビジョン・理念や思いを外部に伝える伝道師であり、危機に際しては防波堤になる覚悟と使命感が大事だという。

ひとたび危機発生となれば、広報は直ちにトップに相談、常に率先し、いかなる事態も「受けて立ち、逃げない」姿勢を堅持。先手を打って、言われる前に記者会見を設定するなど全体を統率するとともに、全体を俯瞰して漏れを防ぎ、万全を期すのが広報の役目だ。

危機管理広報の達人になるには巻末付録の有効活用も欠かせない。というまでもなく、使わない手はない。主要メディアや官公庁・自治体、企業などの幹部による危機管理アドバイスは参考になるし、主要メディアの連絡先一覧も使い勝手がいい。

 

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