第12回
改革にチャレンジした企業が生き残る
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストM
日立製作所の社長、会長を務めた川村隆氏の著書「一俗六仙」(東洋経済新報社)を読み返してみた。リーダーについて喝破しているからだ。米中の派遣争いの最中に、新型コロナウイルス感染症が世界規模で拡大し未曽有の危機をもたらした。それから2年強がたちウィズコロナにかじを切ったところでウクライナ紛争が勃発しエネルギー・食糧危機に見舞われた。この難局を乗り切るヒントが「一俗六仙」に書かれている。現状打破もしくは改革に向けた迅速な意思決定とその実行、そして結果責任を取ることがリーダーの条件であり、チャレンジを成功に導いてこそ生き残れると感じた。
ところで、一俗六仙とは「1週間7日間のうち、俗世間的仕事はギリギリと絞って1日程度にとどめ、あとの6日間は仙人のように俗世から離れて、自分の本当にやりたいことだけをやる、つまり晴耕雨読的、林住期的暮らしをしたいという私の願望を表現した言葉――私の造語である」と「はじめに」にある。
川村氏はご存じの通り、日立のトップとして思い切った改革を次々と行いV字回復に導いた立役者だ。引き受けた当時、日本の製造業として史上最悪の7873億円の最終赤字を計上。「沈む巨艦」と揶揄されるほど危機的状況に追い込まれていた。その日立のラストマン、すなわち組織の中での総責任者として最終的意思決定とその実行に責任を持つ役回りを引き受けた。結果として沈む巨艦の再生という大仕事を艦長として見事に成し遂げた。
その経験から、緊急時にこそラストマンが必要で、「公約をコミットするのみならず、結果責任を取る。つまり、うまくいかない時にもきちんと責任を取るという覚悟がいる」と断言している。その上で「現状維持は衰退につながる」と強調。既存事業の維持を目指すだけの経営ではいずれ危機に陥るのは間違いなく、既存事業と新規事業の両立て経営、二兎を追う経営を常時行っておくことが経営の基本と説いた。
成功した創業者の次の2代目以降で経営がじり貧になるのは経営者も従業員も競争を望まず、痛みのある改革を後回しにして、事態好転や自然解決のみを待つ「様子見経営」に陥ってしまうからだ。この様子見経営は日本社会全般に広くみられることだが、熱意なく硬直した組織が日本中に蔓延、その結果として日本全体を停滞させ、欧米のみならず中国の後塵を拝するという情けない結果を生んだといえる。
自由主義陣営を敵に回してまでウクライナ侵攻を断行したロシアに対する経済制裁でも欧米企業が撤退や事業縮小を決める中、多くの日本企業は相対的に様子見を決め込んでいる。黙って時が過ぎるのを待っている感じで、「判断が遅い」とのレッテルを張られかねない。
だからこそ経営者であるラストマンには日々の仕事では迅速な意思決定、客観的判断、情と理の使い分け、両立て経営、外向き行事への過剰参画の整理が重要になる。意思決定に時間をかけすぎたり、様子見のため保留したりすると事業の発展機会や改革機会を逸するのは間違いない。
その改革にはスピードと尖りが大切だ。たいていの改革はスピードさえあればなんとかなるものが多い。改革の方向性に誤りがあっても早い段階で修正が利き、好結果を生む。「早く進め、早く間違えて、早く直す」というのがスピード時代のやり方と川村氏は説く。一方、尖りも改革には必須だ。どんな改革でも必ず抵抗勢力や反対勢力が出てくる。組織に痛みを与える改革ほど抵抗は大きくなる。その事業を創業したり、拡大したりした功労者ですでに引退した大先輩が現れ「俺の苦労をぶち壊すのか」と脅すなどして改革の阻止に立ち上がる。意思決定も大人数になると時間がかかり、改革に向けた提案も尖った部分はすべて削られ、誰からも了承をもらえる丸いものになりがちだ。スピード重視と尖った提案が改革に欠かせないといえる。
国や企業を衰退に導く原因の一つが自己満足に陥ることだ。成功を重ねると過去の継続と現状維持、そして組織防衛に走りがちで、世の中の変化に対応できず没落する。激動の世の中で生き残るのは、ダーウィンが言ったように「強い者でも賢い者でもない。変化に素早く適応する者」にほかならない。
意思決定やその実行におけるスピード感の欠如は致命的だ。ホンダ創業者の本田宗一郎は「チャレンジせよ。失敗を恐れるより何もしないことを恐れよ」と説いた。猛スピードで世界が変わる今だからこそ、今まで通りでいいわけがない。一俗六仙の「おわりに」では次の言葉で終えている。
「Remember, the best is yet to come.(こころせよ、まだまだいいことが待っている)」
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- 第1回 リーダーに求められるのは発進力 強い意志と覚悟で危機に挑む