第8回
「利他の志」で新たな快適創造 レガーロが店舗ドックに
イノベーションズアイ編集局 編集局長 松岡健夫
「ミスター利他」。周囲からこう呼ばれる経営者がいる。看板の劣化状況を予測し補修・延命を図る「看板ドック」を展開するレガーロの創業者、髙倉博氏だ。2017年に看板屋から、病気の早期発見・治療を目的とする人間ドックのように看板の健康状態を調べる診断屋に転身。これを機に、顧客の不便を便利に変える「快適創造」のプロデューサーとして奔走してきた。根底にあるのが利他の志だ。

「黒子に徹し、相手がハッピーになることしかやらない」。相手の懐に入って困りごとを徹底的に聞くので信頼が生まれ、肩を組みあう仲になる。いつのまにか巻き込まれてしまうのだ。相思相愛、今でいうウイン・ウインの関係を築くと顧客は離れない。ビジネスを成功に導くリピーターの獲得だ。まさに「利他の志を実践した後に自らに利が訪れる」を地で行く。髙倉氏は「損得ではない。善か悪かで判断する」と言い切る。京セラ創業者の稲盛和夫氏の「動機善なりや、私心なかりしか」に通じる。
こうして看板ドックが生まれた。「看板で悲しむ人をゼロにする」というミッションのもと、看板についての困りごとを解決してきた。従来の看板業界は「壊れたら直す」という緊急対応だけ。いわば事後保全で、しかも原因を究明しないので事故は繰り返し起こる。レガーロは「壊れる前に直す」という予報・予兆保全で事故を防ぐ。看板の倒壊などで休業に追い込まれる事態を回避できると評価を高め、多店舗展開企業を中心にリピーターを獲得していった。
看板の健康寿命を延ばす「サステナブルサインのレガーロ」としての認知度が高まったことから、25年10月を機に新たなフェーズに移行する。社名を「店舗ドック」に変えるのだ。看板だけでなく店舗全体の健康状態を診るというビジネスモデルへの転換をアピールするために決断した。

「看板ドックは要らないが、店舗全体の劣化状態を診てくれるなら導入したい」との声を多く聞いたという。看板が壊れても営業できるが、店舗のエアコンやトイレ、厨房が壊れたら休業するしかない。企業にとってメンテナンス業務は売り上げに直接貢献しないので後回ししがちだが、不具合を放っておくわけにはいかない。「やりたくない仕事はアウトソーシングして全てを任せたい」のが本音だ。
不便や困りごとを解決するレガーロの出番到来と判断、店舗ドックビジネスへの進出を24年12月に表明した。メンテ需要に応えるため、店舗の屋根から配管、電気設備まですべてを一元管理し責任をもって店舗の健康寿命を延ばす。メンテ業務をレガーロに委託した企業・店舗は本業に専念でき、売り上げを伸ばせる。「店舗の繁盛が我々の繁盛」をもたらす。
需要はあるうえ、看板の健康診断というニッチ市場で培ったビジネスモデルをそのまま生かせる、髙倉氏は「看板ドックはゼロイチ(0から1を生み出す)だったが、店舗ドックはイチヒャク(1を100に伸ばす)」と説く。100にできるエンジン(プラットフォーム)を手に入れたからだ。それを「生け簀」と表現する。水産業者が生け簀の中に餌をまいて育てた魚を獲るように、レガーロが個々の店舗が抱える困りごとを聞き、解決できる専門家を探し出し仕事を委ねる。生け簀の魚が専門家というわけだ。
その生け簀を3つ保有する。1つ目は看板ドックで築いた顧客集団、2つ目は店舗の不動産探しや建設、設備導入、看板などの専門家がそろう業界集団(縁活倶楽部)、最後は髙倉氏が趣味で入った合唱団(銀座男声合唱団)。ここには現役を引退した有能人材、例えばプロ経営者やM&Aアドバイザー、士業が多く集まる。
生け簀には髙倉氏の利他の志に共鳴・共振し共栄を目指す人材があふれる。これを生かす。困りごとを自分事としてとらえる主体性、相手の意見に耳を傾ける聞く力、多様な人材を巻き込むリーダーシップの三拍子そろう”人たらし“の髙倉氏の面目躍如といえる。
顧客と専門家・有能人材をつなぐのがレガーロの役割だが、その前段階として顧客の困りごとを丹念に聞く。髙倉氏は「医師は問診なしで薬を出さない。我々も(対話する)定例会を何度も行ったうえで仕事を任せられる専門家を選ぶ。タダで付き合うが、信頼を得てビジネスになる。無駄な時間にはならない」という。まさに利他の志だ。
導入に向けて定例会を開いている企業は5社。このほかに2社が検討中だ。目標は年間5社だったので目標を10社に引き上げた。ちなみに7社中6社が生け簀の魚という。このため「生け簀を大きくする作業と、生け簀に入れる魚を増やす作業に注力する」考えだ。看板ドックの国内市場が600億円規模に対し、店舗ドックは8000億円と桁が違う。しかも年間10%の伸びを見込める有望市場だ。海外も見込める。
レガーロは1998年にアパレルで創業。2005年に看板屋に転身し、17年には看板ドックを立ち上げ、「サステナブルサインのレガーロ」としてプラットフォームづくりに着手。25年からは店舗ドックに社名を改め事業領域を拡大し、店舗全体のメンテ代行で新たな顧客開拓に乗り出す。
まさに成長とともに名前が変わる出世魚だ。“第4の創業”でどんな独自価値を切り開くのか。頼りになるのが生け簀の魚だ。成長の先に見据えるのは海外進出であり、IPO(新規株式公開)だが、利他の志が生きるのは間違いない。髙倉氏が進める「利他の志本主義」から目が離せない。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集局長
松岡 健夫
大分県中津市出身。1982年早稲田大学卒。
同年日本工業新聞社(フジサンケイビジネスアイ、現産経新聞社)入社。自動車や電機、機械といった製造業から金融(銀行、保険、証券)、財務省や国土交通省など官公庁まで幅広く担当。デスク、部長などを経て2011年から産経新聞経済部編集委員として主に中小・ベンチャー企業を幅広く取材。次代の日本経済を担える企業の紹介に注力する。
著書は「ソニー新世紀戦略」(日本実業出版社)、「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)など多数。