中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第151回

令和9年度の助成金は予測できる ― 「概算要求」を今年度と見比べて読む技術

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原京二

 

はじめに:「知ったときには間に合わなかった」を繰り返さないために


「そんな助成金があるなら、設備を発注する前に教えてほしかった」。年度が明けて新しい助成金の情報が出回り始める頃、こんな声を耳にすることがよくあります。研修を始めてしまった後、賃金を上げてしまった後、機械を発注してしまった後に制度を知っても、多くの助成金は受け取れません。助成金の世界では、「実行してから探す」のでは遅いのです。

では、来年度にどんな助成金ができるのか、どの助成金が使いやすくなるのかを、前もって知る方法はないのでしょうか。実は、あります。来年度の助成金の中身は、前の年の8月末に国が公表する「概算要求(がいさんようきゅう)」という資料で、かなりの部分が予告されているのです。概算要求とは、簡単に言えば、各省庁が財務省に提出する「来年度はこういう仕事をしたいので、これだけの予算がほしい」というお願いの一覧です。厚生労働省の概算要求を読めば、雇用や賃上げに関する国の来年度の方針、つまり助成金の行方が、半年以上前に見えてきます。

本コラムでは、まず概算要求という仕組みを予備知識ゼロから説明し、次に「今年度の予算と見比べて変化を見つける」読み方をお伝えします。そのうえで、2026年8月末に公表された令和9年度(2027年度)の概算要求資料を実際に読み解き、来年度の助成金がどうなりそうかを予測してみます。読み終わる頃には、助成金との付き合い方が「後追い」から「先回り」に変わっているはずです。難しい話は一切ありません。必要なのは、数字の見比べ方という、ちょっとしたコツだけです。



概算要求とは何か──国の予算ができるまでの1年


■ 8月末の「お願い」から、翌年4月の「実行」まで

国の予算は、ある日突然決まるわけではありません。おおよそ次のようなカレンダーで、1年近くかけて作られます。まず夏、毎年8月末に、厚生労働省や経済産業省といった各省庁が、財務省に対して概算要求を提出します。「来年度はこの事業にこれだけの予算を使いたい」という要求書です。秋になると、財務省がこの要求を査定します。本当に必要か、金額は適正かを吟味し、削るところは削ります。そして12月下旬、政府としての予算案(政府案)がまとまり、閣議決定されます。年が明けると国会での審議が始まり、通常は3月末までに予算が成立して、4月から新年度の予算が執行される。これが基本的な流れです。

つまり、8月末に公表される概算要求の資料は、半年以上先に始まる来年度の政策の「設計図」の第一稿なのです。設計図の段階で読んでおけば、建物が完成してから慌てる必要はありません。

この流れを助成金の側から見ると、こうなります。個々の助成金の詳細ルール、たとえば助成額がいくらか、どんな要件を満たす必要があるか、いつから申請できるかは、「支給要領」と呼ばれる文書で定められ、多くは年度末から新年度の初めに公表・改定されます。経営者の皆さんが普段目にする「新しい助成金情報」は、この段階のものです。しかし、その支給要領の中身は、前年夏の概算要求で示された事業計画と予算額を土台に作られています。つまり、4月に「発表」される制度は、実は前年の8月に「起案」されている。春の発表を待ってから動くのと、夏の起案段階から準備するのとでは、使える準備期間に半年以上の差がつくわけです。


■ 助成金のお金はどこから来ているのか

もう一つ、知っておきたい基礎知識があります。雇用関係の助成金の多く、たとえば従業員の研修費用を助成する制度や、非正規社員の正社員化を助成する制度は、その財源の相当部分が「雇用保険料」です。雇用保険料は、従業員だけでなく事業主も納めています。つまり、雇用関係の助成金は、経営者の皆さんが毎月納めている保険料が原資になって戻ってくるお金でもあるのです。「助成金をもらうのは何となく気が引ける」という経営者の方もいらっしゃいますが、要件を満たして正しく受給することは、納めたものに対する正当な権利の行使という側面があります。遠慮する理由はありません。


■ ただし「要求」は「決定」ではない

ここで一つ、正直にお伝えしなければならない注意点があります。概算要求は、あくまで各省庁の「お願い」の段階であって、確定した予算ではありません。秋の査定で金額が削られることもあれば、事業の中身が修正されることもあります。また、資料をよく見ると「事項要求」という言葉が出てきます。これは「やりたいことは決まっているが、金額は予算編成の過程で決める」という、いわば金額白紙のお願いです。さらに、制度の見直し内容に「検討」と書かれている項目は、実施が約束されたものではなく、見送られる可能性も残っています。概算要求は「予告編」であって「本編」ではない。この距離感を持って読むことが、正しい活用の第一歩です。



今年度と見比べる──変化は3か所に表れる


■ 読み比べの技法①:カッコの中の数字を見る

では、具体的にどう読めばよいのでしょうか。概算要求の資料には、事業ごとに要求額が書かれており、その横のカッコ内に「前年度当初予算額」、つまり今年度の予算額が併記されています。この2つの数字を見比べるのが、読み解きの出発点です。要求額が今年度より大きく増えていれば、国がその分野に力を入れようとしているサイン。横ばいなら現状維持、減っていれば縮小や統廃合の可能性を疑う。たったこれだけで、数百ページの資料から「来年変わる場所」を絞り込めます。

たとえば「〇〇助成金 602億円(539億円)」と書かれていたら、今年度539億円の事業を来年度は602億円に増やしたい、という意味です。約12%の増額要求ですから、「制度を続けるだけでなく、対象や助成額を広げる意図があるのではないか」と当たりを付けられます。逆に「6.4億円(9.5億円)」なら3割以上の減額要求で、「この事業は畳む方向かもしれない」と読む。数字の増減は、役所の作文よりも雄弁に国の優先順位を語ります。


■ 読み比べの技法②:「新規」「拡充」のラベルを探す

資料の各事業には、「新規」「拡充」といったラベルが付いていることがあります。新規は文字どおり新しく始める事業、拡充は今ある事業を強化する事業です。助成金の観点では、「拡充」ラベルの付いた助成金は、来年度に助成額の引上げや対象の拡大が行われる可能性が高いと読めます。さらに各事業のシートには「見直し内容」という欄があり、「上限額の引上げを検討」「申請期間の拡充を検討」といった具体的な変更予告が書かれています。来年度の変化は、この欄に最も具体的に表れます。


■ 読み比べの技法③:「変わらないこと」も情報である

令和9年度の厚生労働省の概算要求を令和8年度と見比べると、正直なところ、全体の骨格は代わり映えしません。「賃上げの促進」「人への投資」「医療・介護など人手不足分野への労働移動」という3つの柱は、前年度からそのまま引き継がれています。しかし、これをがっかりする材料と捉えるのは早計です。方向性が変わらないということは、今年度の延長線上で来年度の準備をしてよい、という国からのメッセージでもあるからです。政策の柱が毎年コロコロ変わるようでは、企業は安心して投資計画を立てられません。「継続」は、それ自体が価値のある情報なのです。


もう一つ、見比べる際の注意点があります。国の予算には、4月から始まる「当初予算」のほかに、年度の途中で経済対策などのために追加で組まれる「補正予算」があります。助成金の中には、当初予算では小さな金額しか付いていないのに、毎年のように補正予算で大きく積み増しされてきたものがあります。当初予算の数字だけを比べると「小さな事業」に見えて、実際には大きなお金が動いている、ということが起きるのです。この点は、次の予測のパートで実例をお見せします。

補正予算にはもう一つの含意があります。補正で財源が積まれる助成金は、申請の受付開始が年度の途中になったり、予算がなくなり次第受付終了になったりと、スケジュールが読みにくいという弱点を抱えがちです。裏を返せば、国がある事業を補正頼みから当初予算の本格計上に切り替える動きは、「その支援を安定した恒常的な制度に育てたい」という意思表示と読めます。金額の大小だけでなく、お金の「付き方」の変化にも国のメッセージが込められているのです。



では、来年度の助成金はどうなるのか──令和9年度要求から立てる予測


ここからが本題です。令和9年度の概算要求資料を、今お伝えした3つの技法で読み解き、来年度の助成金を「拡充が濃厚」「堅調に継続」「縮小の可能性」の3つに分類して予測してみます。


■ 予測①:拡充が濃厚──賃上げ関連、とくに「業務改善助成金」

最も注目すべきは「業務改善助成金」です。これは、会社の中で最も低い時給(事業場内最低賃金)を引き上げ、あわせて生産性を上げるための設備投資などを行った中小企業に、その費用の一部を助成する制度です。最低賃金の引上げが続くなか、「どうせ賃金を上げるなら、設備も新しくして、国の助成も受ける」という使い方ができる、中小企業にとって実用性の高い助成金です。

この業務改善助成金の令和9年度要求額は543億円。カッコ内の前年度当初予算額は、わずか21億円です。実に25倍超という、異例の増額要求です。ただし、ここで先ほどの補正予算の知識が生きてきます。この助成金は従来、当初予算は小さく、毎年秋以降の補正予算で数百億円を積むという運用が続いてきました(令和7年度も補正予算で352億円が計上されています)。つまり543億円という要求は、単純に「25倍にお金が増える」という話ではなく、これまで補正頼みだった事業を、当初予算に本格的に組み込み、年度当初から安定して使える制度にしようとする動きと読むのが正確です。企業側から見れば、「補正予算が付くかどうか」「いつから申請できるか」に振り回されにくくなる、ということを意味します。

さらに、この事業のシートの「見直し内容」欄には、90円コース(時給を90円以上引き上げる場合)の助成上限額の引上げを検討、最低賃金の水準に応じた助成率の区分の見直し、申請期間の拡充を検討、と書かれています。ラベルも「拡充」。つまり、来年度の業務改善助成金は「使いやすくなる方向」の予告が複数明記されているのです。

これが実務にどう効くか、イメージしてみてください。たとえば、パート従業員の時給引上げと、作業効率を上げるための機械の入替えを、いずれ両方やろうと考えている会社があるとします。何も知らなければ、機械は今年の秋に発注し、時給は来年の最低賃金改定のタイミングで上げる、というふうにバラバラに実行してしまうかもしれません。しかし業務改善助成金は、賃金引上げと設備投資をセットで、しかも所定の手続きを踏んでから実行することが求められる制度です。「来年度、制度が拡充されてから、正しい順番で両方やる」という選択肢を知っているかどうかで、同じ支出でも受け取れる助成に数十万円から数百万円の差が出得るのです。

賃上げ関連では、概算要求全体でも「賃上げ支援助成金パッケージ」として約2,016億円が計上されています。このパッケージの中身を見ると、国の考える「賃上げの方程式」が透けて見えます。柱は3つ。1つ目は、設備や人への投資で生産性を上げた会社への支援(業務改善助成金のほか、労働時間の削減に取り組む会社を助成する働き方改革推進支援助成金、研修を支援する人材開発支援助成金など)。2つ目は、非正規で働く人の待遇改善への支援(正社員化や賃金規定の改定を助成するキャリアアップ助成金)。3つ目は、より高い待遇の仕事への転職・受け入れの支援です。つまり国は、「単に賃金だけ上げろ」ではなく、生産性向上とセットで賃上げの原資を作る会社、非正規の処遇を底上げする会社に、重点的にお金を配るという設計をしています。自社の来年度の計画がこの3本柱のどれかに重なるなら、対応する助成金が用意されている可能性が高い、という地図として使えるのです。


■ 予測②:堅調に継続──人への投資・両立支援

次に、要求額が前年度から着実に増えている「堅調組」です。非正規社員の正社員化や賃金規定の改定を助成するキャリアアップ助成金は583億円(前年度554億円)。従業員の研修費用と研修中の賃金を助成する人材開発支援助成金は602億円(前年度539億円)で、こちらは「拡充」ラベル付きです。育児・介護と仕事の両立を支援する体制づくりを助成する両立支援等助成金は412億円(前年度392億円)。いずれも前年度を上回る要求で、制度の骨格は維持される見通しです。

中身を少し具体的に見てみましょう。キャリアアップ助成金には、有期契約やパートで働く人を正社員に転換した場合の「正社員化コース」と、非正規社員の基本給のルール(賃金規定)を3%以上引き上げて適用した場合の「賃金規定等改定コース」があります。「人手不足だから、頑張ってくれているパートさんを正社員にして定着してもらいたい」という、中小企業でよくある経営判断が、そのまま助成対象になり得る制度です。人材開発支援助成金は、仕事に関連する専門的な研修を計画的に実施した場合に、研修経費に加えて研修期間中の賃金の一部まで助成されるのが特徴で、「研修に出すと、その間の給料が丸損になる」という中小企業の悩みに直接応える設計になっています。両立支援等助成金には、男性社員の育児休業取得を後押しした会社への支援などが含まれ、採用市場で選ばれる会社づくりの後押しとして機能します。

これらの助成金は、現行制度が続く前提で、今年度のうちから来年度の計画に織り込んでよいグループと言えます。たとえば「来年度、有期契約のパート社員を正社員に登用したい」「新入社員向けの研修体系を作りたい」と考えているなら、これらの助成金の存在を前提に、実施時期と手続きの順番を今から設計できるということです。順番、という点は特に重要です。多くの助成金には「実行前の計画提出」が要件として組み込まれており、たとえば研修系の助成金では、研修を始める前に労働局へ計画届(研修を始める前に出す事前の届出)を提出していなければ、どれだけ立派な研修をしても1円も出ません。先回りの価値の半分は、この「順番を守れること」にあります。また、国全体の流れとして、リ・スキリング(学び直し)と呼ばれる社会人の能力開発支援に、厚生労働省・経済産業省・文部科学省の3省合計で約1,194億円を投じる計画も示されており、「人を育てる会社に国がお金を出す」という潮流は当面続くと見てよいでしょう。


■ 予測③:縮小の可能性──数字が減った事業は「今年度のうちに」

一方で、要求額が前年度当初予算を下回っている事業もあります。たとえば、離職を余儀なくされた人を早期に雇い入れて賃金を上げた企業を助成する早期再就職支援等助成金の雇入れ支援コースは、前年度9.5億円に対して6.4億円の要求と、減少しています。要求段階で数字が減っている事業は、実績が伸びていない、あるいは他の制度への統合が視野にある可能性があり、将来的な要件の厳格化や廃止のリスクを織り込んでおくべきです。もし縮小方向の制度で「使えるのに使っていない」ものがあるなら、判断の方向は逆で、「今年度のうちに使っておく」が正解になります。予測は「待つ」ためだけでなく、「急ぐ」判断のためにも使えるのです。


■ 予測には限界がある──だから「確定の追跡」が必要

ここまでの予測は、概算要求という一次資料に基づく、確度の高い仮説です。しかし、仮説は仮説です。秋の査定で金額が削られる、年末の経済対策との調整で中身が変わる、「検討」とされた見直しが見送られる。どれも毎年、実際に起きていることです。実際、令和9年度の資料にも「予算編成過程において検討する」という留保の文言が随所に付されています。

だからこそ、確認のスケジュールを頭に入れておきましょう。目安は3つの時点です。まず12月下旬の政府予算案。ここで要求がどこまで通ったかが分かり、予測の確度が一段上がります。次に3月末の予算成立。そして年度末から新年度初めにかけて公表される各助成金の支給要領で、助成額・要件・申請時期の詳細が確定します。夏の概算要求で仮説を立てて準備を始め、12月と年度替わりの2回、確定情報で答え合わせをして実行に移す。この二段構え、正確には三段構えが、先回りと確実性を両立させる型です。



おわりに──「予告」を読む会社と、読まない会社の差


同じ賃上げ、同じ設備投資、同じ研修をしても、国の予告を読んで時期と順番を設計した会社と、実行した後に制度を知った会社とでは、受け取れる支援に大きな差が生まれます。概算要求は誰でも無料で読める公開資料で、厚生労働省のホームページに毎年8月末に掲載されます。差がつく理由は情報の有無ではなく、「読みに行くかどうか」、そして読んだ内容を自社の計画に翻訳できるかどうかだけなのです。今回の令和9年度要求から読み取れた方向性、すなわち賃上げと生産性向上をセットで支援する、非正規の処遇改善を後押しする、人を育てる会社にお金を出す、という3点は、来年度の経営計画を立てるうえでの前提として使えます。

明日からできることを、3つに絞ってお伝えします。

チェック1 来年度の予定の書き出し 来年度に予定している設備投資・賃上げ・研修・正社員登用を、金額や時期が未定でもよいので一覧にしてみる。

チェック2 拡充予測との突き合わせ 書き出した予定を、この記事の「拡充濃厚」「堅調に継続」の助成金と突き合わせ、実行時期を仮決めしてみる。

チェック3 今年度分の点検 縮小の可能性がある制度も含め、今年度中に使える助成金の申請漏れ・使い残しがないかを点検する。

ただし、最後に一つだけ。この記事の予測を「自社が受給できる」という確定判断に変換するには、会社ごとの個別確認が欠かせません。助成金には、雇用保険の適用や労働関係法令の遵守といった前提条件があり、賃上げの実施日や設備の発注日が1日違うだけで対象外になることもあります。また、概算要求から正式決定までの動きを追い続けるのは、本業のある経営者には現実的に難しい作業です。来年度の計画が具体的になってきたら、実行時期を確定させる前に、社会保険労務士などの専門家に「この計画、どの助成金と、どの順番で組み合わせられるか」を確認してみてください。それが、せっかくの先回りを取り漏らしで無駄にしないための、最後の仕上げです。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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