第27回
カギは“スマホで見られる”情報
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
静岡市清水区に清水港という大きな港がある。駿河湾に面し、港湾法上の国際拠点港湾で、中核国際港湾でもある。いわゆる東海地方の物流拠点だが、物流だけではない。遊覧船も就航しているし、ヨットハーバーもあり、マリンレジャーの拠点でもある。他にもいろいろある。遠洋で獲る冷凍マグロの水揚げは長らく日本一だ。
歴史もある。日本書紀に「やまとの国の救将 廬原君臣 健児(兵士)万余を率いて(清水湊=現在の清水港=を出て)海を越えて百済(くだら=朝鮮半島に存在した国)に至らむ」とのくだりがある。これは、663年に倭国(日本)が百済での「白村江の戦い」に参戦した際の記録だが、なんと清水から出陣している。戦国時代の16世紀には駿河(現在の静岡)に侵攻した武田氏の水軍基地だった。その後は徳川家康も水軍の拠点にしている。世界遺産の一部で「天女の羽衣」伝説で知られる三保松原のある三保半島が天然の防波堤となった湾内にあり、波は穏やか。富士山を間近に仰ぐ美しい港だ。そんなこともあってか、この清水港が近年クルーズ船の寄港地として注目を集めている。
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清水港へのクルーズ船寄港は、2013年までは年間10回以下だったが、コロナ禍前の17年や19年は同40回程度にまで増加している。これが、コロナ禍後の23年には同68回、昨年は85回と急増。今年は109回に達する見通しだ。これは横浜港や大阪港を上回る水準で、国内トップクラスの寄港地となった格好だ。
静岡県は観光客も多いところだが、県都である静岡市は一転して観光客が少ない。とりわけインバウンド(訪日客)は少ないのだが、クルーズ船は大きいものだと4000人規模。新幹線は1編成(16両)で1300人なので比べるべくもないが、クルーズ船からおりてくる客は富裕層が多い。観光政策としては、“量より質”というか、1人当たりの消費額が高い観光に期待できそうな感じがする。
清水港は清水の街中にあるし、かつて駿府とかおまちとか呼ばれた静岡市中心街も近い。まずはこのエリアで買い物や飲食を楽しんでもらえれば、旧市街地の活性化につながる可能性もある。というか、そうなるように誘導したらいいんじゃないか、と思う。
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もちろん、清水港の周辺や近隣の市街地では、クルーズ船でやってきた観光客の取り込みに挑戦している。またとないチャンス到来で、県や市も懸命に盛り上げようとしている。しかし、いまのところ静岡市中心街となると目立った変化が感じられない。なんともったいないことだろう。
この地に2年半ほど住んで感じたのは、中心街に歴史や文化の詰まった“本物”がたくさんある、ということだ。駿府は今川氏や徳川家康が大御所として暮らしたこともあって、いいモノが集められ、育てられ、残されている。それらは希少だったり貴重だったりするので高価だが、クルーズ船の富裕層には受けそうな気がする。骨董品や木工細工などの長い歴史が生み出した産品や、その延長線上に生まれたプラモデルなども外国人には評判がいい。
ただ、一例だが静岡市がプラモデルの国内生産シェア8割以上で、タミヤをはじめとする大手メーカーの本社が集積していることや、バンダイグループの看板商品の1つであるガンダムのプラモデル(ガンプラ)が全量静岡市で生産されていることは、地元以外でさほど知られていない。
プラモデルは好みもあり一例に過ぎないが、静岡にはこういうケースが多いのだ。お茶や日本酒なども銘品ぞろい。マグロをはじめとする海産物も豊富で、寿司や天ぷらの“想像を超えた”名店も多い。中には、地元にいても予約がとれないようなところもあるが、半面でそうじゃないところも驚くほど多いのだ。
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クルーズ船を降り立った外国人観光客3~4人に“ここで何をしたいか”と聞いたところ、共通していたのは「日本の文化に触れたい」「日本の食を楽しみたい」という点だった。というわけだから、まさに前述のような静岡の魅力あるモノや食をご案内すればいい。といいつつ、実はこれが難しいし、難しいからなかなかうまくいかないかも知れない。
2年前、NHKの大河ドラマで徳川家康の生涯を描いた「どうする家康」が放映された。この時は、ゆかりの地ということで静岡にも多くの観光客が来た。週末を中心に、知り合いもたくさん来た。その際によく言われたことが、「店が不定休なのか閉まっていた」とか「ネットの情報が全然正しくない」といったことだった。確かに、週末を定休日にしている店や不定休のところも多い。そして、そもそもその種の肝心な情報が少ない。
東京から来た観光客でさえこうなのだ。これではクルーズ船の富裕客も目的地を決めらないに違いない。外国語のメニューを用意するといったこと以上に、まずは生きた情報、現在の情報を発信する必要がある。SNSや地図サイトにちょっとだけでもあればいいのだ。でも、それも難しい。店主らは高齢化し、若者は少ない。行政や観光協会もガイドブックではなく、そうした情報発信を支援してみてはどうかと思う。
目的地は事前に決めるものだ。情報はスマホで得ることが多い。そこに出ていない、出ていても正しくない、ということではどうにもならない。リアル店舗の集合体である市街地の活性化、特にリアル店舗の新規顧客や観光客の獲得も、カギを握るのはネットの情報だ。現地に住む筆者も、ネットに住所すら出てないところにはたどり着きそうにない。
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