企業経営の目的については、さまざまな議論がある。この連載の執筆者でもある法政大学大学院の坂本光司教授は「5人に対する使命と責任を果たすための活動」と定義する。一方、マネジメントの父と称される経営学者のピーター・F・ドラッカーは「顧客を創造することである」と定義している。
多くの議論はあるがこの2人の定義からも分かるように、企業経営の目的は少なくとも利益追求ではないことは明らかだ。
ドラッカーが定義した、顧客の創造とは「われわれは何を売りたいかではなく、顧客は何を買いたいかを問う」「顧客が価値があると感じ、必要とし、求める満足こそが、製品・サービスである」ということである。
つまりどんなに、作り手が良いものだと思っても、それが顧客に伝わり、必要とされなければ、それは製品でもサービスでもない、ただの自己満足ということになる。
先日訪問した、ぶどうの木(金沢市)が発売した「蒸(じょう)のおせち」はまさに顧客に新たな価値を提供した商品である。ぶどう園から結婚式場、レストラン、洋菓子店など幅広く事業を展開している。
「蒸のおせち」という名前の通り、このおせちは蒸して食べる、今までになかったスタイルのおせちを世の中に提供した。もともとおせち料理の由来の一つとして、年中休みのない家庭の主婦を、正月くらいは食事の支度から解放させてあげたいという心遣いから、日持ちする料理を作りだめして、元日から数日間はそれで食事を済ませるというのがある。そのため、冷たくても食べられるおせちが一般的な考えであった。
しかし本昌康社長は、最近では、正月のおせち離れが進み、せっかく家族・親戚が集まる機会だから温かいものを食べたいといって、鍋を食べるという寂しい話を耳にした。そこでおせち料理の文化を尊重しながら、現代の食生活にあった新しい正月料理を提案できないかと考えるようになり、新しいおせちの開発が始まった。
開発を進めると、試行錯誤の連続で、特に重箱の中のすべての料理を同じ時間で食べごろになるよう蒸しあげることに苦労したが、それぞれにあらかじめ下処理を施したり、点火から沸騰、食べごろに蒸しあがる時間は何分なのかを、すべての料理で根気よく計測するなど、十数回の試作を重ね完成させた。
顧客が何を求めているか、それをおせち料理でかなえることができないかを追求した結果、これまでのおせちの常識を覆した新たなスタイルのおせち料理が完成した。
どうしても商品・製品・サービスを開発する際に、作り手として思い入れがあるため「プロダクトアウト」の発想になりがちになる。ただし、顧客を創造し、顧客に気づいてもらうためには「マーケットイン」の発想を意識しなければならない。この商品・製品・サービスが顧客のどんな負の解消につながるのか。どんな価値を新たに提供できるのかを追求することこそが、企業の顧客創造の第一歩となる。
<執筆>
アタックス研究員 坂本洋介
2015年2月12日「フジサンケイビジネスアイ」掲載