大企業と中小企業の違いを、規模や資本力などという人がいるが、そうした認識は間違いである。あえて言えば、両社は生きる世界、つまり生存領域が決定的に異なる生物と理解し、認識すべきだ。
両者を魚に例えるなら、大企業は深い海で生きる、例えば鯨のような生物であり、一方、中小企業は浅瀬で泳ぐボラのような魚であるといっても良い。
それゆえ、深みに生きるべき大企業が浅瀬に来たら命を失うこともあり、逆に浅瀬で泳ぐべき中小企業が深みで泳いだら、大きな魚にたちまち食べられてしまうのは当然である。
これを経営学的に言えば、大企業はロットの大きい大きな市場、さらには見込み生産や見込み仕入れが可能な市場を狙うのは当然。中小企業はその逆で、ロットの小さい、受注的な顧客の顔の見える市場、より具体的に言えば「多品種少量(微量)の市場」を狙うのが、両者がけんかをせず、共に生存できる唯一の方法だ。
しかし、多くの中小企業は、ロットが小さいとか短納期であるとか、さらには面倒な仕事などと言いつつ、この両者の生存領域を守らない。
その結果、多くの中小企業は、大企業におんぶに抱っこの下請け経営となってしまう。そればかりか、中小企業同士の過当競争に陥り、市場が要求しない価格に下がり、自らを苦しめてしまうのだ。
一方、こうした中にあって、生存領域をきちんと守り、顧客から圧倒的な支持を受けている中小企業も全国には多い。
先日、訪問した鳥取市の中小企業もその一社。社名は「万年筆博士」といい、家族従業員を中心とした小さな企業である。
主な製品は文房具、とりわけ評価が高いのは社名のとおり「万年筆」の製造販売である。
直販している全ての製品は受注生産で、まさに地球上に1本しかない自分だけの万年筆だ。顧客の思い出の素材をふんだんに利活用し、顧客の要望を100%生かした手づくりの逸品である。
最近の売れ筋価格を聞くと、平均単価は1本20万円という。より驚くことは、その受注残で、年々長期化し、現在は約2年分、つまり、今注文しても手元に届くのは2年後というのである。
近年は英文ホームページの効果や口コミ効果もあり、海外からの注文も多く、今や売上高の約50%は欧米に住む人々からだ。しかも、2年後、わざわざ鳥取まで万年筆を取りに来るという。こうした中小企業の生き方こそ正しいのである。
<執筆>
法政大学大学院政策創造研究科教授 アタックスグループ顧問・坂本光司
2017年12月25日フジサンケイビジネスアイ掲載