先日、久方ぶりに親しい中小企業経営者であるW氏にお会いする機会があった。W氏は、苦労に苦労を重ね、今や、日本を代表する名中小企業経営者と高く評価されている方であるが、「名刺が替わりましたので」と言って、渡してくれた名刺を見ると、「相談役」となっていた。
筆者は、「会長にはならなかったのですか」と聞くと、W氏は「代表取締役会長とか、会長とか、あるいは最高顧問とか、社長退任後、色々な肩書で頑張っていらっしゃる経営者を多く見ていますが、自分はそういったポストに就くことは考えませんでした。自分の性格からいって、必ず社長や社員に口出しをしてしまうからです。ですから、あえて困ったときには相談しなさいという意味で「相談役になったのです」と話してくれた。
筆者が「逆に離れてみていると、言いたいことが、次から次に出てくるのではないのですか」と、さらに質問をすると、W氏は「その通りですが、そんなことをしたら、せっかくバトンを受け、より良くしようと張り切っている新社長の邪魔になってしまいます。それどころか、社内にまるで院政が敷かれ、2頭政治となってしまい、社員が誰の指示に従った方がよいのか分からなくなってしまいます。極端な場合、社内に会長派と社長派ができてしまい、こんな組織運営で、社員の帰属意識や、モチベーションが高まるはずはないのです」と話してくれた。
筆者は、仕事柄よくポスト社長の身の処し方について相談を受ける機会があるが、その時のアドバイスの一つが「社長と会長の最大の違いは我慢の度合いである」である。その意味は、社長を退任するのであれば、経営の「あり方」に疑問を感じたような場合はともかく、経営の「やり方」、もっとはっきり言えば、現業には決して指示を出してはいけないのである。
元より、もしも会議に出席するならば、社長より多く喋りすぎるべきではないし、当然であるが、社長より早く出社することも、遅く退社することもしてはならない。このことこそ、社長と会長の最大の違いなのである。しかしながら、こうした姿勢を貫くことは、カリスマといわれた経営者や一代で著名となった企業の創業経営者であればあるほど、正直難しい。
とはいえ、こうした姿勢をとり続けない限り、新社長を針のむしろ状態で苦しめるだけである。その意味では、そうした姿勢をとれない社長は、まるで昇任したかのような「会長」職についてはならないのである。
<執筆>
2019年8月20日フジサンケイビジネスアイ掲載