昨年12月、ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)のビジョンケアカンパニー元社長に「経営理念に基づく価値経営」の話を聞く機会があった。1982年、米J&Jの解熱鎮痛剤「タイレノール」に毒物が混入され、シカゴ地域で死者が出た「タイレノール事件」。経営陣は「J&J製品を使うすべての人々に責任を負う」という経営理念を判断基準として事件を解決した。J&Jは多大なコストをかけて、シカゴ地域だけでなく全米からタイレノールを完全に回収、消費者から大きな信頼を得た。
経営理念は会社が、顧客、社員、地域社会、取引先・株主といった利害関係者(ステークホルダー)のために何を実現しようとするかを社内外に表明するものだ。筆者は一番重視すべきステークホルダーは顧客と社員で同列と考える。経営上は「会社は顧客のために存在する」と考えるべきで「どんな価値を提供できるのか」顧客に対して表明しなければならない。
社員も人手不足時代を考えると顧客以上に大事といえる。会社は社員に、「何を提供できるのか」「働くことで幸せになれるのか」「どのような考え方であれば幸福になれるのか」を明示しなければならない。
次は地域社会と取引先。環境問題に無頓着な会社、コンプライアンス(法令順守)違反を繰り返す会社、労働基準法を無視するブラック企業は消費者や学生から見放されてしまう。また、取引先は共存共栄のパートナーで、協力なくして事業は遂行できない。
最後が株主。オーナー会社の多くは株主をステークホルダーとして意識しないが、オーナー一族以外の株主がいるケースでは株主の支持が必要になる。
正しい経営理念を作り、浸透・実践する効用を考えたい。J&Jの例は信条を判断基準とした結果、リスクを回避できた。
絶えず問題が発生する経営現場で、ぶれない判断基準があれば問題解決の決断に迷うことも少なくなる。また、経営理念で社員に守るべき行動指針を示す効用も大だ。行動指針の徹底は「良き社風づくり」にもなる。
トヨタ自動車では、ものづくりと組織のあり方の基本となる行動指針「トヨタウェイ」を定めている。トヨタの管理職はトヨタウェイを常に意識し「ものづくりは人づくり」という風土ができ上がっている。
以前サイゼリヤ会長の正垣泰彦氏は「お客さまに健康になってもらうため、食べると体に良いものを安く提供することをずっと考え実行した結果、現在の会社に成長した」「何かおかしいと感じたときには必ず経営理念に立ち返る」と話していた。
変化の激しい時代、経営者一人では経営はできない。松下幸之助氏の言葉を借りれば、経営者は衆知を集めて経営をすべきであり、社員一人一人に経営理念の浸透と実践を求めなければならない。そして、自らが経営理念の伝道師となりブレない判断と決断をしてほしい。
<執筆>
アタックスグループ主席コンサルタント 丸山弘昭