駒井研司が聞く プロの自己管理術

第7回

当たり前のことを徹底してやった 経営者・渡辺光五さん(3)

駒井 研司 2013年11月18日
 

 経営どころか大学進学すら考えていなかった渡辺光五さん。成り行きで創業に参画し、やがて会社を創っていく面白さを知り、気が付けば夢中で仕事に取り組んでいた。

 --順調だった事業があるとき突然不調になったと聞きました。何が起きたんですか?

 「仕事の質に問題があったんです。現場に遅刻したり、部材の忘れ物をしたり。気が付くと、何とかつじつまを合わせている現場がたくさんあり、信頼を失っていました。感熱式の家庭用FAXに毎日大量に届いていた発注書はいつの間にか全く来なくなり…。稼いだお金は全部飲んでしまっていたので蓄えもなく、オフィスの家賃を払うので精いっぱい。2カ月間、そうめんだけを食べて暮らしました」

 --大変でしたね。どう改善したのですか?

 「まず、お世話になっていた外部の人に社員になってもらい、仕事もその人から紹介してもらいました。それで少しずつ収入を確保しながら、意識改革に取り組みました。といっても立派なものではなく、性根を入れ替え、遅刻や忘れ物の防止といった当たり前のことを徹底したんです。すると徐々にまた、信頼を得られるようになり、顧客企業から転職した人が転職先から、また仕事をくれるといった流れで取引先が増えていきました。この頃から単に仕事をもらうだけでなく、提案に同行したり、見積もりをつくったりするようになり、時々スーツも着るようになりました。そのうち取引先から『うちの社員として提案に行って』と求められるようになり、気が付くと『渡辺光五』と書かれた大手企業の名刺を何種類も持つようになっていました」

--名より実を取ると割り切っていたんですね。その後はずっと順調でしたか?

 「いえ、数年後もう一度大きな出来事がありました。ある取引先からの要請で東京に事務所を開設し、2人の社員を派遣しました。東京で発生する営業案件に彼らが対応し、大阪本社に仕事を供給する取り組みです。ところがしばらくすると、この2人がその取引先に引き抜かれ、東京事務所が消滅してしまいました。根本的な原因は“ウェバートンならでは”という価値が何もないことだと感じ、ものすごく悔しかった。そして火がついて、さらに猛烈に仕事をするようになりました。27歳の頃でした」(つづく)


【プロフィル】渡辺光五 わたなべ・こういつ ウェバートン専務取締役。39歳、愛知県出身。学生時代に創業に参画し、社長とともに、経験・知識ゼロの状態から年商10億を超える企業を育て上げた。

2013年11月18日「フジサンケイビジネスアイ」掲載
 
 

プロフィール

株式会社ネオレックス
CEO 駒井研司

こまい・けんじ 自己管理のためのiPhoneアプリ「MyStats」(マイスタッツ)発案者。


HP:株式会社ネオレックス

このコラムをもっと読む 駒井研司が聞く プロの自己管理術

同じカテゴリのコラム

革新ビジネスアワード2019表彰式&交流会参加者募集
キーワードからコラムを検索する