駒井研司が聞く プロの自己管理術

第6回

大学に通いながら会社を切り盛り 経営者・渡辺光五さん(2)

駒井 研司 2013年11月4日
 

 設備工事からサーバーの構築まで「現場のIT」全般に対応するウェバートンの渡辺光五さん。成り行きで創業に居合わせ、気が付くと学生ながら会社を切り盛りするようになっていました。

 --非常に成績優秀だったと聞きました。子供の頃から?

 「いや、小学生の頃はとても成績が悪かったんです。体育や図工の内申は『5』でも、国語や社会は『2』。でも6年生のときふと『勉強って面白いな』と思うようになり、それから成績が伸びていきました。中学3年のときは野球部のキャプテンで通知表はオール5。愛知県から『優秀生徒』として表彰されました。でも進学にこだわりはなく、高校を出たら働いて、早く車に乗りたいなとか考えていました」

 --大学に行く気は無かったんですね

 「というか、ちゃんと考えたことが無かったという感じですね。周囲を見て自分も受験勉強をと思った頃にはもう遅く(笑)。模試の成績は悪く無かったんですが、センター試験で失敗。結局親の負担も考えて、働きながら大阪市立大学の2部に通うことにしました。今思えば、強い目的意識が無かったことが失敗の原因ですね」

 --そして大学に通いながら創業に立ち会ったわけですね。仕事は順調でしたか?

 「とても順調でした。1997年当時LAN工事の需要は強く、仕事はどんどん入ってきました。『今日工事して!』とか『工事内容も現場住所も分からないけど、とにかくやって』といった仕事も全部受けていたので、取引先からも重宝されていたんでしょうね。会社をゼロから自分たちで創り上げていくという感覚がとても楽しかったです。朝5時半に起きて会社に行き、9時までに現場に着く。夕方には作業着のまま大学に通い、夜9時まで授業。深夜11時までバンド活動をして、それから飲みに行って、少し寝てまた5時半に起きる。そんな毎日でした。実は大学最後の年、こっそり就職活動をしたこともあります。ウェバートンの仕事はとても気に入っていたのですが“安定”というものが全くなく、不安だったんです。でも考え抜いた末に『こんなチャンスはない!』と思えるようになり、卒業後もウェバートンの仕事を続けると決意しました。24歳になる頃です。ところがそのわずか数カ月後に、仕事がパッタリと来なくなってしまいました」(つづく)


【プロフィル】渡辺光五 わたなべ・こういつ ウェバートン専務取締役。39歳、愛知県出身。学生時代に創業に参画し、社長とともに、経験・知識ゼロの状態から年商10億を超える企業を育て上げた。

2013年11月4日「フジサンケイビジネスアイ」掲載
 
 

プロフィール

株式会社ネオレックス
CEO 駒井研司

こまい・けんじ 自己管理のためのiPhoneアプリ「MyStats」(マイスタッツ)発案者。


HP:株式会社ネオレックス

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