第81回
「自分を信じる」志村真里亜さん
ピーエムグローバル株式会社 木暮 知之
さまざまな分野で活躍する方にお話を伺うインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは外資系メーカーの外国人社長秘書や通訳などを務め、現在はビジネス英語を使ったキャリアサポートや海外とのビジネス展開支援などを手掛ける通訳者の志村真里亜さんです。
木暮 お生まれはブラジルだそうですね。
志村 獣医だった父が牛の人工授精を研究するため留学していた関係で、3歳半までサンパウロ州で育ったんです。現地は人間より牛の数の方が多いような土地だったそうです。当時の記憶は無いのですが、今でも「おふくろの味」といえばブラジル料理。研究を終えて帰国して住んだのは自動車産業が盛んな愛知県の岡崎市で、トヨタ自動車などの関連工場で働くブラジル出身の方も多く暮らしていました。食材は調達しやすかったので肉料理「シュラスコ」とかチーズ味のパン「ポンデケージョ」などが食卓に並ぶことがよくありました。
木暮 それからは日本でお育ちになっている。日本でのカルチャーショックのようなものとは無縁だったわけですね。
志村 そうでもないんです。今もライフワークにしている「ハグ」にまつわる幼少期の出来事が忘れられません。幼稚園の送迎バスが来ると、乗り込む前に父親が自宅の前で毎回抱きしめてくれるのが我が家の習慣でした。ただ、ハグにあまり馴染みがない園児からはその様子をからかわれることがありました。みんなに笑われるのが恥ずかしくて、家の外でハグをするのは控えるようになりました。
木暮 今では日本でも親子のハグはよく見かけるようになりましたが、当時はまだ珍しかったのですね。その後の海外との関わりはいつごろですか。
志村 祖母に同行して海外旅行するうちに、英語という外国語やブラジルで生まれた自分のルーツに関心が湧くようになりました。英語が話せるようになって日本を出られたら、自分の居場所が見つかるかもしれないと期待する部分があり、大学3年生の時にカナダ・バンクーバーへ留学しました。自分なりに準備して臨んだつもりだったのですが、到着早々にホームステイ先でのコミュニーションが上手くいかず、初日から打ちのめされました。心細さと自分の無力さに落ち込んでしまって、泣きながら日本に電話する日々がしばらく続きました。ブラジルで研究生活を送った父は当初、慰めてくれていたのですが、連日のように国際電話で愚痴をこぼす娘の状況を変えようと思ったのでしょう。ある日、「そんな甘い気持ちで行ったのなら、もう帰ってこい」と厳しい口調で怒りました。その言葉で生来の負けず嫌いの性格に火がついてしまい、気が付いたらこちらも「英語をネイティブレベルで使えるようになるまで帰らない」と応酬していました。いま思うと、売り言葉に買い言葉だったのですが、父に一喝されたことで覚悟ができました。その後は留学生仲間と部屋を借りて共同生活を始め、完璧な英語を話さなくても会話が通じることが分かって気持ちが楽になりました。留学前に抱えていたアイデンティティの問題も、英語を話しているときが、ありのままの自分を表現できる、という感覚と自信が持てるようになりました。
木暮 率直に話したいときに日本語で的確に表現できる言葉が見つからず、英語の方が楽だと思うことは僕にもありますね。帰国後は、三菱重工業が進めていた国産ジェット機「三菱リージョナルジェット(MRJ)」の開発プロジェクトに参加されました。初の国産ジェット機開発に注目が集まっていましたが、実際にプロジェクトに入られて、どうでしたか。
志村 飛行機に興味がありましたので、専門的なことは勉強をしながら技術通訳として参画させていただきました。当時は就航に必要な当局の「型式証明」取得のための試験飛行時間を国内だけで確保するめどが立たず、米国の空港も使って時間を捻出する方針が取られていました。通訳として入ったのは、そうした国外での試験実施を見据え、日本に集められた米国人整備士に「三菱教育」を行うプロジェクトでした。具体的には日本人講師の説明を訳し、日米の整備士をつなぐ役割です。講義の内容は集合時の時間厳守といった基本的なことから、はんだの使い方といった実技まで多岐に渡るのですが、米国側からは「日本式のチェック項目の多さにはついていけない」とか「工具の置き方にこれほど時間と労力をかける意味が分からない」といった不満が出ました。
木暮 相手が納得していないときには通訳として、どう対応するんですか。
志村 講師の指示を言葉通りに英訳しても、米国人整備士には理解されにくいと思ったので、日本で重視される「整理整頓」の意味のほか、工具の配置も安全を最優先するために必要な措置であることなど、指示の意図と背景を伝えるようにしたんです。最初はイライラしていた米国の方たちも日本流の細かい指示をだんだん面白がってくれるようになってきて。
木暮 相手に面白いと思わせれば、しめたものですね。状況をできるだけ楽しまないとストレスになるだけ。次第に疲弊してしまいます。高度なスキルが要求される通訳のお仕事とはいえ、こうした相互理解の前提となるような根本のところに踏み込むには、お互いの文化や考え方の違いを知っていないと言えない。素晴らしい対応ですね。
志村 ありがとうございます。開発プロジェクトは残念ながら納期遅れが度重なり、商業化されることはかないませんでしたが、個人的にはすごく勉強になった仕事でした。
木暮、その後、日本の大手自動車会社で役員秘書に転身されます。
志村 秘書をしたことは全く無かったのですが、これまでの海外経験を買われ、フランス人副社長を担当させていただくことになりました。幸運だったのは、カリスマ経営者として辣腕(らつわん)を振るっていたカルロス・ゴーン氏の秘書をされていた方がメンター(指導役)についてくださったこと。秘書としての心構えなどをゼロから教わりました。
木暮 どんなことですか。
志村 その方からは「先読み力」を鍛えるように言われ、いろいろな現場をそばで見させてもらいました。特にノンバーバル(非言語)の情報を読む重要性を指摘されました。例えば、本人の目つきからその日の機嫌や必要なアイテムを判断するとか、顔の表情、動くタイミングといった微妙な変化です。また、役員会議に関しても参加予定者の特性から議論の方向性を予想したり、事前にリスクヘッジしたりするといったことを学びました。
木暮 いいですね。先読み力はプロジェクト・マネジメントという、僕たちの仕事にも通じるところがあります。会社のメンバーにもよく言うんです。プロジェクト管理では、先を予想して対策を立てておくとか、不測の事態が起きて慌てないように先手を打っておくとか、そうした準備が大事。危機を察知するアンテナ、感性を研ぎすます、ということですね。
志村 はい。キャリアの転換点となる重要な職場でした。メンターをしてくださった方は、今でも目標とする女性であり恩人です。
60通のメールの果てに
木暮 全世界で開催される講演会「TEDx」に日本から登壇されています。心のこもったハグが人々の命を救うという内容は心に訴えるものがありました。講演するきっかけは何だったのですか。
志村 とある知り合いの方から「真里亜さんは英語ができるのにTED(テッド)には出ないの?」と聞かれたんです。TEDはご存じの通り、各界で活躍する著名人らがプレゼンターとして登場し、素晴らしいアイデアや世界に伝えたいメッセージを聴衆に訴える講演会です。無名である日本人が簡単に出演できるようなものではありません。でもその方は「大丈夫、絶対に出られるよ」と勧めてくださる。半信半疑だったのですが、その励ましの言葉を信じて挑戦してみようという気になりました。まずは3年で実現する目標を立て、TED主催者や関係者に毎日、片っ端からコンタクトしてみました。世界中で開催されていることを念頭に「どこにでも行きます」とアピールしましたが、現地在住者しか登壇できないというルールがあることも初めて知りました。返信はほとんど無い中で、60通目のメールに「面白そうな内容なので1度話したい」と返事がありました。それは拠点のある淡路島での開催を企画していた日本企業の主催者からでした。開催テーマの「生きがい」がプレゼン内容と親和性があるということで、講演の機会をいただくことになりました。
木暮 TEDはよく見ます。歴代の登壇者と同様に堂々とプレゼンされていて素敵でした。
志村 ありがとうございます。人前で話すのは苦手だったのですが、何度も練習を重ねて臨むことができました。何かにチャレンジする事は大切だとあらためて思います。その後も、講演をご覧になった親日家の方から英国のトークイベントで講話をしてほしいと呼んでいただいたりして、ありがたいご縁が広がっています。
木暮 外国に興味があっても言葉の壁などが気になって、なかなか挑戦できない人もいます。
志村 そうですよね。私もこれまで踏み切れなかった経験が何度もありました。ただ、自分が想定していたハードルは、1歩を踏み出してみると意外と低い、ということも挑戦して初めて分かりました。その次のステップはもっと軽く感じるんです。あと1歩を踏み出そうとしている方の多くは、すでに日本でいろんなご経験を積まれて活躍されている。ただ、英語が話せないから海外展開を諦めるなんて。ご自身の可能性を日本だけにとどめておくのは、もったいないです。
木暮 同感です。現在も心のこもったハグの普及をご自身の「ライフミッション(人生の使命)」に掲げられるなど精力的ですね。今後はどのような活動をされたいですか。
志村 通訳にもビジネス英語のコーチングにも可能性を感じます。また、日本人の海外プロデュースにも興味があるんです。海外に行くときは着物を持参するのですが、和装でいると自然と人が集まって、みなさんが話しかけてくれるんです。以前に外国のコールセンターで働いた際、どんな時もオペレーターに対して丁寧で礼儀正しい日本人の良さを再認識しました。海外に出たからこそ、日本人独特の精神性が唯一無二の強みになることも確信しました。こうした日本人が海外で本来のポテンシャルを最大限発揮できるよう、外国人の心に刺さるように日本や日本文化をプロデュースできると嬉しいですね。(おわり)
志村真里亜さんについては当社のFacebookでもご紹介しております。ぜひご覧ください。
プロフィール
グローバルなビジネス環境で今まで以上に高品質なプロジェクトマネジメントを必要とされる全てのお客様のために、プロジェクトを推進し成功させるための環境づくりを総合的にサポートします。また、マネジメントのパートナーとして現場の視点と経営の視点を併せ持った課題の発見、およびその対策としての戦略策定をご提案します。
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海外進出コンサルティング
Webサイト:ピーエムグローバル株式会社
「外国の方とのビジネスやコミュニケーションに悩まれたことはありませんか?
ギクシャクしたり、思ったほど相手との距離が縮まらなかったり。英語だけの問題ではないのでは?
『ガイバナ』では、英会話自体にフォーカスするのではなく、英語が苦手な方でも、一歩踏み出してコミュニケーションの場を明るくする、キラリと光るエッセンスをお届けします。エピソード後半に、覚えてほしいキラリフレーズをご紹介しています。
「ガイバナ」ポッドキャストはこちらから
ガイバナ@Line: @315pjfpo」
- 第81回 「自分を信じる」志村真里亜さん
- 第80回 「素直に教えを乞う」尾﨑洋平さん
- 第79回 「苦楽を分かち合う」渡邉哲夫さん
- 第78回 「変えたいならチャレンジ」前田謙一郎さん
- 第77回 「みんなで決めたらやり遂げる」甲斐ラースさん
- 第76回 「ひとつずつクリアする」大渕愛子さん
- 第75回 「国内・海外の共通言語はコミュニケーション力」駒井愼二さん
- 第74回 「相手に合わせたロジックを」福田勝さん
- 第73回 「強みを生かす」亀井貴司さん
- 第72回 「現状に疑問を持つ」アミヤ・サディキさん
- 第71回 「任せたら自由にさせる」竹内新さん
- 第70回 「正しいあうんの呼吸を」村瀬俊朗さん
- 第69回 「ほかにない価値を」金城誠さん
- 第68回 「素早く対応する」柏田剛介さん
- 第67回 「ビジョンを伝える」中村勝裕さん
- 第66回 「歴史を学ぼう」磯部功治さん
- 第65回 「多少の自信と歯切れの良さと」島原智子さん
- 第64回 「情報を体系化する」鈴木隆太郎さん
- 第63回 「メッセージを明確に」岩本修さん
- 第62回 「上司もホウ・レン・ソウ」高橋裕幸さん
- 第61回 「自分を肯定する」前川裕奈さん
- 第60回 「状況を掘り下げて原因を探す」寺島周一さん
- 第59回 「信頼と共感の空気をつくる」蔭山幸司さん
- 第58回 「一緒に楽しむと続けられる」草木佳大さん
- 第57回 「7割の見込みを信じる」吉元大さん
- 第56回 「意見をありがたく聞く」室井麻希さん
- 第55回 「常に学び・成長できる環境に身を置く」門田進一郎さん
- 第54回 「目の前の人との関係を大事に」岡田昇さん
- 第53回 「意見を聞いてから主張を調整する」大橋譲さん
- 第52回 「頼れる存在に任せる」ケビン・クラフトさん
- 第51回 「要望の背景も話す」堀田卓哉さん
- 第50回 「素直に聞く度量を」山田剛さん
- 第49回 「奇妙な日本人を自覚する」村上淳也さん
- 第48回 「信頼にめりはりを」二階堂パサナさん
- 第47回 「俯瞰(ふかん)して眺める」エドワード・ヘイムスさん
- 第46回 「丁寧さが評価される」ブレケル・オスカルさん
- 第45回 「個と向き合う」吉野哲仁さん
- 第44回 「事実に焦点を当てる」中村敏也さん
- 第43回 「現場に顔を出す」深井芽里さん
- 第42回 「状況を楽しむ」飯沼ミチエさん
- 第41回 「人生を楽しむ“絶対的価値観”を」小川貴一郎さん
- 第40回 「少ない言葉でも伝わる」アレン・パーカーさん
- 第39回 「ポジティブは伝染する」川平慈英さん
- 第38回 「自分で考える人に」野田純さん
- 第37回 「常にフェアであれ」忍足謙朗さん
- 第36回 「相手の価値観を包み込む」神原咲子さん
- 第35回 「直接得る情報を大事に」ネルソン水嶋さん
- 第34回 「相手のルールを早く知る」杉窪章匡さん
- 第33回 「意見を受け入れて試してみる」鈴木皓矢さん /「ノーと言われてもあきらめない」林祥太郎さん
- 第32回 「技術を尖(とが)らせる」稲垣裕行さん
- 第31回 「自分でやってみる」佐々木英之さん/「やる気のエネルギーを信じる」白井良さん
- 第30回 「リフレッシュ方法を見つける」大野均さん
- 第29回 「英語はメールから始めよう」岡田陽二さん
- 第28回 「逃げずに向き合う」矢野浩一さん
- 第27回 「相手に合わせた伝え方を」松田励さん
- 第26回 「ゴールを共有する」多島洋如さん
- 第25回 「考え方は変えられる」小森谷朋子さん
- 第24回 「相手が話しやすいテーマで心をつかむ」増山健さん
- 第23回 「どうしたいかで生きればいい」佐藤みよ子さん
- 第22回 「伝わる話題を探す」石井陽介さん
- 第21回 「話をよく聞いて信頼してもらう」我謝京子さん
- 第20回 「ギブアンドテイクの視点で」北尾敬介さん
- 第19回 「組織はファミリー」中沢宏行さん
- 第18回 「1人のスーパーマンよりチームワーク」前澤正利さん
- 第17回 「多様なメンバーが強い組織を生む」竹田綾夏さん
- 第16回 「ビジョンを共有する」マックス市川さん
- 第15回 「同じ人間として対等に話す」浦川明典さん
- 第14回 「会話は敬語、メールは気配り」イムラン・スィディキさん
- 第13回 「思い込みを捨てる」羽田賀恵さん
- 第12回 「うじうじ考えてないでサッサやるだけよ」本多士郎さん
- 第11回 「批判だけでは前に進まない」チャンダー・メヘラさん
- 第10回 「実績を示せば耳を傾けてもらえる」朝野徹さん
- 第9回 「シナジーをいかに引き起こすか」髙谷晃さん
- 第8回 「交渉は役割分担と演出で」新谷誠さん
- 第7回 「相手のプライドを土足で汚さない」佐藤知一さん
- 第6回 「気持ちが入っていないと、いい仕事はできない」 森本容子さん
- 第5回 「知る、理解する、好きになる、の順で」原田幸之介さん
- 第4回 「人に会って信頼できるネットワークをつくる」齊藤整さん
- 第3回 「失敗はだれでもある、やり直せる」平野昌義さん
- 第2回 「『好き』が相手に伝われば何とかなる」林原誠さん
- 第1回 「アドレナリンが出ている時が大事」太田悠介さん