会社千夜一夜

第41回

理解力について職場の「あるある」

落藤 伸夫 2019年10月7日
 





 しばらく前に、「AIによって人間の仕事がなくなる」という研究成果が発表され、波紋を起こしました。「シンギュラリティ」という言葉と相まって、「コンピューターが人間を追い越してしまう」という懸念も生まれました。そういう状況下で、最近、興味深い本を読みました。「AI vs. 教科書が読めない子どもたち (著者:新井紀子さん)」です。



AI vs. 教科書が読めない子どもたち

この本の前半2/3は、筆者らのグループが東大入試に合格できるAIを目指した「東ロボくん」を開発する過程で得た気付きです。その結果として「AIは複雑な状況や質問・課題の意味などは理解できないので、人間の能力を超えることは、ここしばらくはないだろう」と筆者は結論づけているようです。


では、一世を風靡した「AIによって人間の仕事がなくなる」という研究は間違いだったと言えるかかというと、そうではないようです。本書の後半1/3部分は衝撃的でした。「人間も『教科書の意味がわからない、入試問題の意図が分からない』ほど理解力が落ちている」ことが分かったそうです。人間の方がAIと同じく、複雑な状況や質問・課題の意味が理解できないレベルに下がってしまったのです。


この状況で、人間とAIのどちらを選ぶか?理解力では差がつかないのなら、差がつくところで比較することになります。単純なデータ処理ではAIの方が圧倒的に有能ですから、それを求められる仕事では人間はAIにどんどん置き換わっていくでしょう。そして、そのような仕事は意外と多いのです。複雑な判断が必要と思われる仕事でも、実は判断と作業がまぜこぜになっている場合が多く、それをきちんと整理すれば作業の部分だけはAIに任せるということもできます。


本書の前半で「やっぱりAIは万能ではないのだな。もしかしたらAIで仕事が失われるという発表は大袈裟なのかも」と安心しかけた分、結論は後味が悪い、しかしシリアスに受け止めなければならないと感じるものでした。



理解力がないのは学生だけか?

複雑な状況や質問・課題などを理解できない学生が多いとはショッキングな指摘です。とはいえ、これは学生だけではなく、社会人でも、つまり会社でも起きていると考えられます。


2つの会社(A社とB社)が合併してできた会社の、ある職場での出来事です(特定できないよう極度に抽象化しているので、分かりにくいところが多々あると思います。ご了解ください)。


その部署は元A 社の管理部門で、地方から寄せられる支出要求書のチェックと可否決定が主な業務でした。もともとA社とB社は同じ業界にありながら内実は全く違う業務を行い、別々の法律の規制を受けていました。支出判断でも専門的な知識・経験が必要なため、元A社の支出はA社プロパー、元B社の支出はB社プロパーが行うことになっており、人事交流は行われていませんでした。そこにメスが入り、業務合理化を目指して元B社の中堅社員(F氏)が配属されてきたのです。「A社の事業を知らない新鮮な目で業務をチェックしてもらい、不要な業務をリストラしてもらおう」との思惑でした。3ヶ月もしないうちにF氏は誰よりも早く仕事をこなすようになり、試みは成功したかに見えました。担当課長のお気に入りの存在にもなりました。


しかし、実情は以下のようなものであったようです。F 氏は、古巣であるB社で使われている用語がA社でも使われていると、B社の意味で理解し、B社の法律規制でもって判断していました。B社で使われなかった用語に遭遇すると、多少は調べてはみたようですが、法的規制が複雑な場合等には理解もそこそこに書類を処理していました。つまり「気にしなかった」ようです。だから、A社プロパーよりもはるかに早く業務を処理できたのです。


F氏の教育は、A社のプロパー担当者(G氏)が担っていました。G氏は、F氏が仕事の意味を理解せずに行っていたことを見抜き、事務処理規定やその背景にある法的規制等を教えると共に、分からない用語等があったら粘り強く調べた上で処理するように、どうしても分からないことがあったら質問するように伝えました。しかし、F氏は調べたり質問したりはしなかったのです。


課長は最初、訝しがっていましたが、F氏に質問をすると「当たらずとも遠からず」の回答をしたので問題視しないことに決めたようです。F氏がチェックする書類は、地方の専門部署が決裁して提出したものなので、問題の見逃しが頻発するとは考えなかったのでしょう。丁寧に仕事するプロパー職員に「F氏の手際の良さを見習え」とプレッシャーをかけるほどでした。こうして、元A社の支出判定業務は「骨抜き」されてしまったのです。


さて、この例から、何が学べるでしょうか?ここでは3人とも、「意味がわからない・理解していない」状況に陥っていました。F氏は、もちろん、仕事の意味を全く理解していません。意味が分からず仕事するメンバーがいても、トラブルが発生しなければ問題ないと思った課長は、人材育成の意味を全く理解していなかったと言わざるを得ないでしょう。そしてプロパー職員のG氏も、課長の意図が理解できていませんでした。課長がF氏のスピードを容認したのは、昔のベテランはF氏と同様のスピードで緻密に仕事をこなしていたからです。G氏は、その事情を知っていましたが、事務処理速度を上げることには消極的でした。仕事改善の必要性(意味)を、彼も分かっていなかったのです。




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本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。印刷版を利用して、是非、コンサルタントの知恵を皆さんの会社でも活用してみてください。


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なお、冒頭の写真は写真ACからbBearさんご提供によるものです。

bBearさん、どうもありがとうございました。


 
 

プロフィール

StrateCutions
代表 落藤 伸夫

1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。

1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。

2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。


HP:StrateCutions

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