カルロス・ゴーンが有価証券取引法違反などの疑いで逮捕された事件は日本中を震撼させました。筆者の周囲でも、ニッサン、ニッサン関連会社、そして日本経済の今後を心配する声が上がっています。ゴーンが受け取ったとされる報酬や、そのうち有価証券報告書に記載されなかった金額の大きさに驚く人も多くいました。一方で、今回の逮捕には複雑な事情が絡んでいるようでもあり、逮捕についてのコメントは、もしかすると時期尚早なのかもしれません。
一方で、倒産寸前ニッサンの救世主とまで言われたゴーンと、今、このような嫌疑を受けて逮捕され、せっかく回復させたニッサンに大きな打撃を与えてしまったゴーンの両側面から、学ぶことは多いと思われます。ゴーン逮捕のショックが冷めやらぬ今、それに思いを馳せることは経営に携わる者に大きな意味があります。2週連続で考えてみましょう。
合理的なマネジメントの実践者
ゴーンのポジティブな側面は「合理的なマネジメント」と「人を巻き込むリーダーシップ」で表現できるでしょう。1999年当時、倒産さえ危ぶまれていたニッサンに乗り込んで短期間に再生計画「日産リバイバル・プラン」を策定し、あまりにも高いハードルを見て内外から「無理ではないか」との声が上がる中、結局は前倒しで達成したゴーンの手腕に、当時の経営者・研究者は、感銘を通り越して驚愕するしかありませんでした。ゴーンは来日前に厳しいコスト・カットにより事業再生を成功させていたので、「彼は非情なコストカッターだ」と揶揄する意見もありました。
確かに彼の行った改革は厳しいものでしたが、成功の理由は、それが非人間的レベルで徹底されたからではないと思われます。当時、数年をかけてゴーンの改革を研究した筆者は、その成功の鍵が「マネジメントの合理性」にあると気が付きました。その後に筆者は、ゴーンのマネジメントを普及させようとする何人もの専門家に出会い、その多くが「指示の的確さ」などの合理的なマネジメントや「指示の受け入れやすさ」などのコミュニケーションに重点を置いていることに気が付きました。ニッサンで働いた人たち自身が、ゴーン成功の秘訣は非人間的な徹底ではなく、理に適ったマネジメントにあると証言していたと感じています。
「マネジメントの合理性」とは
では、マネジメントの合理性とは何でしょうか?厳密に考えると一冊の本が必要になりますから(実際、筆者は当時、未刊行ながら200ページを超える本を作成しました)、ここではシンプルに2つを挙げましょう。「適切な目標を設定すること」と「適切なアクションプランを立てること」です。
一方で企業支援を行なっていると「計画を立てたが効果が得られなかった。だから計画には意味がない」という社長さんに数多く遭遇します。事情をよく聞くと「十分なキャッシュを得るには利益率10%増加が必要とコンサルタントが言ったが、それは非現実的だ。だから5%に修正させた」とか「売上増加には単価アップが有効だとコンサルタントは言ったが、それも無理だ。値引きしながら新規顧客を探すことにした」などのエピソードが語られたりします。結果を聞くと「泥沼の値引き競争にはまって事業回復どころではなかった。だから計画は無駄なのだ」とのことです。
しかし、第3者として冷静に話を聞くと、上のような状況は「期待する効果を確実に得られる目標」や「目標達成に必要なアクション」を模索する試みが最初から放棄されていることがわかります。それでは、期待する効果は得られるはずがありません。
人を巻き込むリーダーシップ
その点でゴーンは「現実」や「実態」を理由に目標を手加減することはしませんでした。「高すぎる。無理だ」との声を退けて目指す成果が得られる目標を堅持すると共に、「そんな仕事、前例がない。負担が重すぎる」という相手と綿密にコミュニケーションを取って少しずつ納得させながら行動を促したのです。
彼の取組みは「ゴーン・マジック」と称される成果に繋がりましたが、それは決して魔法ではありません。合理的なマネジメントに徹したのが成功要因です。またそれを非人間的な厳しさでリードした訳ではなく、人を巻き込みながら協力者を増やすリーダーシップをとったことも特筆できます。ゴーンは「リバイバル・プラン」策定時に、計画策定と実行の最前線に立つ課長級人材と綿密にコミュニケーションして納得を引き出したと言います。並び評されることはありませんが、ゴーンの成功要因は、JALを再生させた稲盛和夫さんと同じく人間的なリーダーシップにあったと言えます。
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