会社千夜一夜

第33回

今、存在しない人材の育成

落藤 伸夫 2019年5月20日
 

   計画シーズンの喧騒が過ぎ去ったら「どんな人材を育成したいか」を検討する時間を取りたいといのが、筆者の持論です。この命題はとても難しく、答えが出ない可能性もありますが、これを考えることで「思考停止」から逃れることができると筆者は考えています。前回は「できること」アプローチではなく「あり方」アプローチで考えるという側面からお話をしました。今回は角度を変えて「今、存在しない人材を育成していく必要性」という観点から考えてみたいと思います。



人材育成の考え方

 筆者の前職でもそうでしたが、企業で人材育成を考える時には「今いる人材にどうやって活躍してもらうか」を出発点とする場合が多いと思います。現在に活躍してくれている人材の能力・リテラシー等を基準値にして、それを常識的なペースで拡張していくというアプローチで考えるのです。こういうと「当たり前ではないか」と言われそうですが、特に今までの能力・リテラシー等が使い物にならなくなる局面では、この考え方が障害になる可能性があります。世の中が大きく変化していき、会社も新たな展開を模索しなければならない時に、人材開発におけるアプローチがボトルネックになってしまうのです。


 筆者は前職のIT部門で、そのような状況に遭遇しました。当時、その職場の業務システムは30年以上にわたってホスト・コンピューターを中心に構成されていました。日本中に点在する取引先から送られてくる膨大なデータを短期間で処理するには、以前はホスト・コンピューターに頼るしかなかったのです。筆者がシステムと人材育成の両方を担当するIT企画部門に在籍していた約20年前、ホスト・コンピューターシステムの更新期を迎えました。その頃、ホスト・コンピューターによる集中処理ではなく複数のサーバーで分散処理する考え方が提案され始めた頃で、筆者は分散型システムへの移行を提案しました。しかし結果は、ホスト・コンピューターシステムの更新が決定されました。理由は「今いるSEをお払い箱にする訳にはいかない」という理由でした。


 では、その後はどうなったか?程なくして会社は他企業に吸収される形で新会社に統合され、新たな経営者は規模の割には大きすぎるITコストにメスを入れました。当初は旧会社IT部門の主導で改革案を立てることが許されましたが、ホスト・コンピューターに頼った計画は受け入れられず、新会社のIT部門が企画案を作成することになりました。結果としてサーバーを用いた分散型システムが導入され、ホストを運営していたSEもサーバー運営者として再教育されることになりました。



アプローチを変える必要性

 筆者の体験から、何が教訓として学べるのか?いろいろと受け取り方はあるかと思いますが、筆者としては「人材育成を制約条件として『今いる人材に大きな変革は強制できないので、漸進的な変化を求めよう。経営戦略も、今いる人材が受け入れられる程度の変革の範囲内としよう。その中で人材育成を考えよう』というアプローチは、結局はうまくいかない。それより、企業として取り組むべき方向性を前提として、それを実現できる人材の育成を考えるというアプローチでなければならない」と感じました。アプローチは、逆でなければなりません。


 「そうは言うが、対応できない人材もいるだろう。そういう人々を切り捨てて良いのか?」はい、筆者も当初は、それが気がかりでした。しかし、実際にリテラシーを切り替えるべき時がくれば人々はしっかりと対応してくれます。ホスト・コンピューター時代の優秀SEは、40歳過ぎてからの学び直しに苦労したと思いますが、ほとんど例外なくサーバー・システムについても優秀なSEになってくれました。人は火事場では素晴らしい対応力を発揮してくれます。人材育成担当が良からぬ「忖度」をして、ゆっくりと湯温を上げて人材を「ゆでがえる」にすることがないよう、気を付けなければなりません。



今、存在しない人材をイメージする

 この経験は、人材育成担当者として筆者に深く考えさせるきっかけとなりました。「人は、必要とあらば思いもよらぬ自己変革を遂げてくれる。それを妨害しているのは人材担当者の貧弱なイメージ力ではないのか」と思うようになったのです。


 今、挙げた例で人材育成の方向性を適切に切り替えることができなかったのは、人材部門側の側が「ホスト・コンピューターの時代が過ぎ去りサーバーによる分散処理の時代が来ること」や「サーバー・システムに対応できるようにならなければ、今いる人材が陳腐化してしまう。それは本人たちにとって、とても不幸なことだ」と人事担当者がイメージできなかったからです。「今いる人材の漸進的向上等はイメージできるが、『今はできない(する必要がない)ことができる人材』をイメージするのは大変に難しい」と言うこともできると思います。


 では、どうすればこの罠に嵌らないで済むか?「どんな人材を育成しようとするか」をゼロベースで、社内人材が出発点ではなく顧客や市場、取引先や競合、社会の動きなども踏まえながら検討することがポイントになると思います。実際、素晴らしい業績をあげている企業を見ると、「この企業は将来を見据えて『育成したい人材』を描いてきたのだな」と感心することがあります。皆さんも是非、試してみてください。




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プロフィール

StrateCutions
代表 落藤 伸夫

1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。

1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。

2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。


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