会社千夜一夜

第11回

周囲を蹴落としたら自分の所在もなくなってしまったケース

落藤 伸夫 2018年6月11日
 

 いつの頃からか「シャッター街」という言葉が定着しています。地方都市では深刻ですが、もちろん大都市圏でも無傷ではありません。筆者が住む東京近郊の街でも、また故郷である広島でも、そういう現象が起きています。国も、この問題への対策に力を入れています。


 シャッター街の問題は、商店街全体としての問題として捉えられることが多いようです。しかし、個別店舗にできることが何もない訳ではありません。逆に、個別店舗の振る舞いがシャッター街を生む、もしくは避けることにつながる可能性があります。意外に感じられるかもしれませんが、今回はこのようなケースについて検討してみましょう。



商店街でも古株の飲食店

 人口約30万人の地方都市で営業する居酒屋が、今回の主人公です。戦後の闇市から発展した商店街で、その居酒屋は、いつの頃からか「古株」として認められる存在でした。居酒屋と称しましたが、昼間は定食屋として営業しています。実は、高度成長期からバブル崩壊後しばらくまでは割烹店として営業していました。しかし、中心となるお客が「お買い物客」から「近くで働くビジネスパーソン」に変わってしまったので、時代の流れに自らの姿を変えて対応してきたのです。


 その居酒屋が所在する商店街は、地方都市の玄関口となる駅に通じる大通りから少し離れたところにあるアーケード街で、よく見るといくつかのパートに分かれた構造になっていました。大通りの入り口に近い店舗は衣類や化粧品、小物雑貨などが多く、次第にカバンや書店などが並び、一番奥(裏筋に面したところ)に、居酒屋である本店やそば店、中華店、カレー店など数店の飲食店が並んでいました。



客足減少への対応方法

 昭和の後半から平成1桁までは人通りが多かった商店街も、ここ数年は「閑散」としか表現できない状況になってきました。このため、以前は「商店街の同業者は競合というより仲間」という意識だったと思われますが、以前の経営委体質では損益分岐点を下回るほど客足が鈍ってしまったので、悠長なことはいっておられなくなったのでしょう。この居酒屋は、はっきりと、同業の顧客を奪う姿勢を明確化しました。同業他社よりも安価な「そば」や「ラーメン」をメニューに加えたのです。そうなると、競合店としては手の打ち様がありません。主な競合店はいつの間にか撤退してしまいました。



より強い競合の出現

 残ったのは当該居酒屋と零細店だけとなり、地域での絶対的優位を確立したかに見えましたが、安泰は長くは続きませんでした。強敵が現れたのです。県外で西洋居酒屋を展開するチェーン店が、空き店舗を2店舗分賃借して入店したのです。


 パスタやピザを安価に提供する西洋居酒屋は、この地域では今までなかったので「この地域の人々は、家庭で食べられる料理は好まない」という幻想があったのかもしれません。しかし、期待は見事に裏切られました。多くのビジネスパーソンが、家で簡単に食べられる料理を出す西洋居酒屋を選んだのです。一時は独占企業に見えた件の居酒屋は、ひっそりと閉店しました。



StrateCutionsが提案できるソリューション

 では、この居酒屋は、どうすれば倒産を免れたでしょうか?減少し続ける売上に「なんとかしなければならない」と感じた時に顧問として迎えて頂いた場合を例に、お話しします。


 商店街に位置する企業の戦略を考える時に重要なのは、商圏の確認です。この居酒屋の場合、商店街にあるのでメイン顧客は買い物客かというと、実はそうではなく、お昼も夜も、近隣の企業・商店のビジネスパーソンでした。ビジネスパーソンにとって、この商店街の飲食店のみが選択肢だったかというと、そうではありませんでした。お昼には「コンビニ弁当を買う」「弁当を持参する」などの選択肢があり、夕方には「歩いて20分ほどの商店街の店舗に行く」という選択肢もあります。


 そこでポイントになるのがポジショニングです。当該居酒屋は、もともと割烹店だったので和風でこだわりのある「少し根が張る」お店でした。しかし安価な「そば」や「ラーメン」も出すことで「こだわりポジション」は失われて中途半端な存在になり、自らの存在意義となるポジションを失ったのです。


 同業他社を追い落としたことは、自らの経営地盤を失わせる結果となりました。地域にいくら潜在的なお客様がいても、特徴のない居酒屋と零細店しかない場所には足が向かないでしょう。逆に、はっきりと「安く、味にブレがなくて安心」を打ち出して進出した西洋居酒屋に、お客は引き寄せられたのです。


 以上のように考えると、この居酒屋が志向すべき方向性が見えてきます。近所に勤めるビジネスパーソンが「ここなら週に何度か訪れても良いな」と思う地区作りに向けて、そのリーダー・中核店として振舞う必要がありました。例えば新メニューを考える時「仲間を追い落とす」方向性で考えたので県外から西洋居酒屋が入り込む余地を作ってしまいました。地域のお客様を呼び寄せるには「地域にない魅力を加える」方向性で考える必要があったのです。地域と共に栄える企業作りを提案して、永続する経営基盤をStrateCutionsはご提案します。



本コラムの印刷版を用意しています

本コラムでは、印刷版を用意しています。印刷版はA4用紙一枚にまとまっているのでとても読みやすくなっています。また、コラム(本欄)ではコンパクトにまとめたStrateCutionsからのご提案についても、各項目をしっかりとご説明しています。印刷版を利用して、是非、繁盛企業になるための方法を倒産企業からしっかりと学んでみてください。


印刷版のダウンロードはこちらから

 
 

プロフィール

StrateCutions
代表 落藤 伸夫

1985年中小企業信用保険公庫(日本政策金融公庫)入庫
約30年間の在職中、中小企業信用保険審査部門(倒産審査マン)、保険業務部門(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定、事業再生案件審査)、総合研究所(企業研究・経済調査)、システム部門(ホストコンピューター運用・活用企画)、事業企画部門(組織改革)等を歴任。その間、2つの信用保証協会に出向し、保証審査業務にも従事(保証審査マン)。

1999年 中小企業診断士登録。企業経営者としっかりと向き合うと共に、現場に入り込んで強みや弱みを見つける眼を養う。 2008年 Bond-BBT MBA-BBT MBA課程修了。企業経営者の経営方針や企業の事業状況について同業他社や事業環境・トレンドなどと対比して適切に評価すると共に、企業にマッチし力強く成果をあげていく経営戦略やマネジメント策を考案・実施するノウハウを会得する。 2014年 約30年勤めた日本政策金融公庫を退職、中小企業診断士として独立する。在職期間中に18,000を超える倒産案件を審査してきた経験から「もう倒産企業はいらない」という強い想いを持ち、 企業を強くする戦略策定の支援と実行段階におけるマネジメント支援を中心した企業顧問などの支援を行う。

2016年 資金調達支援事業を開始。当初は「安易な借入は企業倒産の近道」と考えて資金調達支援は敬遠していたが、資金調達する瞬間こそ事業改善へのエネルギーが最大になっていることに気付き、前向きに努力する中小企業の資金調達支援を開始する。日本政策金融公庫で政策研究・制度設計(信用保証・信用保険制度における事業再生支援スキーム策定)にも携わった経験から、政策をうまく活用した事業改善支援を得意とする。既に「事業性評価融資」を金融機関に提案する資金調達支援にも成功している。

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