第38回
面倒なことは避けたいはずなのだが…
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA

手間がかかること、面倒なことはできるだけ避けたい。特に家事をしている時などにそう思う。しかし、仕事の関係で一人暮らしになっている以上、避けることができないのが家事だったりする。例えば料理。自炊を基本にしているため、日々料理をする。食器や包丁は100円ショップのものが多い。それでも不自由はない。短時間でできるもの、工程が少なくて簡単なものばかり作っているからかもしれない。
その反面で、仕事が一段落して休みなどができると、近くの漁港で釣ってきた魚を捌き、手の込んだ料理を作りたくなる。自分でも不思議だ。
さすがに、100円ショップの包丁だと魚を捌くのには難儀する。そこで、魚を捌くための包丁を買ってきた。居住地は静岡の街中。徳川家康が整備した職人街の一角で、近所に伝統的な刃物屋がある。そのいわば専門店で買ってきた魚用の包丁は、100円ショップのものが100本以上買える価格だった。それでも必要だったのだ。料理のために。
料理という同一の作業でも、避けたいと思うケースとわざわざ取り組むケースがある。避けたいと思うケースでは、作業そのものが苦痛だが、わざわざ取り組むケースでは作業そのものに熱中してしまう。
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効率化や作業の軽減は日本社会の課題でもある。それらを進めた結果として生産性が向上すれば、人手不足対策にもなるし、稼ぐ力を高めることも可能になる。そのために家事の自動化を目指す便利な家電や煩雑な事務作業を軽減するOA機器、情報機器が次々と開発されてきた。効率の悪いもの、扱いが面倒なものはしだいに使われなくなり消えてゆく。
いまや新たに取得される自動車免許の7割以上がAT(オートマチック)車限定だという。筆者が免許を取得した頃はまだAT免許はなかったし、マニュアル車も多かった。国産車は、メーカーを問わずほとんどの車種にATとMT(マニュアル)車の設定があり、最低グレードはたいがいMT。タクシーもみんなMTだった。
でも、MT車の運転は手間が掛かる。坂道発進も難しい。そんなことから、いまや自動車はほぼATだ。そもそも一部のメーカーはすでにMT車をラインアップしていない。というか、多くのメーカーでMT車は特定の車種に少数設定があるのみとなっている。
まあ、EV(電気自動車)になると変速も何もない。それ以前に、いまや変速どころか運転まで自動になりつつある。MTは役割を終えた。と思ったら、意外にもMTは存在感を示しているようだ。
イタリアやドイツの高級スポーツカーや、国産でも運転を楽しむためにあえて用意されたMTの車種は好調だという。供給が少ないので、中古車も高価で取引されている。それらは、A地点からB地点に移動する、あるいは荷物を運ぶといった目的を達成するためのものというより、運転を楽しむためのもの。趣味の道具なのだろう。
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最近、効率化や利便向上の果てになくなると見られたものが、趣味のツールとして新たに市場を形成する、というパターンをよく目にする。
スマートウォッチの普及が進む一方で、機械式時計が売れていたり、機能性の高い筆記具が次々と登場する側で万年筆市場がじわじわと拡大していたり。
一時はスマートフォンに駆逐されると見られていたデジカメや、デジカメに駆逐されたはずのフイルム式のカメラとかも注目されているのだとか。
フイルムカメラに使うフイルムは今でも生産されているが、36枚撮りで1本2000円近い。機械式時計や万年筆は、モノにもよるが“実用品”とは比較にならない高級品であることが多い。
新たな技術や性能の向上で古いものは駆逐されていく。それでも、なくなりはしない。中には、以前とは違う目的、需要に応えて特殊な市場を形成する。それらは競争力を失い切って消滅したはずなのに、その後に席巻した実用品よりもはるかに高価かつ高付加価値になっていたりする。操作は難しかったり、手入れが必要だったり…。そういうことも含めた趣味として成立している。
豊かになることで、時間や経済力に余裕ができる。豊かになると、必需品以外の分野、特に余暇を楽しむための消費が増えていく。40年以上前のバブルの頃、大学の経済学の講義でそう学んだのが思い出される。
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